漁場と漁獲量
感想お待ちしてます!
大学駅伝大会まで、あと三週間。
一ノ瀬の厳しい訓練に加え、駅伝、マラソンシーズンに突入したため、大小のマラソン大会や駅伝大会の警備に従事していて、あっという間に大学駅伝まで、三週間となっていた。
しかも、相変わらず莉奈の検挙数は少なく、近藤から叱咤されることもしばしば。
「オコジョ行くぞ」
一ノ瀬がパソコンを閉じ立ち上がると腰を動かす。
高堂マラソンから莉奈は、今までの「七瀬」から「オコジョ」と呼ばれることが増えた気がする。
「はい」
莉奈は新しいその呼び名に、いつものように素早く反応する。
あれから、スマホで「オコジョ」と言うものを検索したが、可愛い写真がたくさん出てきたため、オコジョと呼ばれることは嫌ではなかった。
「行って来ます」
莉奈がデスクに向かう神戸に声をかける。
「気を付けてな」
右手が上がったのを確認してから、莉奈は、いつものように一ノ瀬に続いて庁舎を出る。
微かに吹いた夜風が、体感温度を一気に下げた。
「今日は、オコジョの検挙数増やすために、頑張るか」
珍しくやる気のある一ノ瀬が、パトカーのロックを解除した。
「お願いします」
一ノ瀬が乗り込むのを待ってから、莉奈も覆面パトカーに乗り込んだ。シートベルトを締めると莉奈は、すぐに暖房のスイッチを操作する。近頃、強烈寒波の到来により寒さが厳しくなって来た。県北部では、例年以上の雪が降っており、事故や立ち往生の連絡が止まない。
「オコジョのために、俺の仮眠時間削ってあげるから、違反見逃すなよ」
一ノ瀬がアクセルを踏み込みながら言った。本来、庁舎で仮眠はすることに近藤小隊はなっている。そのため、パトカーで仮眠する一ノ瀬の仮眠の時間は、本来取締りをする時間。一ノ瀬の仮眠は、本来ないものだ。
「分かりました。運転お願いします」
ナビを操作しながら莉奈は、二番コースを確認する。二番コースは、大きな国道と主要県道が交差するのに加え、飲み屋もそこそこあり、ある程度の検挙数は期待出来る。
「俺のイチオシの一停の漁場教えてあげるよ。いつも昼、白バイで見てるとこ」
「ありがとうございます」
検挙数が交機トップの一ノ瀬の取締りスポットなら、検挙数も稼ぐことが出来るだろう。一ノ瀬の提案は、素直に嬉しい。
「その代わり、昼は俺の漁場だから荒らすなよな」
漁場は各自が、警ら活動中に見つけたものや、今までの経験により導き出されたものも多い。
「大丈夫です。私もいくつかの漁場がありますから」
莉奈は、あえて笑顔を一ノ瀬に見せた。
その漁場は、漁獲量は少ないけど。
しかも、人の漁場を荒らすことはご法度だ。
『交機三十二から交機隊』
『交機隊です。どうぞ』
『交機三十二、取締りに出動します。どうぞ』
『交機隊了解』
『以上、交機三十二』
莉奈が出動報告を無線で行う。助手席はやることが多い。
江乃町庁舎から、一ノ瀬の漁場までは少し距離があっため、漁場に着く前に、三件の違反を稼ぐことが出来た。
噂の漁場は、花咲町にあった。
町の北部の山には展望台があり、デートスポットである一方、峠道では走り屋がドリフトを繰り広げており、夜になると事故の通報が相次ぐ。
一ノ瀬がよく取締るのは、一停無視と携帯電話等使用の違反。今日は夜間のため一停無視を取締ることになった。
「早いうちに数稼いで、江乃町で寝よう」
パトカーを空き地に止めると、一ノ瀬は身体を伸ばした。
「今日は、パトで寝ないんですか?」
「たまには、江乃町の布団で寝たいからさ」
江乃町庁舎の仮眠室は、所属ごとに部屋自体が分かれているが、交機隊の仮眠室に、なぜか機捜の捜査員が寝ていることもある。しかし、各所属の事情を考慮して、お互いに文句を言うことはない。
「いつも、私が寝ている間は、何してるんですか?」
以前から気になっていたことを聞いてみる。本来の仮眠時間は、長い時で四時間とれる。しかし、いつもパトで寝る一ノ瀬は、パトで二、三十分の仮眠をとった後は、一睡もしていないらしい。
「報告書作って、あとは、スマホいじったり、テレビ見たり」
「深夜に面白いテレビ番組あります?」
莉奈にとっては、深夜のテレビ番組といえば、通販や朝まで討論会みたいな番組しか放送されえいないイメージ。
