3.旅人の食事情
疑似トマトの粉末を【お酢の実】の汁少量と水でこねて、粉っぽさをごまかすために【イシモドキ】の粘りを加えつつ何とか「トマトケチャップもどき」を作る。
料理初心者のつたない調理法であるため本物のケチャップには程遠いものだったが、それでも「それらしいもの」くらいには調合することが出来、ツカサは安堵した。
本物が恋しくなる味だったが、それでも【イシモドキ】のシソ風味が疑似トマトのわざとらしい味を押し隠し、調味料としてはいくぶんかマシだ。粉末を舐めた時のショックを思い出すと「どうしよう」と焦った物だったが、案外こうやって味を補ってやればなんとかなるものらしい。
(いやホント、疑似トマトの粉末って言うからトマト味を想像してたのに、滅茶苦茶青臭くてほんのりトマトの味がするだけの粉末だったんだもんな……あの……アレだ……安いナポリタン麺についてる粉末ソースの素を五十倍マズくしたような味だった……。これより不味い食料ってなにさ……)
ますますこの世界の食事が心配になってしまったが、どれほど恐ろしい事になっているかはコロニーに辿り着けばいずれ分かるだろう。
とにかく、これでなんとか“それらしいもの”は作れる。
早速ツカサは記憶の中にある料理を出来るだけ再現する事にした。
(黄色い花に擬態した【ニンニクソウ】の花びらを二かけ、トラジマウマのラードで炒めて香りを出したら、ぶつぎり肉を火が通るまで炒める。この中に、ケチャップもどきと水でも戻した粉末醤油、それになんかの酒を二回し入れて、アルコールが飛ぶまで煮込む……。味を見て、塩コショウを振ったら出来上がりだ)
豚肉……いやモンスター肉のトマトケチャップ煮、とでもいうべきだろうか。
ほぼ材料が無い中で味を見ながら頑張ったが、なかなかうまくできたと思う。
ブレックが貸してくれた簡易コンロの火力も申し分ないほど強かったので、危なかった肉も充分に火が通ったし、もう心配はない。ツカサも我ながらアッパレと思う出来であった。
「……とはいえ、ウマいかって言われると……まあ、今朝の肉の方が美味いんだけどな」
肉は良いとしても、疑似トマトや粉末醤油の味がやはりわざとらしい。
青臭さは、父方の祖母の集落で食べさせてもらった「昔のトマト」のような強さで、じっくり煮込んでもその野性味がかすかに残ってしまっていた。だが、それでも【ニンニクソウ】が何とか肉などのくさみを抑え込んでくれている。粉末醤油もソースのコクを肩代わりしていた。
ウスターソースなどの洋食に欠かせない材料があれば良かったのだが、それはこの状況では贅沢と言うものだろう。ともかく、今ある食材でなんとか料理を作る事が出来た。
(でも、野草の知識がなかったらフツーにアウトだったな……。人間何が幸いするか解らんってことか……)
満足の行くデキというわけではないが、それでも自分の知識が役に立ったのは嬉しい。“施設”の森で必死に毒見を続けていた苦労が報われたと言うものである。
そう思うと少しいい気分になって、ツカサは二つの器にたっぷりと煮込みを盛ると、水と酒の瓶をトレイに乗せて厨房を出た。
「わっ、出来たのツカサ君!」
既に匂いで察知していたのか、窓際のテーブルに居座っていたブレックが腰を浮かせる。どうやら香りに関してはオッサンを満足させる事が出来たようだ。内心ホッとしつつ、トレイをテーブルに置く。
ギッ、と古めかしい音がして少し驚いてしまったが、ブレックに向かい側の席を進められて素直に据わった。やはり椅子も相当痛んでいるのか、尻を預けるには少々不安な振動が伝わってくる。あまり激しい動きをしないようにしようと思いつつ、ツカサはスプーンとフォークを渡した。
「アンタから貰った調味料で、トマトケチャップ煮……もどきを作ってみたんだけど……やっぱ本物よりは数段落ちるからあんまり期待しないでくれよ」
匂いだけでこれだけ喜ばれると、なんとも不安になって来る。
だからつい言い訳をしてしまったのだが、ブレックはツカサのそんな様子など意にも介さず、ウキウキとした満面の笑みでフォークを握り、躊躇いも無く肉を突き刺す。
「大丈夫大丈夫! 疑似トマトの粉末以下のマズさになんてなりようがないって!」 いっただっきまーす!」
