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酒は飲まんよ。真剣な話があるんだ。  作者: 春野セイ
第三章 そうだ。湯屋へ行こう!
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いい湯だねー


 湯気がもくもくと立ちこむ中、忠弥の声がする。

 半之丞はぴんっと背中を伸ばした。


「お主らも来ていたのか」

「忠弥さん、今日は非番でしたね。会えないと寂しいですよ」


 兵馬が三助に肩を揉んでもらいながら、さらりと云う。

 そ、それ、俺も云いたい、と半之丞は先程とは真逆のことを思ったが、云えるものなら云ってみろである。


「休みとはいえ、体を鍛えんと一日が始まらんのでな。汗もかいたし、久々にゆっくり湯に入りに来たわけよ」

「俺は運を上げてもらいにきたんです」

「へえ……? それはまた……」


 忠弥が返事に困っている。

 半之丞は心ノ臓をバクバクさせながら、顔を動かすことすらできなかった。

 いや、ここでためらっていては男じゃない。


 以前、忠弥のために背中を洗って差しあげたいと思ったではないか。

 半之丞は覚悟を決めて顔を上げた。

 男前な上に盛り上がった筋肉を見てくらくらする。

 自分の腕が楊枝に見えて、比べた途端、ガクッとうなだれた。


 忠弥はさっさと体を洗ってしまうと、俺は先に入るぞ、と柘榴口へと向かってしまった。

 話しかける機会を失い、茫然自失の半之丞。すると、三助が隣で大きなため息をついた。


「いやー、成沢の旦那は野郎の俺が見てもいい体つきでいらっしゃる。あれほど見事な体躯の方はそうはいねえ」

「ですよね~」


 と兵馬が頷く。


「惚れちまうよ」


 三助の褒め言葉に、半之丞は顔を上げた。


「や、やはり、忠弥さんは誰の目から見ても素晴らしい方なんですね」

「そりゃあ、ねえ。大勢の体を洗っているあっしが云うんですから、間違いねえ!」

「そんなに、すごいんですね……」


 半之丞は自分の目に狂いはなかったのだと、と今さらながら思った。

 忠弥さんに惚れてる男は自分だけではなかったのだ。

 ああ、あの時、背中を洗わせてください、とひとこと云えたら。


「かたくてしなやかな筋肉、触らせてもらえるだけでありがてえことです。成沢様は滅多に頼みませんからねえ」

「えっ? そうなのですか?」


 半之丞の食い付きがいいので、三助は調子に乗ってペラペラと話し始めた。


「そりゃあ、そうですよ。江戸まで行って帰国されるだけでも骨が折れるってえのに、非番の日まで鍛えてるったあ。そりゃあ、どこもかしこもいい感じに鍛えられてるでしょうし、あっしの知っている世間なんて、湯屋ぐらいなもんですがね」

「半之丞、そろそろ俺たちも湯に入りに行こうよ」


 珍しく、兵馬の方から急かすように声をかけてきた。

 そうだった。

 忠弥はすでに向こうへ行っていたのだ。


「じ、じゃあ、湯に浸かりに行って参ります」

「いってらっしゃいまし!」


 三助がさらに目を細めてにっこり笑った。


 今日はなんてついてる日なんだろう。

 半之丞は心から思った。


 石榴口をかがんで通り抜けると、入り口の向こうはもう白煙で見えない。

 みんながぶつからないように声を掛け合い、半之丞は兵馬から離れないよう、声と姿を追いかけた。

 人の空いている場所があり、二人はそちらの湯の中に入った。

 熱めの湯で腹の辺りほどまで浸かると、ほっと息が漏れた。


「いい湯だねー、半之丞」

「うん……」


 忠弥さんは、もういらっしゃらないか。


 半之丞は見渡せる範囲を探して見たが、忠弥の姿はなかった。

 そりゃあ、あんまり長湯したらあたるだろうし。

 半之丞は内心がっかりもしたが、半分安堵していた。


 今日は顔を見られたし声もきけたし、これ以上云うことはない。

 忠弥がここの湯屋を利用していると知っただけでも儲けものだ。


 それからゆっくり湯に浸かり、兵馬と共に湯から上がった。


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