2.薪窯と朽ちた休息所
内部は殺風景……というかひたすらにシンプルで、元々置いてある物も少なかったのか、何者かに荒らされたような形跡はない。ただ、朽ちかけた巨大な丸椅子らしきものや、扉が倒れているだけだ。
L字型のホールのような空間を中心にして、左の窓側には二つ扉が有り、右側には倉庫のような空間へ続く入り口がある。どういう場所なのかツカサには判別がつかなかったが、ブレックが何も言わないと言う事は、別段怪しい場所でも無いのだろう。そう思う事にして、バイクをホールに置いて先へ進む相手に続く。
それほど広くも無いホールの突き当たりには、店が有ったらしい仕切りが口を開けている。
入り口をくぐると、すぐに足の折れたテーブルの残骸とカウンターが現れた。窓側を見れば、いくつかの席が残っているのが見えるので、どうやらここは何かの店だったらしい。
ツカサの予想は当たったようで、カウンターの奥を見やると狭いキッチンが見える。恐らくカフェか何かだったのだろう。そう思ってふと隅に視界をやると、見慣れない物が置いてあった。
――――雪で作ったかまくらのような形をしたものが、金属の台の上に乗っている。その下には、何かを燃やしたような跡が残っていた。これはもしかして……石釜のようなものだろうか。
だとすればピザなどを焼いていたのかも知れない。
思わずゴクリと唾を飲み込んだが、生憎とここには材料など無かった。
(ピザかぁ……食べたいけど、無理だよなぁ)
チーズなどの材料も望めない今の生活では、旨味の塊のような料理は夢のまた夢だろう。
残念に思っていると、ブレックが辛うじて無事だったテーブル席の一つに近付き、雑に砂やほこりを手で払った。と、今までだいぶん堆積していたらしい汚れが床に落ちて煙を撒く。
「……なんか……かなり放置されてたんだな、ここ……」
「あの森は、ここらへんのコロニーの連中じゃ近付けないレベルだからね。それに、補給地も少ないこの辺は盗賊も滅多に来ない。コロニー付きの【探索者】も、近場の森の方が安全だから遠出なんてしたがらないのさ。もし来るとしたら……僕みたいな旅人くらいだろう」
「えーと……バスターズ・キャンプ、だっけ? キャンプするとこなのに滅多に人が来ないなんて、なんかヘンな感じだな」
ツカサがそう言うと、ブレックは何がおかしいのか笑った。
「まあ、こんな世界を旅する人間なんて限られてるからね。ここの事を教えてくれた爺さんの話だと、昔来た時は管理してる人間が居たって話だったから……この感じだと、もうここを捨ててしまったのかもしれない。バスターズ・キャンプは【探索者】のための宿泊所だけど、基本的にこういう人がいない廃墟ばっかで、人がいないのが普通だし」
「前はここで暮らしてた人がいたの!? じゃあ……この建物は、ホントの意味で廃墟になっちゃったんだな……」
そう思うと、なんだか物悲しくも思えてくる。
文明が崩壊しても根気強くここで暮らしていた人が居た。だが、その人も今はもういない。この世界では仕方のない事だろうけれど、今日初めて世界がどうなっているかに触れたツカサからすれば、置いて行かれたような気持ちになりつい切なくなってしまった。
荒野を走っている時は正直あまり実感が湧かなかったけれど、こうして廃墟を見ると嫌でも現状を直視してしまう。ここはかつて日本だった場所で、自分が知っている世界は失われてしまったのだと。
(ホントに、日本中がこんな感じなんだな……。だとしたら、一々感傷に浸ってたら心臓がいくつあっても足りないか。……これからどうするにしても、慣れておかなきゃな)
ブレックは、強盗も普通に出てくると言っていた。
モンスターだけでなく、同類である人間すらも警戒しなくてはいけない世界なのだ。こんな風に立ち止まっていては、いつ背後から刺されるかも分からない。
(もっと強くならなきゃな……。“施設”に戻って、クオン達に謝るためにも……)
今は会わせる顔も無くて戻れないが、いつかはきっと。
そんな事を考えていると、ブレックが遠慮なしに声を掛けて来た。
「ねーツカサくーん。ひとまず昼食……いや夕食にしようよ~。肉がまだ余ってるんだろ? それ食べよ。腐っちゃわない内にさー。ねー?」
「あーもーハイハイ! ったくしょうがねえオッサンだな……」
しんみりした雰囲気が台無しだとツカサは溜息を吐いたが、しかしこの場合は明るく行った方がありがたいだろう。面倒臭い中年の子供っぽい声も、今はありがたいのかもしれない。
とはいえ、おっさんのおさんどんをすると思えば、やっぱり気は重くなってしまうのだが。
(はー……せめて……せめてさあ、外国人ってんならバイク乗りな巨乳金髪美女とかこう……いやもう、助けて貰ってメシが食えるだけでもありがたいんですけどね)
色々思う所は有ったが、文句は口に出すまい。
ツカサは邪念を振り払うと、バイクの荷台に積んでいた荷物から肉を取り出した。
持ち運べる程度の量しか持ってこなかったが、それでも肉はかなりの量になっている。とはいえどうしたものかとツカサは首を傾げた。
「ここに持って来るまでに、いくつかに分けて保存方法を複数試してみたけど……使えるかなぁ……」
「肉は腐りやすい」とブレックが言っていたが、それは恐らく保存するための方法を使わず、肉を素のままで持ち運びしていたからだろう。それでは早く腐るのも無理はない。だが、もしツカサの予想が正解なら、適した方法を使えば何とかなるかも知れないのだ。
