第6話 声
外から足音が遠ざかっても、広間に残った村人たちはしばらく動かず、仁の顔ではなく、その口元を避けるように視線を伏せていたが、やがて白い布を巻いた女が立ち上がると、戸口へ近づいて隙間から外をうかがい、そこに何もいないことを確かめてから、背中を戸板へ押しつけるようにして座り込んだ。
「何が起きたんですか」
仁が尋ねると、近くにいた男が息を呑み、老婆は耳を塞ぎ、女もすぐには答えなかった。
その反応を見て、仁は自分の声に何か異常が生じたのではないかと喉へ手を当てたが、聞こえてきたのは普段と変わらない声であり、掠れ方にも高さにも違いはなかったため、むしろ村人たちが何を恐れているのか分からないことの方が不気味だった。
「私は返事をしなかった。あなたたちの言うとおりにしなかったのは悪かったと思いますが、それでも、外のものには何も渡していません」
仁がそう言うと、白い布を巻いた女はようやく顔を上げた。
「返さなかったから、渡ったんだ」
仁には意味が分からなかった。
「自分で返事をすれば、声は身体の中に残る。けれど、呼ばれても黙っていれば、外にいるものがその声を拾い、お前の代わりに返す」
白い布を巻いた女は戸の向こうを気にしながら、聞かせること自体を恐れているような小声で続けた。
「さっき返事をしたのは、お前じゃない。だが、あれが使った声は、もうお前だけのものではない」
仁は、戸の外から聞こえた「はい」という一音を思い出した。
自分が返事をしなかったから助かったのではなく、返さなかったために、外にいるものが仁の声を使い、代わりに返事をしたのだと理解した瞬間、喉の奥に残っていたはずの声が、自分の身体から細い糸のように伸び、戸の隙間を通って山の中へ続いているような感覚に襲われた。
「では、あれは私の声を真似ただけでしょう」
仁はそう言いながら、自分の声を確かめるようにゆっくりと話した。
白い布を巻いた女は首を横へ振った。
「真似るだけなら、誰もお前を怖がらない」
それ以上の説明を求めても、白い布を巻いた女は答えず、村人たちも仁から距離を取ったまま、相談するように互いの顔を見合わせていたが、やがて男たちが広間の隅から古い机を運び、窓の下へ寄せ始めると、別の者たちは外へ通じる戸を確かめ、仁をこの建物から出さないための支度を始めた。
「ここから出してください」
仁が立ち上がると、村人たちは一斉に後ずさった。
「車へ戻るだけです。道が分からなくても、来た方向へ戻ればいい」
誰も答えなかったが、その沈黙には仁を引き留めようとする親切も、閉じ込めようとする敵意もなく、すでに外へ出してよい人間なのかどうか判断できなくなった者たちの恐怖だけがあった。
白い布を巻いた女は古い帳面から一枚の紙を破り、短い言葉を書いて仁の前へ置いた。
朝まで声を出すな。
「なぜですか」
女は鉛筆を握ったまま、しばらく仁の口元を見ていた。
「もう聞かせるな」
それが誰に向けた言葉なのか、仁には尋ねることができなかった。
村人たちは一人ずつ公民館を出ていったが、誰も仁のそばを通ろうとはせず、壁に沿って大きく迂回し、最後の女が戸口をくぐると、外側から太い棒を渡し、さらに机か棚のような重いものを押しつけた。
仁は戸を叩きかけたものの、紙に書かれた言葉を思い出して手を止めた。
やがて足音が遠ざかり、公民館の中には仁一人が残された。
窓の外には白い霧が満ちており、家々の気配も、人が暮らす音も消えていたが、しばらくすると集落の奥から、仁がその日何度も口にした言葉が、よく通る自分自身の声で聞こえてきた。
「佐久間仁です」
少し間を置き、別の家の前へ移ったらしい場所から、同じ声が続いた。
「一人です」
それは声を真似ているのではなく、仁の言葉を一つずつ確かめ、自分のものとして覚えているように聞こえた。




