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幻想遊園地  作者: かがりいずみ


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第5話:未来視

「さあ、次のアトラクションはこちらです」


ツクミが案内してくれたのは、どこもかしこも真四角の部屋だった。立方体、というのだろうか、上も下も右も左も、前も後ろもミルクを流したような色をしたガラス製の同じ正方形で囲まれている。

そして、それぞれの正方形は9つに区切られていた。


それはあたかも、ミルク色のガラス張りのルービックキューブの内側に閉じ込められたような、そんな感じといえばイメージが掴めるだろうか。そんな、不思議な部屋だった。


「ここは⋯?」

「はい、こちらは映像投影室となっております。

 360度、全方向がディスプレイとなっていて、まるで別の時間、別の空間にいるかのような、そんな体験ができる⋯そんなアトラクションになっています」

「別の時間?」

「そのとおりです。

 そして、今夜の演目は⋯どうやら遠い、遠い未来のお話のようですね。

 準備はよろしいでしょうか?」


ボクが頷くと、部屋全体が一瞬ふわっと白い光を放った。

そして、宇宙空間のような映像が投影される。まるで、星の海に自分が浮いているかのような気分になった。


「すごい⋯」


あたりを見回してボクが呟くと、ツクミがにこりと微笑んだ。


「それでは、行ってらっしゃいませ。

 遠い、遠い、これは未来のお話でございます」


その言葉とともに、上から下にものすごい速さで周囲の星たちが一斉に流れ始めた。その光景に呑まれ、ボクは不思議な浮遊感に包まれていった。


そして、周囲を取り巻く映像装置がとある部屋の情景を映し出す。

それはまるで昔のトーキー映画のような白黒の映像だった。


物語が、始まる。


☆☆☆

【青色の記憶】


カシャン


博士は画像を次に送った。

目の前のスクリーンには、子供が描いたものなのだろう、お世辞にも上手とは言えない絵が映し出された。


描かれているのは、人間、そして、ドーム⋯それからいくつかの建造物だったが、奇妙なことに背景が【リヴィダス】で塗られていた。


症例30A−28、とナンバリングしてあるそれを見て、博士はまたひとつ唸り声を上げた。


少し考えると、手元のコンソールに指を踊らせ、データの入力をする。そして、また次。


症例85G–49


先程の絵よりはやや上手みたいだ。描かれているのは1300年ほど前の下古代の市街地の様子。おそらく何らかの資料から読み取り、そこにイマジネーションを加えて描いたのだろうものだ。


特殊合成樹脂の高層建築

旧型の磁気式浮上バス


そしてやはり、その背景⋯こちらは【ウィオラス】一色だ。

その絵をしげしげと眺め、また博士はデータを打ち込んでいた。


こんな具合に、博士は絵を見ては、データを打ち込む、その作業を繰り返していた。博士が見ている絵のモチーフはまちまちだし、筆致や練度にも共通点はほとんどなかった。


ただ、ひとつ見逃せない共通点があった。

それは背景だ。すべての絵が【ウィオラス】【キィアネス】【ウェネトゥス】など、いわゆる【カエラゥス】系統の色で背景が塗られているのだ。


「先生、何か分かりましたか?」


背後の自動扉がスライドし、助手の女性が飲み物を持って入ってきた。先程までの作業で疲れたのか、博士は椅子にどっかりと腰を下ろし、目の辺りを指でもんでいた。


考え事をしているのだろうな⋯


特に返事がなかったので、そう思った助手は邪魔をしないようにさっさと退散しようと、飲み物を傍らのデスクに置いて、出ていこうとした。その時、突然、博士が口を開いた。


「522人だ」

「はい?」

「738人の子どもに自由に絵を描かせた。内、522人の子が、その背景に【カエラゥス】、またはそれに類する色を使っている。実に70.7%だ⋯。君はどう思うかね」


助手の子は、くいと小首を傾げると、少し間延びした感じで言った。


「さあ⋯わかりません」


博士が見ていた被験者の絵は助手も何度か目にしている。確かに博士がおかしいと感じているパターン⋯彼が『カエラゥス・シンセシス』と呼んでいたそれは、一様に物体の背景に当たる部分、もしも外に出たとしたら『宙』に当たる部分が同系統の色で塗られているのが特徴だった。


