#36 フェルト、言ってやれ
『魂美人宴奥義!』
「バイティング・サイクロン!」
フェルトのチェーンソーの刃が高速回転して、ファルコさんに襲い掛かる。
「見事だ」
奥義を受けたファルコさんはその場に倒れた。それと同時に、強力な重力の発生が停止し、俺たちはようやく身動きが取れるようになった。
「フェルト!」
「ジューイチ――私、勝ったよ」
倒れそうになるフェルトの身体を、俺が支える。フェルトは俺の手を取り、姿勢をどうにか保つと、その場に立って、ファルコさんの方を見つめた。
「姉さんは――」
姉さんは何故、こんなことをしたのだろう。フェルトはそのようなことを思っているのかもしれない。フェルトの表情から、気持ちがなんとなくわかる。
ファルコさんは何故、エミリーマートを襲撃したのだろうか。
「それについては俺が説明しよう」
「あんたは――」
突如発せられた声、その主は秘密結社ファンタスティック・ドーンの首領、フェルナンド曙であった。元弁護士の八百屋が、何故今になってこの場に現れたのだろうか。
「おじさま!」
「ロコ、元気そうで良かった」
「何故、おじさまがここに?」
「それについて、まずは――すまなかった、ワールド・イズ・マインの諸君」
「何故、貴様が謝罪を? フェルトの姉の暴走と何か関係があるのか?」
「ああ、全ては――うちのビバーチェの仕業だ」
「ビバーチェ黄昏の仕業だと? まさか!」
「ああ、どうやらそこにいる【ファイティング・ファフニール】にシンギュラー・ポイントカードを渡して、特異点の力を暴走させたようだ」
「私のお父さんの時と、同じー」
ポイントカードによる、特異点の力の暴走。それはマイの父親の時と同じであった。
「ビバーチェは俺の八百屋に出向している身なんだが――知り合いの野菜ソムリエの娘とはいえ、少々自由が過ぎる。このままでは結社の活動にも支障が出るし、ヤツは今度の運動会には出さん。だから、商店街対抗の運動会は正々堂々と戦わせてもらう」
うーむ。ビバーチェを運動会に出さない、ねぇ? 果たして、そう簡単に上手く行くだろうか。ビバーチェ黄昏のことだから、何か策を練って無理矢理参加しそうな気もする。
運動会当日は、警戒しておいた方が良いかもしれない。
「では運動会での対決を楽しみにしておく。さらばだ」
フェルナンド曙のおっさんは、ビバーチェ黄昏について警告した後、エミリーマートから立ち去った。さて、残るはファルコさんだけだが――
「姉さん、起きてください」
「んあ? フェルト! 痛い! 痛い! 何をする! 起きている! 起きているから!」
フェルトがファルコさんの頬を弱めに叩き、彼女を起こす。弱め、だよな?
「姉さん、ビバーチェ黄昏という人に心当たりは?」
「雇い主のことを知っているのか?」
「雇い主だと? どういうことだ、フェルトの姉よ」
「貴様とフェルトのような関係、ということだ。真戸笑理」
どうやらファルコさんは空腹で倒れていたところ、ビバーチェ黄昏から野菜を恵んでもらい、主従関係を結んだようである。へえ、意外と良いところあるじゃん、黄昏。
「本当は肉も食べたかったんだが――これでビタ民となってしまったわけだ」
「ビタ、民?」
「知らないのか、ジューイチ。選ばれし八百屋の人間は、そう呼ばれるのだぞ」
え? ということは、ロコも元ビタ民ってこと? それは、それは――
「無理があるだろ――サイヤ人とかじゃダメなのか?」
「ダメだ。それだと有名な戦闘民族になってしまう」
「はい、はい、そうですねぇ」
コンビニ店員が魂美人で、八百屋がビタ民? どうなっているのだ、この街は。
「ビタ民として雇われた以上、ビバ様の言うことを聞かねばならなくてな」
ファルコさんが言うビバ様とはビバーチェ黄昏のことだろう。ビバーチェだから、省略してビバ様なのか。なんという変な、いや――趣のある、特徴的な呼称なのだろう。
「そのビバ様に、お前は暴走させられたのだぞ?」
「まあ、私も素直にビバ様の言う通りにしていたわけではない。これは利害の一致だ」
エミリーの追及に対して、ファルコさんは反論する。今回の暴走はビバーチェの命令ではなく、あくまでも自らの意思であるとファルコさんは言っているのだ。
力による世界の支配、それ自体はファルコさんの願望といえるだろう。しかし、そもそも何故ファルコさんは力での支配を望んでいるのだろうか。
「私のためだと、姉さんは以前言っていましたね? 迷惑な話です」
力による支配はフェルトのためだというのか? どういうことだろう。
「もう私はジューイチがいなくなったときみたいに、挫けないから――だからあなたが世界を支配して、私にとって都合が良い世界を作る必要はないのです、姉さん」
そ、そうか! ファルコさんは、俺が引っ越したことによって悲しんだフェルトのために――フェルトにとって都合が良い世界を創造しようとしていたのか。その創造のためにはシンギュラー・ポイントカードの力が不可欠であり、暴力でポイントカード奪い取ろうとしていたのだろう。特異点の力を集結させて、世界を支配しようとしたのだ。
「こう見えて、私はお前のことを思ってだな――」
「世界を支配しても、被害者が増えるだけです。そのような方法は望みません。エミリーお嬢様が思い描く世界征服を――人々の常識となって世界に溶け込むことを望みます」
「世界全体を巻き込んだパラダイム・シフトだと? あり得ない。誰かの好都合は誰かの不都合だぞ? このような世の中で、常識を塗り替えるなどできるわけがない」
「だがそれでも世の中は変わった、変わってきた。世界は流転するものなのだ。その流れの向きをより良い方へ変えていこうとすること自体に意味があると思うがな」
エミリーは不敵な笑みを浮かべると、いつものようにマントを翻して言った。
「フェルト、言ってやれ。お前の気持ちを――ジューイチを思う、ありったけを」
「はい、お嬢様」
エミリーに促され、フェルトがファルコさんの前に立つ。そして――
「私は――ジューイチが大好きです! この思いを貫いて、いつか世界の果てまで轟かせる! ジューイチが紡ぐ物語に、私の思いを添えて、世界を征服します!」
俺、瀬分重壱への想いを――思い切り叫んだ。
「い、いやぁ~、照れますなぁ。フェル姉もなかなか思い切ったことする――」
不意にフェルトが俺の腕を掴む。どうしたのだろう、と思うよりも早く――
「フェル姉、じゃないでしょ?」
「えっと?」
「フェルト、でしょ?」
「あ――はい」
「よろしい――ちゅっ」
は? え? フェルトの顔が近い。否、問題はそこではない。顔が近いことが問題なのではなく――あ、もう、どうでも、良いや……(ここで文字は消えている)。