相変わらずの流暢な日本語を操りながら、ブレックは赤いスープに染まった肉を口に放り込む。
そうして、笑顔のまま頬を膨らませてムシャムシャと咀嚼した。
「ど、どう……? ウマい……?」
心配になって問いかけるツカサに、相手は――――唐突に咀嚼を止めた。
目を見開き硬直するブレックが何を思っているのか解らなくて、つい青ざめながら顔色を窺うツカサだったが……そんなツカサを、相手は咄嗟に見つめて――――頬を緩ませ涙ぐんだ。
「う、うう、うぅう゛う゛う゛~っ」
「なっ、ナニナニ何!? 腐ってた!? やっぱ肉腐ってたの!?」
「ぢ、ぢがうよぉお……あ、あのマズい粉末がっ、ど、どうしてこんなっ……うまい……っ、美味しいよおおぉ……! 僕が今まで苦労して消費してたのは一体なんだったんだぁああっ」
そう言いながら、涙をだばだばと流して一心不乱に煮込みを掻き込むブレック。
あまりの泣きっぷりに面食らってしまったツカサだったが……ともかく、相手は「不味い」とは思っていないらしい。これなら放り出される事は無いだろうとやっと安心して、ツカサも煮込み肉を口にした。
「ん……! 疑似じゃダメかなって思ったけど、俺が味見した時より肉がホロホロになってて、トマトの風味と【お酢の実】の酸味や甘味が良い具合に染みこんでる……! けっこーうまい!」
とはいえ、あくまでも全て「疑似」であり、材料も足りていないだろう料理なので、本来のトマト煮込みのような物より雑味はあるのだが、それでも十分に美味しいと思える味だ。
この世界では、青臭さもこれくらい薄めれば大した「不味さ」にはならないだろう。
むしろ、トマトの風味と肉の旨味を感じられるのがありがたい。
(自分で作っといてなんだけど、なかなかの味だなぁ~っ。肉も柔らかくなってて、噛むたびに染みこんだ旨味がじゅわっと溢れて来るし、あの【ニンニクソウ】がうまく効いてるっ。やっぱ肉料理にニンニクは鉄板だよ……ああ、なんだかんだで美味い……)
メインの食材が上出来ならば、脇の雑味は大した問題でもないらしい。
そのことに救われたなと思いつつ、ツカサとブレックは暫し廃墟の店で料理を楽しんだ。
……ここを去った管理人も、まさか後にこのように食を楽しむ人間が来るとは思うまい。
結局、ツカサ達は一時間ほどで鍋を空にしてしまった。まあ、煮込みの八割はブレックの腹に入ってしまったのだが。本当に色々と規格外のオッサンである。
「ふぅ~……満腹満腹……。これで夜食を抜いても問題無さそうだねえ」
「もう腹パンパンだもんな……」
お互いに腹を叩いて見せるが、タヌキのようにぽんぽこした腹になっているツカサと比べ、ブレックは腹が膨れているような感じがしない。そういう所もイケメンぶるのかと殺意が湧いたが、ツカサは満腹感で動けず椅子に体を預けた。
「それにしても……ツカサ君の野草の知識は凄いもんだね。それに、あの森は他の森と比べて、ずいぶんと植生が豊かだ。案外あそこは宝の森なのかもねえ」
「宝の森? 他の森はそうでもないの?」
腹をさすりながら問いかけると、ブレックは難しそうな顔をして腕を組む。
「うーん、僕が見た所では、わりと見た事のない植物が多かったなって。……まあでも、ツカサ君が一個ずつ説明してくれたから僕も認識したワケだし、もしかしたら僕も他の森では見落としてたのかも知れないんだけど。でも、さすがに巨大な竹は他では見た事無かったな……。アレと米が有ったら、普通に白米が炊けたんだけどねえ」
「あ~白いごはん~……めっちゃ恋しいなあ……」
たしか、青竹を使って米を炊くと言う方法が有ったような気がする。
竹の香りがして実に美味しいらしいが、それとたくあんなどの漬物が有れば最高だろうなとツカサは思った。父方の祖母のおかげで思考が少々渋すぎる気もするが、白米を楽しむには単純な味のおかず一つで十分だろう。たくあんも長らく食べていない。ついだらしない顔で夢想してしまうツカサに、ブレックはクスクスと笑いながら酒瓶を取った。
「今の世界じゃ、白米も貴重品だからねえ。荒野の世界で手に入れる方法と言ったら、大都市コロニーで高い金を出して買うしかない。今の世界じゃ金の代わりにもなるんだよ。お米って」
「えぇ……マジ戦後……っていうか、江戸時代……?」