別にこの現象自体、本人や周囲の人が困る、という類のものではない。

そもそも、これは成長とともに消えていくものだった。

通常の児童心理学の教科書では、成長の過程で現れる一種の過渡的現象として捉えられ、それほど重視されないでいた。


ところが、この博士はこの現象に異常に興味を持っていたのだ。


そして、大勢の被験者をドーム中からかき集め、絵を描かせてはこうして研究を重ねているというわけだった。


「ああ⋯」

考え疲れたのかもしれない。博士は呆けたように一声漏らすと、ぐっと伸びをした。無理もない、博士はこの現象の原因究明を今期の論文テーマに選んでいるのだ。しかし、その執筆はほとんど進んでいないのだ。


共通点を探したい。

そのために、『カエラゥス・シンセシス』を示す子供の生活習慣から遺伝情報、脳内電気信号のパターンまで調べ尽くした。それでも、何一つ、出てこないのだ。


彼らは、現象を示さない子どもと、何一つ変わるところがないのである。


博士がおもむろに立ち上がった。


「お出かけですか?」

助手が尋ねると、そのままふらふらと部屋の外に出ていった。

「”図書館”に行ってくる」


彼は、そう言い残して、扉を出た。


”図書館”とはこの『ドーム』の中にあって最古の情報集積機関である。そう言うと何やら貴重なもののように感じられるが、その情報の集積方法、出力方法は、4世代以上前の技術によるものである。


もちろん、情報集積機関であるので、そこにある情報を読み取り、活用することは可能である。が、情報の保存形式上、その利用には視覚経路を経由する必要がある。文字データによる情報摂取は時間がかかる上、生体への誤入力が多く発生するし、何より負荷が高い。そのため、古代情報学の専門家でもない限り、通常参照されることはほとんどないものだった。


しかし、博士はそういった情報のやり取りを好む傾向にあるようだ。頻繁に、”図書館”を利用していた。


やっぱりうちの教授は変わっている。


助手はひとつため息を付くと、サイドテーブルに置いた冷めかけた飲料をトレーに乗せ、自身も部屋を後にした。


☆☆☆

博士は地上38階の渡り廊下を歩いていた。

腰から上がガラス張りのその通路は、この『ドーム』においてほぼ唯一と言っていい、一般人が『外』を目にすることができるエリアだった。


ちらと博士が『外』を見る。

轟々と音を立てて吹く風に、強度に酸性に傾いた雨が煽られ通路のガラスを打ち付ける。


今日は一段と荒れているな⋯


そう、博士は思っていた。


人類が『外』で暮らさなくなって1000年が経過していた。

技術革新によってもたらされた作用不明の化学物質、度重なる戦争による放射能汚染、そして、地磁気の変化によるオゾン層の壊滅的破壊などにより、『外』が人類の生存に適さなくなって久しい。


こんな風に酸性の雨が降ったかと思えば、『ケミカルフォグ』と言われている東洋系人類の髪の毛の色をかなりくすませたような濁った色の雲が下降気流に乗って大地に立ち込めることもある。最も安定しており観測に適しているとされている天候でも、空には舞い上げられた砂が立ち込め、太陽の光を乱反射させていた。


この通路の向こうは、通常使われることがないエリアである。”図書館”を始めとし、今は使われなくなった施設が多数存在している。下代史の専門ではないので詳しくはないが、人類が『ドーム』を作った時、首都機能を有していたエリアであると聞いたことがある。


現在は、その文化的・歴史的な価値の保存のために、政府に雇われた少数の職員がその維持管理に当たっているのみであり、博士自身のようなよほどの物好きか、特殊な分野の研究者が訪れるくらいであった。


シュン、と軽い音を立てて扉がスライドした。


「あら、博士⋯こんにちわ」


馴染みの今の”図書館”の職員⋯彼女は自身のことを『シショ』と呼んでいるが⋯が、にこやかに挨拶をしてきた。『シショ』に当たる漢字を教えてもらったことがあったが普段使いつけないものであり、何度聞いても忘れてしまう。


「ああ、こんにちわ」

博士はシショのいるフロアに用意されていたソファに腰を下ろした。


「なにか、資料をお探しですか?」

「いや、今日はそういうわけではないんだ」


「では、自由閲覧ですね」

「まあ、そういうことだ」


目的がないのは本当だった。考えが行き詰まってしまい、ちょっとした気分転換のつもりで来ただけだからである。実際に少し歩いたり、『外』の景色を見たせいか、なんとなく頭の中でぐるぐると回っていた思考が落ち着いた気もする。