長く保存できる方法が見つかれば、この肉も売れるかも知れない。自分がその方法を見つけて肉を無駄にしなければ、ブレックが肉を売った代金の二割くらいは貰えるだろう。
そう考えたので、木の実の汁による酢漬けだけでなく、巨大な竹から採取した竹の葉と竹筒で肉を包んでみたり、水をたっぷり汲んだ柔らかいタンクで包んだりしてみたのだが……果たして、有用なものはあるのか。
それらを並べて見て、ツカサは小難しげに眉を歪めた。
「うーん……タンクで包んだのはダメっぽいな。あんまり暑い気候でもないのに、もう色味がくすんでる……。酢漬けはまあ当然イケるとして……問題は竹っぽい植物で保存したモノだな」
ブラックが「何か使えそうだ」ということで、割った竹の一節に葉で包んだ肉を入れていたのだが、こちらはどうなのだろうか。恐る恐る竹を開けてみると。
「おっ……全然腐った感じはしない……!」
竹で封じたトラジマウマの肉は、水のタンクで包んでいた物とは違い実に新鮮な色味を保っている。どうやらこの巨大な竹も、抗菌作用か何かがあるらしい。そのへんはサッパリ分からないツカサだったが、何にせよ肉が腐っていないのはありがたいことだ。
(でも、先にこっちより危ない肉の方を調理しないとダメだよな……)
しかし、料理などほぼやらないツカサには、焼く以外の選択肢が無い。
そもそもの話、ツカサは料理人を目指しているワケでもない普通の学生だったのだ。家の手伝いも母親に任せきりだったというのに、今ここで良いレシピなど思い浮かぶはずもない。
当然、消費期限が迫るかたまり肉の調理など今までやった事も無かった。
だがそんなことなどお構いなしに、ブレックは遠くから急かしてくるわけで。
「ツカサくーん? まーだー?」
「あーハイハイ! ……あぁあどうしよう……マズいモン作ったら役立たずだってまた捨てられるかも……こ、こんな場所で一人で生きていける気がしねえ……どうにかしないと……」
とにかくかたまり肉と野草を目一杯に詰め込んだ袋や水を持って、厨房へと向かう。
肉は腐りかけが美味いと聞くが、実際調理するとなると二の足を踏む。いくら自分達が【ナノマシン】で細菌に強いとは言え、食中毒は防ぎきれないだろう。ならば、やはり加熱殺菌が適切だろうか。
(でもなぁ、フツーに肉を焼くだけじゃ飽きられそうだしな……)
飽きられる、イコール、荒野の世界でロンリーダイだ。
水も木も無い世界で枯れて死ぬのはごめんである。
ツカサは無い知恵を一生懸命に搾りつつ野草袋を探って……ある料理を思い出した。
(あっ、そーだ……母さんが作った料理に、なんか豚肉のヤツがあったな)
わりと美味しくて好きだったし、今ある食材で作れるかもしれない。
そう思ったのだが、肝心な調味料などが無い事に気付き、ツカサは頭を抱えた。
「ぐわーっ、この状況じゃ足りない材料が多過ぎるーっ!!」
「もーうるさいなぁ。材料が足りないってなにツカサ君」
業を煮やしたブレックが、厨房を覗き込んでくる。
うるさいなも何もオッサンのための料理で悩んでいるんだがと睨むと、相手は溜息を吐きながらジャケットの裏側から何かを取り出した。革で作られた茶巾袋だ。
「材料、これで足りる?」
「これって……えーと……」
「開けてみなよ」
そう言われて素直に袋を開くと、そこには様々な個包装された粉末が詰められており、色も白から黄土色と様々だ。一瞬危ないものではないかと思ったが、全て渡されたと言う事はそういうものでもないだろう。とすると、これはなんだろうか。
「白いのは精製塩で、赤いのは疑似トマト粉末。茶色いのは粉末醤油。黄土色のは……えーと、カレー風味だったかな。まあ詳しくは包装のはじっこの所に書いてあるはずだよ。風味づけ程度の量しか持ってないけど、それで何とかしてみてよ」
「あ、ありがと……これなら何とかなるかも……。でも何でこんなモノを?」
問いかけると、ブレックは嫌そうな顔をして袋を見つめた。
「……マズい食糧でも、少しくらい良い風味が有ればなんとか食べられるだろ? だったら、大金をかけてでもそういうモンは持っておきたくなる」
「ああ……なるほど……」
言わんとするところが解かって、ツカサは暗澹たる気分になった。
こんな謎の粉末を数種類常備しなければならない食事ならば、トラジマウマの肉にあれほど感激したのも頷ける。だが、懐に隠し持っていたと言う事はこれも貴重品ではないのだろうか。
好きに使っていい物かとツカサがブレックの顔色を窺うと、相手はこちらの言いたい事を察してか外国人にありがちな大仰に肩を竦める仕草をしてみせた。
「こういうのは、後の事を気にせず使うモンだよ。後生大事に持っていても劣化するだけだし、そもそも美味いメシを喰うために持っている物なんだから……使わない方がどうかしてる」
「そ、そっか……。じゃあ、ありがたく使わせて貰うよ」
言いたい事を言って満足したのか、ブレックは席に戻って行った。
調味料をくれたのはだいぶ助かったが、恐らくこれも貴重な物だ。気にせず使っていいと言われたが、今後の事を考えると節約はするべきだろう。だとしたら、多くは使えまい。
どうするかと思い、いくつかの調味料を見て、ツカサは野草袋を漁った。
「うーん……疑似とは言え、トマトはトマトだよな……」
だとしたら、もう作るのはアレしかないだろう。
ツカサは覚悟を決めて、食材に手を伸ばした。
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