西の国の歴史
白い肉塊に触れれば見えざるものが見えてくる。何かトラブルでもあったのだろうか、言い合いが聞こえてくる、これは誰かの記憶のようだ。
「ラハブ嬢、あなたは聖女になるにはふさわしくない」
女王が目の前の女性に高らかに宣言する。
「そんな!ちゃんと条件は満たしているはずです」
「確かに然るべき身分と2年間学校での座学の履修、そして1ヶ月の実習のカリキュラムを経て、資格は有しているでしょう、ですがそれだけではいけないのです、純潔でなければ!聞けばそこの男の愛人であると言うではありませんか、そんな卑しい者を聖女になどさせられません」
今まさに名指しされた男が二人のやり取りを見守りながら歯をギリリッと噛みしめているのが見えた。
この男は天使になる前のみかえるらしい。
初代クリスの生きた時代、これは二人の聖女の物語
聖女任命式の少し前
「クリス、申し訳ありませんがもうしばらくあなたには現役でいてもらわねばなりません」
女王が頭を下げる。
「確かに原住民を追い出して我が国の領土を広げるという計画を強硬しなければならない事実は変わりませんが、それでも騎士としての矜持を持つ者が同行しなければ無法地帯となるでしょう」
「おっしゃる通りです、古代から戦争があれば通り道の村を襲撃して物資を調達するのが常識でしたからね」
自国の軍にすら略奪されることも時代によっては珍しくない。そういう戦争が絶えない地域からやってきた。
我々の故郷の北の国は弱肉強食が当たり前、弱い者から奪って生き延びてきた罪人の国だ。
そんな人面獣心の民族が狙ったのがこの西の国というわけだ。
何かと難癖をつけて植生の豊かな土地を先住民から奪うのが目的だった。
「私が女王として即位した直後なんて私を強姦しようとしていた兵士すら少なくありませんでしたものね」
「ヒヤヒヤものでしたぞ、あの時は首を一斉にすげ替えましたな」
「あの頃からあなたには苦労をかけっぱなしですね」
女王は16歳で即位した、年下の小娘に痛い目を見せてやろうと侮っていた家来などいくらでもいた、兵士たちも教養もないような人材ばかりであった。だから女王の周りはパラディンと呼ばれる信仰心の篤い面子で固め、その部下もちゃんとした出自の人間しか使わなくなった。
「マスタークリス、本当にあなたほどの人が正義の側にいてくれて助かりました」
「褒めてくれるのはうれしいですが、わしは女王が思うような人物ではありませぬ、未熟な時代には弱き者を見捨て、己の私欲に走ったこともございます」
「それでもです、それでもあなたがいなければ公算が立たない場面がいっぱいありました」
「……そうですか」
「これだけは忘れないで、あなたが思っているよりあなたを慕う人は多いのですよ」
女王は退室する背中を見て柔らかい眼差しになる。
クリス自身は聖人君子であり曲がったことができない性格であった。だが世界とは皮肉なもので聖人と呼ばれるような人間のそばにこそ度しがたい悪人が生まれることもある。むしろ聖人の存在こそが悪を引き寄せるかの如くクリスは運命に翻弄されて行く。
クリスには養子がおり双子の男女であった。片方の女子が今度の儀式で正式に聖女となるマステマ。一見利発で端正な顔立ちだが、彼女にはどうしようもない短所があった。
男癖がものすごく悪いのだ、クリスにバレてはならないのだが、同級生の女子たちは痛い目に遇っているためみんな知っている。他人の彼氏をかっさらっていくのだ。親が聖騎士であるのに娘が寝取りを趣味にしているなど知る人が知れば大事件である、下手すればクリスが何も悪いことをしていなくとも聖騎士の資格を剥奪される。
ではなぜクリスや他の王族たちにそれがばれないかと言えば、双子の弟のカインが圧力をかけたり、賄賂を渡したりして隠蔽する努力をしているからである。
双子はクリスが素晴らしい人間であればあるほど、自分たちは悪であるべきだと思っている。
密かにクリスを憎んでいたりとか、そういう感情があるわけでもない。むしろクリスのことを尊敬しているし慕っている、一種のファンのようなものだ。
釣り合う人間であろうとするあまり、悪としてしかこの双子はクリスのそばにいる資格が無いとすら思っている。
「マステマ、いよいよだな」
「ええ、お義父様さま」
いよいよ善と悪がぶつかり合うことができますね。
と声に出して言いたかった。危ない危ない。
この国は北の国からの侵略であらゆる勢力がぶつかり合う時代に入った。
この地において密かな企みが動き出そうとしていた。




