第2話 異常
林道へ入ってから二十分ほど進んだ頃、仁は道端に立つ赤い標識杭へ気づいた。
工事区間や測量地点を示すために設置される、膝ほどの高さの木杭で、上部には白い塗料で「13」と書かれていた。塗装はかなり剝げていたものの数字は読めたため、仁は図面に記載された管理番号だろうと考え、現在地を確かめる目印として手帳へ書き留めた。
数百メートル先には「14」があり、その次には「15」があった。
番号の間隔は一定ではなかったが、地形の変化や施工箇所に合わせて杭を打つことは珍しくなく、仁は気に留めず車を進めた。調査地点は近いはずだったが、カーナビは林道へ入って間もなく現在地を見失い、画面の中では車の印だけが地図のない灰色の場所を動いていた。
次のカーブを曲がると、「16」と書かれた杭が立っていた。
仁は速度を落とし、写真を一枚撮った。
そこから道は緩やかな下りとなり、左手に沢が近づいた。杉林の隙間から白い水面が見え始めた頃、路肩にもう一本、同じ「16」の杭が現れた。
最初の杭を見間違えたのかと思った。
現場では古い杭を撤去せず、新しい位置へ同じ番号を振り直すこともある。しかし、二本目の杭は最初のものと同じ程度に風化しており、文字の剝げ方までよく似ていた。
仁は車を停め、歩いて杭を確かめた。
表には「16」、裏には何も書かれていない。杭の根元には苔が付着し、少なくとも最近打ち直されたものではなかったが、周辺には測量点を示す鋲も、工事の痕跡も見当たらなかった。
妙には思ったものの、番号の重複だけなら管理上の誤りで説明できる。仁は手帳に二本目の位置を書き込み、車へ戻った。
さらに進むと、三本目の「16」があった。
その先にも、また「16」が立っていた。
どの杭も道の左側にあり、同じ高さで切り揃えられ、同じ白い塗料で数字が記されている。距離は百メートルほど離れていることもあれば、カーブを一つ挟んだだけのこともあったが、十七番へ変わることはなく、仁が数えるのをやめたあとも、「16」は林道の奥へ続いていた。
単純な施工ミスではない。
一本や二本ならともかく、これほどの数を同じ番号で管理することは考えられず、仮に過去の工事で使われた仮杭だとしても、撤去も訂正もされないまま何年も残される理由がなかった。
仁は引き返すことを考えた。
しかし、車を停めて図面を広げると、調査地点までは残り一キロほどしかなく、ここまで来て何も確認せず戻れば、翌日には別の者が同じ道へ入ることになる。道幅も辛うじて車を返せる程度しかなく、少し先に広い場所があるなら、そこで方向を変えた方が安全だとも思った。
仁は自分を納得させるように車を走らせた。
五本目か六本目の「16」を過ぎた頃から、林の中に白い霧が漂い始めた。雨上がりの山では珍しくない薄霧だったが、沢から立ち上ったものとは思えないほど低く、道の表面を這うように流れ、タイヤの周囲から少しずつ濃くなっていった。
その霧の中に、三体の石像が並んでいた。
高さは子供の膝ほどしかなく、杉の根元に肩を寄せるように置かれている。長いあいだ雨風にさらされて顔立ちは崩れていたが、どの像にも大きく横へ裂けたような口が彫られ、その口元だけが笑っているように見えた。
仁は宗教や石仏に詳しくなかった。
風化した像の顔が不自然に見えることはあるし、古い信仰の形が現代の感覚では不気味に映ることもあるのだろうと考え、車から降りることはしなかった。
ただ、三体の足元に立つ杭だけは、見間違えようがなかった。
そこにも、白い文字で「16」と書かれていた。
仁が車を進めると、三体の石像はゆっくりと後方へ流れ、やがて濃くなった霧の中へ消えた。
バックミラーを一度だけ確認したが、そこに石像は映っていなかった。
代わりに、林道の中央へ、いつから立っていたのか分からない人影が見えた。




