#34 それは揺るぎない事実だ!
店長の視線の先には、拘束から逃れたフェル姉の姿があった。何らかの方法でファルコさんの鉄線を解いたのだろう。こっそりレジスターを召喚して、扇風機型チェーンソーで鉄線を切り刻んだ可能性が一番高いが――とにかく、無事で良かった。
「フェル姉!」
「フェルト!」
「ジューイチ! お嬢様――そして皆様、心配をおかけして、申し訳ございません」
「い、いや――無事なら良いのだ。どうやって脱出したのだ?」
「お嬢様。それはメイドの秘密でございます」
「お、おぉ? まあ確かに乙女には秘密の一つや二つあった方が魅力的なのだ」
「ありがとうございます、お嬢様――さて」
フェル姉はチェーンソーを構えて、ファルコさんに向き直った。フェル姉の瞳には怒気が込められており、その視線は確実にファルコさんに突き刺さっている。しかし、そのような視線で射抜かれようとも、ファルコさんは物怖じせずに、腕を組んでその場に立った。
「姉さん、何故こんなことを――と聞きたいところではありますが、どうせ聞いても無駄なのでしょう? 私は姉さんを理解できないし、姉さんは私を理解できないから」
「力での支配が、そんなにも嫌か? 我が妹よ」
「ええ、嫌ですよ。その方法はお嬢様の方針に反するので」
「お前はそこにいる真戸笑理の口車に乗りすぎだ。コンビニから始める世界征服なんかよりも、世界はパワーで支配するに限る。そう思わないのか?」
「お嬢様の夢を――馬鹿にするな」
フェル姉が床を蹴り、チェーンソーを振り上げながらファルコさんに突撃する。ダメだ、今のフェル姉は怒りに支配されており、頭に血が上っている。冷静な戦況の分析ができていない。このままだとチェーンソーの刃を、ファルコさんに受け止められてしまう。
「どうした? お前の怒りはそんなものか?」
「こんなもので済むはず無いでしょう――ファン・ファン・ファング、出力最大!」
ファルコさんの手をチェーンソーの刃が弾き飛ばす――直前で、ファルコさんが刃から手を放し、後ろに退く。そこへ間髪を入れずに追撃を仕掛けるフェル姉。
「おっと」
しかし、ファルコさんは近くにあった店の消火器を掴み、それをフェル姉のチェーンソーの刃に衝突させた。辺りが消火剤で埋め尽くされていき、視界が悪くなる。
「どこへ行っ――」
「ここだよ」
フェル姉の背後に立ったファルコさんは、シンギュラー・ポイントカードを握り締めた拳で、フェル姉に襲い掛かった。すぐに背後の気配に気が付いたフェル姉が、後ろへ振り向き、防御の態勢を取るが、拳による突きの速度と威力が共に力強いため、受け切れない。
「お前の負けだ、フェルト」
「がっ!」
そのままフェル姉は後方へ吹き飛ばされた。バックヤードの棚に激突したフェル姉の上に、在庫品のポテト菓子の袋が散乱し、見るも無残な状態となっている。このような状況になった理由はもちろんポテト菓子ではなく、これだけの威力を誇るファルコさんの突きの威力が強すぎることに他ならないだろう。シンギュラー・ポイントカードを握り締めることで突きの威力を底上げしているとはいえ、威力が俺の知る攻撃のソレではない。
明らかに戦闘慣れしている。ファルコさんは強い、強すぎる――
「フェル姉!」
俺は棚に駆け寄り、ポテト菓子の山を退かしてフェル姉の腕を掴んだ。そのままフェル姉を起き上がらせる。怪我はしていないようだが、身体の内側に損傷があるかもしれない。
「急に起こして大丈夫なの? ジューイチ」
「マドカ、頼みがある」
「おっと、何だい? 君が頼み事とは珍しいね」
「エミリーたちとともに、ファルコさんの足止めをしてくれ」
「君はどうするのさ?」
「俺との悩み事のせいで、フェル姉はまだ本調子じゃない。俺とフェル姉の間に交わした約束に関する誤解を解ければ、きっと――」
「わかったよ、ジューイチ。しっかり解決してよね」
レジスターを盾にしながらファルコさんに突撃するマドカたちを横目に、俺はフェル姉に向き直った。理由はもちろん、約束についての誤解を解くためだ。
そのためには魔法の言葉を言わねばならない。約束という名の呪縛に囚われているフェル姉に、人生最後の告白をせねばならない。俺は懐からサイン入りの自著を取り出す。
「結婚してください、フェル姉」
俺が小説家になったらフェル姉と結婚する約束、それをフェル姉は気にしていた。俺が引っ越した後も、ずっと気にしていたのだ。やがてその気持ちは、約束を呪縛へと変容させてしまったのだろう。フェル姉は静かに涙を流し始めた。
「約束の内容、思い出してくれたの?」
「遅くなってごめん。こんな大事な約束を歪んだ形で覚えてしまっていて、申し訳ないと思っている――フェル姉が不機嫌だったのは、この約束を間違えていた挙句、俺がエミリーたちと楽しそうに過ごしていたことに、納得がいかなかったのだろ?」
「そう、だけど――」
「フェル姉には――やっぱり笑っていてほしい」
「ダメ、だよ――ジューイチ。それは私が無責任に交わした約束だから、あのときまだ子どもだったジューイチが気負って言い放つことじゃないよ」
「気負っていない。これは本心だ」
「私、年上だよ」
「大好物だね」
「私、メイドだよ」
「良いじゃないか。これからもエミリーを支えよう」
「私、面倒だよ」
「それも含めてフェル姉だろ」
「私――私は」
「ああ! 俺が大好きなフェルト・フランソワーズ・ファブリエールだ! 世界が何回征服されようと、それは揺るぎない事実だ!」