「深夜の通販番組って結構面白いし、いいモノ売ってるぞ」
変わり者の一ノ瀬が気に入るモノは、恐らく正常な人にとっては、変わったモノだろう。
「よく、少ない仮眠でやって行けますよね」
交番時代、よくパトカーの助手席で居眠りをしてしまい、わざと急ブレーキをかけられて、起こされた莉奈は、一ノ瀬の睡眠感覚が信じられない。
「はい、一時不停止」
一ノ瀬が言うとパトカーを勢い良く発進させた。莉奈もすぐに赤色灯を点灯させ、マイクを手に取る。一ノ瀬がパトカーを軽自動車の後ろにピタリとつけてパッシングをする。
「前の車の運転手さん。この先のコンビニの駐車場に入って下さい」
莉奈の呼びかけにブレーキランプが何度か光った。
莉奈は、シートベルトを取ってドアを開けると、コンビニの駐車場に停止した軽自動車に駆け寄った。
「すみません。運転手さん。あそこ一時停止あったの気づかなかったですか?」
「隠れて違反を見てるなんて、警察はやっぱり卑怯だな。もっと、交差点とか、見えるところにいたら、誰も違反をしないだろう」
中年男性が、早々に不満をぶつけて来た。
「では、運転手さんは、警察官が居なければ、信号も無視するし、一時停止も止まらないってことですか?それでは、危ないですよね?」
「違反を防いでくれないの?警察は…」
警察には、街頭活動という、交差点などに警察官が立ち、歩行者の横断の手助けなどを行いつつ、違反を取締る活動もある。
「違反を防ぐ活動もしてます、運転手さん。まずは、免許証いいですか?」
このドライバーには、何を言っても仕方ないと感じた莉奈は、免許証の提示を求める。
「急いでるから、早くしてくれ」
半ば逆ギレされつつも、免許証を受け取った。
「ご住所変わってませんか?」
「変わってない」
終始、機嫌が悪い。
「携帯の番号だけ教えてくれませんか?」
「080-2561-……」
「ご職業は?」
「早く作れって!」
ついに、不満爆発。
「切符に記入しなければならないので、ご協力をお願いしますよ」
怒りに怒りで立ち向かっては、収拾がつかなくなる。
「会社員」
必要事項を聞き終えると、莉奈は素早くパトカーに戻った。
「否認?」
莉奈がドアを閉めると同時に一ノ瀬が言う。
「いや、警察は卑怯だとか、急いでるから早く作れって、文句が凄くて…」
莉奈がメモを切り取ると、免許証と共に、一ノ瀬も見えるように、計測器の上に立てかける。
「こいつ、俺と同い年だ」
切符を作成しながら、一ノ瀬が呟いた。
「知り合いですか?」
「いや、全然知らん」
メモを見ながら、スムーズに切符を作成する一ノ瀬。
「左右確認すれば分かるとこに居るのにな」
確かに、しっかり停止し、左右を確認すれば、パトカーには、必ず気付くはず。実際に、猛スピードで交差点に近づいた車が、停止線付近で急ブレーキをかけ、パトカーに気付いた反応をすることもいる。
「納付書書けました」
莉奈が納付書を切り取る。
「今、別々に渡しに行くと、七瀬が文句を言う対象になるから、一緒に行って、指印求めて離脱しよう」
一ノ瀬が指で切符をなぞりながら、記入漏れがないか確認して行く。判子を押し、完成だ。
「よし、行くか」
一ノ瀬の声に、莉奈がほぼ同時にドアを開けた。一ノ瀬が運転席に近づく。
「運転手さん、窓開けて」
一ノ瀬がガラスをノックして、窓を開けさせた。
「これが、切符なんだけど、お名前の読み方だけ教えて」
「こが けんと」
「はい、ありがとうね。今、印鑑とか持ってる?」
一ノ瀬が言うと、ドライバーは首を振った。
「じゃあ、ここに署名と右手の人差し指の指印を頂戴」
ドライバーは名前を切符に殴り書きし、指印をした。
「事故増えてますので、お気を付けて。では」
終始、一ノ瀬がペースを握っていたためか逆ギレもされず、しかも早くに現場離脱が出来た。
これが経験の差か…。
うなだれながら覆面パトカーに戻った莉奈は、シートベルトを装置する。
それからここの漁場では、四件の切符を作成し、莉奈の漁獲量はいつもより多めだった。
「漁場変えるか」
一ノ瀬が呟くと、覆面パトカーがゆっくりと進み出した。
これから、話は急展開




