尊敬
「最近、楽しそうですね」
道場で稽古をつけるようになって幾日か過ぎた。
稽古を終えて汗を拭いていると、またもや唐突に兵馬が云った。
半之丞は井戸端で汗を流している。
相変わらず体の線が細い。
俺がこうやって時間をかけて鍛えているのに、あの男は……!
ぶつくさ呟きながら、兵馬を見た。
「俺が楽しそうに見えるか?」
「ええ」
兵馬はにっこりと笑うと、半之丞の方を眺めた。
「半之丞も感謝していると思います。あいつは誰よりも忠弥さんの事を尊敬していますから」
「は?」
尊敬だと?
感じたことは一度もないが……。
しかし、それが真実なら、なぜ自分を避けるのか。
忠弥にはさっぱり理解できない。
その時、ふと、先ほど兵馬の云った言葉を思い出した。
「おい、久しぶりに一杯やりに行くか」
「え?」
兵馬が目を輝かせる。
「それってもしかして……!」
以前、兵馬を居酒屋に連れて行き、たいそう喜ばれたことがあった。
自分の楽しみは、酒を呑んで女に会う事だ。
それこそが楽しみだというのに、こんな生意気な男を鍛えているのを楽しんでいるように思われて、少しムッとした。
「そなたもお染を覚えておるだろう」
「はい! わたしのために、初めての酒を注いで下さいました」
大げさなもの物云いに思わず苦笑する。
半之丞が女と対面した時、どんな風に慌てふためくか想像すると、これこそ楽しい気持ちになった。
にやりと笑い、半之丞が戻ってくるのを待った。
汗を流しさっぱりとした顔の半之丞は、にやにやしている忠弥を見て眉をひそめた。
涼しげな目元に清潔そうな薄い唇。
立ち姿は背筋が伸びて、よく見れば半之丞は綺麗な顔をしている。
うむ、女が喜ぶやもしれぬの……。
密かに忠弥は思った。
「よし、では参るか」
出し抜けに言って二人を促すと、半之丞が慌てた声を出した。
「お、お待ちください。どこへ参られるのですか?」
「居酒屋だ。たまには羽目を外してもよかろう」
「えっ! そんな、成沢様、困ります」
「何だと? そなた、俺が奢ってやると云うのに、それを断るのか」
「え……?」
半之丞は青ざめて唇を震わせている。
最近、こんな顔ばかり見ている気がする。
忠弥は一瞬、胸が痛んだが気にしないようにした。
「大丈夫だよ、そんなに怯えなくても」
兵馬がからかうように云うと、半之丞は軽く睨んだ。小声で云い返す。
「俺は行かなくたっていいだろう?」
「せっかくのお誘いなんだから行こうよ」
兵馬も小声で答えたが、半之丞は乗り気ではなさそうだ。
「ぐずぐずするな、参るぞ」
「はい」
兵馬に腕を取られて、しぶしぶと半之丞がついて来た。
それを見ると、思わずにやりとしてしまった。