博士が特に用事を持たないと分かって、シショは手元の何かに目を落とし始めた。基本的にここの業務は多忙というわけではないので、その様子自体は目を引くものではなかった。

しかし、博士はシショが目を落としているモノに興味を惹かれる。


「『本』を⋯見て⋯いや、読んでるのかね?」

「はい。私はこれが好きなのです」


シショは手元にもっている『本』を少し持ち上げて見せ笑い、そして、また『本』に目を落とした。『紙』をめくる指先の動きになにか不思議な懐かしさを覚える。


珍しいものを見たな⋯。


かなり前にシショと話をした時、下代以前の”図書館”では、印字された紙を束ねた『本』と呼ばれる情報ツールが利用されており、それが棚に整然と置かれていたと言っていた。この”図書館”にも『本』は存在しているけれども、当然貴重な文化財であることから、自由に手に取ることができるエリアに置かれていることはなく、閲覧するためにはシショに利用申請をする必要があった。


「ところで」

博士は珍しいものを見たついでに、ちょっと気まぐれを起こした。特に専門家ではない、このシショに目下の自身の研究上の行き詰まりについて話してみようと思ったのだ。


「はい?」

シショが顔を上げた。


「君が⋯絵を描くとする」

「はい」

「ドームでも、人でも、ヴィークルでもなんでもいい。描いたとして⋯その背景を何色にしたいと思うかね?」

シショは少し右斜め上に目を動かして考える素振りを見せたが、ほぼ即座に答えた。

「カエラゥスですね」


ほう、と博士は思った。


通常、成長するにつれて、背景にカエラゥスを選ぶ人間は減っていき、成人する頃には発生率は0.02%以下と言われている。その低確率に自分は出会ったらしい。


「何故かな?」


思いがけず成人サンプルを手に入れた博士は、興味を惹かれて聞いてみた。

ふふ、とシショが笑う。


「おや、そんなこと。理由は簡単ですわ」

「簡単?」


意外な答えに博士は戸惑う。自身がこれほどに悩む研究テーマの解が簡単⋯である訳が無い。なにか、勘違いをしているとしか思えなかった。


博士は自身の研究で問題となっていること、カエラゥス・シンセシスや、その発生機序が現在まで不明であることについてかいつまんで語って聞かせた。


「生体は、意味がないことはしない。それが私の信念だ。この発達上の現象にも、何らか理由があるはずなんだ」

最後にそう締めくくると、シショは右手をあごに添え、少し目を伏せた。


「博士は、そのカエラゥス・シンセシスがなぜ起こるのか、その理由をお知りになりたいのですね?」

「ああ、そうだ」

「その現象に関連があると思われる資料に心当たりがあります。⋯ご覧になりますか?」


そんなものが⋯?


博士はソファから立ち上がった。そんな物があるならぜひ見てみたい。

たとえ、それがシショの勘違いであったとしても、もしかしたら何らかのブレークスルーのヒントくらいにはなるかもしれないからだ。


「それでは少々お時間をくださいませ。なにせもう10年ほど起動させていないデバイスでございますので⋯」


シショは一礼して背後の扉の向こうに消えていった。

果たして30分ほどのち、彼女が戻ってきた。


「博士、それでは参りましょう。昇降機を使います。」


シショが博士を昇降機と呼ばれる個室に案内する。これはかなり原始的な仕掛けだが、要は機械的な仕掛けでフロアを行き来する装置である。個室に出入りする扉の左手にフロアの案内が文字で記載されていた。


「8階になります」

シショが右手のコンソールを操作すると、奇妙な浮遊感がある。どうやら個室自体が上昇しているようだった。


フロア案内を見ると、8階を示す箇所には『映像資料室』と書かれていた。

チン、と軽い音がして、個室の動きが止まる。扉が開くとそこは漆黒の闇だった。


「博士、こちらで少々お待ちください」


いつの間にかいま出てきたばかりの個室は消えていた。どうやら床下に機械的に収納されたようである。真っ暗な中、どうやって移動しているのかシショは迷わずに正面方向に歩き始め、やがてその姿は見えなくなった。


しばらくすると、闇の中から彼女の声が聞こえてきた。

「それでは始めます。眩しいかもしれませんのでご注意ください」


言い終わるか終わらないかのうちに、周囲に光が溢れた。

たしかに眩しい。博士は思わず目を閉じてしまった。そして、ゆっくりと目を開く。


「こ⋯これは⋯」


全面に映像が投影されていた。どうやらこの部屋は360度に映像装置を配し、視聴する人間を擬似的に映像内に取り込むような⋯そんな意図を持って作られたもののようだった。視覚情報のみの刺激なので、現在広く使われている脳神経へのリンクを用いた仮想現実生成装置と、そのリアリティは比べ物がないが⋯ないのだが⋯。


