やれやれ
朝、道場へ行くと、稽古着姿の半之丞がすでに来ていて一人で素振りをしていた。
額に汗が浮いているのを見ると、早くからきていたようだった。
兵馬はまだ来ていない。
半之丞は、忠弥を見るなり手を止めて挨拶をした。
「おはようございます。成沢様」
「うむ」
少し距離を置こうと決めた翌日だ。
しかし、冷静になって考えたら、なぜ距離を置かねばならんのか、理由がない。
自分がやけになっていた。
普通にしたらいいだけだ、と考えなおした。
「精が出るな。打ち込みにつきあってやろう」
「はい! ありがとうございます」
おっ、と思う。
今朝はいつもの仏頂面ではなくて、機嫌がよいようだ。
何かいいことでもあったか。
忠弥は、竹刀を持って素振りをし、汗がにじんでから半之丞の方へ近寄った。
半之丞もかなり動いたらしく、手拭でぐいっと顔の汗を拭うと、きりっとした顔つきで自分を見た。
ますます、以前までの半之丞と違う。
以前、半之丞の姉がやって来て、唐突に云われた言葉を思い出した。
この子を突き放してください。
あと、何か云っていたが、あの女の云いなりになるのは面白くない。
特別なものはない。
他の門弟と同じに扱えばいいだけだ。
「よし!」
お互い構えの姿勢になる。半之丞が踏み込んできた。
道場には誰もおらず、半之丞の真剣な声が響いた。
集中して打ち込み稽古に励んだ。
初めて会った頃よりも力がついたように思う。
半之丞は十七歳にしては小柄なほうだ。
もっと体力をつけて体を鍛えよ、と伝えた。
確かに剣客にはあまり向いていないかも知れないが、小性組頭を継ぐのであれば、剣術ができなくては話になるまい。
そうこうしているうちに、兵馬がやって来た。
「おはようございます!」
「おう、来たか」
稽古をやめて、手拭いで汗を拭いた。
「おはよう、兵馬」
「うん。おはよう。今日は早くから稽古していたんだな」
「うん。あの、成沢様」
「ん?」
珍しく半之丞が自分から話しかけてきた。
「私の身勝手で道場を辞めてしまいましたが、成沢様のおかげで目が覚めました。もう一度、成沢様の元で修行をさせてください」
「本当か、半之丞」
兵馬が嬉しそうに笑った。
「よかった。俺も友達がいないと張り合いがないし、これからもずっと共に稽古に励もうぜ」
「よく云ったぞ、半之丞」
忠弥は、本気で嬉しいと思った。
「案ずるな。道場にはまだお前の掛札が残っているだろう。それが証拠だ。お前は道場を辞めたわけではない。これからはすぐに音を上げるなどせず、精進しろ」
「はい……!」
半之丞の目に光るものがあった。
泣くほどのことか? だから、こいつはひ弱に思われるのだ。
忠弥はひとこと云ってやろうと考えたが、グッと言葉を抑えた。
自分は半之丞の姉ではない。
己の弱さは、己で克服してもらわねば。
今まで通りだ。
こいつが俺のことを嫌う理由はもうあるまい。
忠弥は、胸を撫で下ろしている自分に苦笑した。
やれやれだ。




