聖女任命式1
聖女任命式の当日
「ラハブ殿、あなたは聖女にはなれません」
ラハブは思考が止まる。
「え……?」
「ラハブ殿、聖女は処女でなければならないのです、誰かの愛人であるなどということは到底許されません」
空間がグニャリと歪んでいく。動悸がしてくる。息が苦しい。
ハアハア、何を言って、だって、聖女になるにはたくさんのお金が必要で、自分のような小娘がそれをするにはおじさんのような後ろ楯をお願いしなければとても届かなくて…
そもそも後見人のはずなのにどうして愛人ということになっているの?
努力もいっぱいしたし才能も、自分がやらなきゃ誰も救われない…
女王は心配して話を続ける。
「ラハブ殿、これ以上無理しなくて良いんだ、他の者に任せてあなたは自分の幸せを追求してほしい」
なんて真っ直ぐな目、私なんかとは違って挫折したことが無いんだろうな。
私は、生き残るために己の尊厳を捧げた、吐き気を催すようなことでもやった、残酷で面白くもないことを彼らに合わせて笑い、媚びへつらい自分の親の薫製肉を食べて生き延びた。
なのにこの女王はそんなことも知らずに、上から正しいことだけを述べているんだろう。
ラハブは心に黒い炎が点るのを感じた。
「今までしてきた苦しい思いを全て、聖女になるために一心に注いで来ました、ここで諦めれば私は死ぬより苦しい立場に立たされるのです」
「なるほど、しかし聖女というのはそんなに良いものではないぞ、他人の苦しみを引き入れてより惨めになっていく危険性すらある」
ラハブは思い詰めたまま一言も発しない。
「……」
「私から申すことは以上だ、退がるがよい」
謁見のあと、大雨が降り続いている。
ラハブは一人狂っていた。
どこからか怨み言が響いてくるようだった。
殺された父、母、メイドたち、執事に馬車係。
「私を責めないで!女王さまがだめだって言うんだから仕方ないじゃない」
「みんなみんな、私にばかり完璧であることを望まないで、私はただの小娘なんだから、聖女なんかにはなれない、ただの小娘……」
幸せなんてとっくに捨てているし、とっくに壊れてしまってる、立ち止まることなんて許されなかった。ただの小娘なのに。
今なら分かる……私の心はまだ、あの頃の夜の闇を逃げ回っているのだ……
そしてハッとした。
「なんだ、私は私を救いたかっただけなんだ!だから女王さまはそれを見抜いてたんだ!」
何か得心の行く道理を見つけたラハブは大雨が降る天を仰ぐ。
「神様ありがとう~!」
ラハブが天に叫んだ後、彼女の一人きりの舞踏が始まる。
ミカエルは彼女がいつも通り雨に向かって踊り出すのを予見していた。
「勝負は、ここからだ……」