「ハハハ、一気に退化しちゃったよねえ。……まあ金なんて一般人には縁遠いモノだし、今は大都市に出入りする商人くらいにしか通貨みたいなモノは使わないから、地方のコロニーは物々交換するしかないのさ。金なんて持っていても仕方ないからね」
ケツを拭く紙にもなりゃしねえ、とはよく言った物だが、文明が崩壊してしまうと貨幣制度もガラリと変わってしまうようだ。そこらへんを学校で勉強したような気もするのだが、ツカサはあまり頭が良くないので覚えていなかった。ともかく、大変な世界と言う事は確かだろう。
「た……大変な世紀末ヒャッハーってことだな……!」
「ツカサ君、まだ肉の栄養が脳みそに届いてないの……? 可哀想に……」
「このオッサン本当酷いこと言う……あんたこそ、今までマズい食いモン食べ過ぎて、攻撃的になってるんじゃないの」
「それは否めないねえ……」
売り言葉に買い言葉という感じで言い返したのに、やけにしみじみと言う。
そんなに急に肯定されたら返す言葉も無くて戸惑っていると、ブレックは小難しげな顔をして酒の瓶に口を付けた。
「今までの食事と言うと、ほんっとに酷かったからなぁ……。大都市コロニーならまだマシな物が食べられたけど、村みたいに点在してるコロニーだとカスカスの野菜や残飯で育った養殖痩せネズミの肉が御馳走レベルだったし……保存食も粗悪なプラントで作られた合成食品やら発掘品の腐食した格安缶詰やら……ホントにロクな食べ物がなかったよ。【ナノマシン】で体が強化されてなけりゃ、いまごろ野垂れ死にしてたかもしれないね」
「ひえぇ……そ、そんなに……」
“養殖痩せネズミ”にカスカスの野菜、というインパクトが強すぎる単語に、思わず変な想像をしてしまって今までの幸せな食事が台無しになりそうになる。
想像しないように頭を振ったツカサに、ブレックは溜息を吐きながら頬を掻いた。
「だからねえ、ホント大都市で仕入れたこういう調味料には助けられたし……荒野のモンスターとかも、食べそうになちゃった事が何度も有ったよ。あの【手袋】でも判別できない毒があったら困るから、流石に思いとどまってたけどね。でも、君みたいに【超回復】の能力が有れば、正直食べちゃってたろうなぁ……ふふ……どんな肉だって残飯育ちの痩せネズミよりはマシだもの……」
「あ、アンタも結構苦労したんだな……」
少し可哀想に思って同情すると、相手は「まったくだよ」と呟いた。
どうも、相当ひどい食生活だったらしい。
ブレックは酒で仄かに染まる顔で不機嫌そうに目を細め、軽く息を吐く。
「まあね……僻地のボロ屋で目覚めた時は、どうしようかと思ったよ。……とはいえ……こうして思わぬ幸運に恵まれる事も有るから、人生ってのは面白い」
「オッサン通り越してお爺ちゃんみたいな事言ってる……」
「君の事を素直に褒めてるんだから、普通に受け取って欲しかったなあ」
「褒め方が遠まわしすぎる……」
どうひねくれたらそんな歪曲した褒め方が出来るんだと顔を歪めたツカサに、ブレックは機嫌が良さそうに笑いながらまた酒を煽った。どうやら、ツカサの食事は相当彼を幸せにしたらしい。
今のこの中年の態度を見ているとそれが実感できて、ツカサは少し気恥ずかしくなった。
(オッサンのために料理ってのは締まらねえけど……でも……人に自分の作ったモノを喜んで貰えるって……なんか、嬉しいよな……。“施設”の仲間達は、俺が迷惑を掛けてたせいか、何をしてもほとんど喜んで貰えなかったし……)
リーダーのクオンはツカサの事を「親友」だと言ってくれていたが、それでもツカサの行動に喜んだり褒めてくれるようなことはほとんど無かったように思う。
考えてみれば、あの“施設”ではブレックのような笑顔を見た記憶が無かった。
だからなのだろうか。
無精髭だらけのオッサンのだらしない笑顔でも、嬉しいと思ってしまうのは。
(…………こんなことで喜んでたら、やってけないよなぁ……)
殺伐とした世の中になってしまっているのに、女性でも無いムサいオッサンの笑顔に喜んでいては、この先どんな奴にも丸め込まれてしまいそうだ。
それではいけないだろう。そうは思いつつも、ツカサは久しぶりの平穏に緩く笑ってしまっていた。
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