博士が驚いたのはその映像コンテンツだった。


色彩が、溢れていた。


どこかの丘陵地帯なのだろうが、大地は丈の低い植物で覆われており、一枚一枚色合いの違う【ウィリディス】が延々とどこまでも続いていた。そして、その上には⋯


「なんて⋯ことだ⋯カエラゥス⋯なんと、鮮やかな」


空は一面になんとも鮮やかな【カエラゥス】一色だった。どこまでも抜けるように広がる美しい空に、時折小さな動物が羽ばたいて飛んでいるのが見えた。


胸の奥から湧き上がるほどのこの郷愁の思いは何だ。

この心が震えるほどの、焦がれるような熱さは、いったい⋯。


「『青』ですわ」


いつの間にか後ろにいたシショが言った。


「『青』?」

「この空の色は、下代⋯22世紀頃まで、この地では『青』と呼ばれていました、『空色』とも」

「これ⋯『青』⋯『空色』⋯まさか⋯!」

「そうです。私達を取り巻く『外』の本当の姿⋯かつて空は青かったんです」


博士の瞳になぜか涙が溢れてきた。

全てが、つながった気がした。


しゅーん⋯と小さな唸りに似た音を立て、周囲が再び暗闇に包まれた。


「時間にして、3分38秒⋯これが、世界に残された最後の『空』の映像記録です」


そうか⋯そうなんだ⋯

ああ!そうか!!


「意味が⋯あったんだ」


そう、意味があった。

人は、誰に教わらなくても、たとえ文明全体がそれを忘れていても、その身に、その細胞のひとつひとつに、この景色を刻んでいた⋯。


「だから⋯なのか」

「そうですね。私は博士のように心理学の専門ではありませんが、背景を【カエラゥス】⋯青に塗ると聞いて、この映像を思い出しました。」


お役に立ちましたか?

そう笑ったシショに、博士はもちろんだと言った。


博士はその足で研究室に取って返すと、あっという間に論文を書き上げた。


そのタイトルは『青色の記憶〜児童の発達過程におけるカエラゥス・シンセシスの発生機序に関する一仮説』


その論文の中には、”図書館”の映像資料室についても触れられていた。


論文は瞬く間に話題となった。それは、残念ながらその学術的な価値ゆえではなかった。


――古い空の色についての記憶が、すべての人の遺伝子に刻まれている。


それが話題になったのだ。


連日、最後の空を見るために、”図書館”に人が押し寄せるようになる。

そして、それがきっかけになって、『外』の環境浄化への人々の関心が大きく高まることになった。


この未来の人が、空の色を取り戻すことができるのか。

それはまた、別のお話である。


☆☆☆


物語の終了とともに、シュン、とボクを取り巻く映像が唐突に途切れた。そして、一面がもとの乳白色の光で満たされる。


映像は途中まで⋯博士が『映像資料室』に入るまでは白黒だった。

なので、彼らが言っていた【カエラゥス】や【リヴィダス】というのが何色なのか分からなかった。それが、博士が最後の空の映像に取り巻かれるシーンで一気に色彩を取り戻したのだ。


アトラクションの演出の妙だ。

ボクもまた、博士と一緒に色彩あふれる世界に包まれ、圧倒された。


「いかがでしたか?」


ツクミに尋ねられて、『うん、すごかった⋯なんかちょっと感動した』とボクは率直に感想を述べた。


遠い未来、空の色が『青』でなくなる日が来るのかな。

そんなふうにも思った。


「若干、叙述トリック的なところがありますけれども、このアトラクションは私も好きなもののひとつなんです」

ツクミがにこりと笑う。


彼女が特定のアトラクションを好きだと言うのは初めてな気がしたので、ちょっとびっくりした。


だって、とても美しいですから。


そう続けたのだが、その美しさが『空』についてなのか、別の何かについての言葉だったのか、ボクは確かめそびれてしまった。


「さあ、次のアトラクションに参りましょう。こちらへ⋯」


すぐに彼女はもとの調子に戻る。

ボクは、また彼女に促されて、彼女の示す扉をくぐっていった。

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