第90話 We Finish Together
「変わってねぇって言われてもな」
奏の言葉に蒼真は頭をかきながら呟いた。
「悠真と蒼志が仕事で潰れないように、楽しみを配置しただけであって…」
蒼真もダンボールの中身をゴソゴソと確認し始めた。
「いや、全然楽しくないよ。むしろ俺のイライラの半分以上それだからね?」
リビングから悠真が声を掛けてきた。
蒼真と蓮からすると仕事の合間の楽しみを置いたつもりが逆効果だったらしい。
ダンボールからは総統室の机の引き出しに仕込んだカエルのおもちゃや飛び出す箱等が蒼真と蓮、それぞれのダンボールから出てきた。
「もう、カエルって…俺の時もそれしたっすよね」
「奏さんもされてたの!?」
「俺なんて、生きてる本物だぞ」
「ハァ?!」
奏の言葉に悠真が椅子から立ち上がり声をあげた。
昔からうちの父親はそんな事をしていたのかと、絶望した表情をしている。
「奏のカエル……訓練生時代か?よくそんなの覚えてんな」
「誕生日のやつか」
「いや、忘れられない誕生日になりましたよ?」
────45年前。
「蓮、奏の誕生日、今日らしいぞ」
「へぇーあのチビ16歳かよ」
「プレゼントくれてやろう」
「それはサプライズしないとな」
18歳の秋、なんでか分からないけれど一緒に行動を共にする奏の誕生日。
祝ってやらない訳にはいかない。と蒼真と蓮は立ち上がった。
そして………。
「奏ー!」
訓練終わりの夕暮れの訓練場から蒼真と蓮に呼ばれた奏はいつも通り2人の元へ走ってやってきた。
「どうしたんすかー?」
近寄り2人を見ると、なんだかにこやかな顔をしながら箱を蒼真が差し出した。
「誕プレ」
「誕生日なんだろ?」
「マジですか!?ありがとうございます!」
大好きな2人の先輩からの誕生日プレゼント。
嬉しくない訳がなかった。
だから、2人のにこやかな顔が、優しくて頼もしい先輩にしか見えなかった。
少しは警戒するべきだった。
2人からのプレゼントに嬉しさで奏はすぐに箱を開けた。
ラッピングまでされていて、いつの間に買いに行ったのか不思議だったが気にも止めなかった。
が、それは間違いだった。
「ん?」
開けた箱の中には、カエルが1匹。
ーケロッ。と鳴いた。
そして────。
ピョンッと飛び跳ね、奏の顔面に着地した。
「うわぁぁぁぁ!!」
「綺麗にいったな」
「成功だな」
奏の悲鳴とは逆に蒼真と蓮は腹を抱えて爆笑していた。
なんとかカエルを取ると、奏は2人を睨みつけた。
「酷いっす!誕生日プレゼントがこれって……!」
奏が抗議しようとした時だった。
蓮がガサッと袋を後ろのベンチから持ち上げ、差し出した。
「こっちが本物」
「……コロッケパン…」
袋を受け取り確認すると、大量のコロッケパンが入っていた。
コロッケパンは奏の大好物で毎日のように食べているものだった。
「奏、好きだろ?」
「沢山食って大きくなれよ?」
蒼真と蓮は自分の大好物を見てくれていたのが分かり、カエルを贈られた事の怒りなど奏から吹き飛んだ。
奏は少し俯いた後、満面の笑顔を2人に向けた。
「ありがとうございます!全部、食べます!」
その返事に蒼真と蓮は顔を見合わせ笑った。
────────────
「でも、コロッケパン20個は多かったです」
「10個ずつ買ったから」
「貧乏訓練生にはコロッケパンが精一杯」
昔を思い出し、3人は笑った。
悠真はリビングで頭を抱えていた。
俺の憧れていた組織のトップ達はやっぱりアホなのだと再確認した瞬間だった。
「父さんと蓮さん、そんな事ばっかりしてたの?」
「もっと色々あるぞ」
悠真の言葉に奏が聞くか?と問い掛けると、悠真は少し気まずそうに断り、仕事へ行く準備を始めた。
「そういえば…朝から2人は庭で何してたんですか?ってか蓮さん、来るの早くないですか?」
「俺、昨日は泊まったからな」
「ちなみに暇すぎて鳥の巣箱作りしてた」
「……いや、暇すぎっすよ、それは」
奏は少し呆れたように笑った。
それでも、この2人が引退後に穏やかに過ごせているのが知れたのは嬉しかった。
そして、何より2人が仕事がなくなっても、こうして一緒にいれて良かったと思う。
「そういや、奏と初めて会った日も、なーんか暇してたな俺」
ぽつりと蒼真が呟いた。
「暇だったから、喧嘩受けてくれたんですか?」
「……それもあるのかもしれない」
────────────
「あんたが神代蒼真?」
「あ?」
訓練所の昼休み。
蓮と昼寝でもしようと、中庭に寝そべっていた時だ。
茶髪のチビが蓮に声を掛けてきた。
「神代蒼真はそっち」
なんだコイツ。と思いながら、蓮は隣でうとうとしている蒼真を指さした。
奏は何も言わずに蒼真をジロっと睨みつける。
「あんた、ケンカ強いらしいじゃん?勝負してよ」
「蓮、コイツ誰?」
「1年じゃね?チビだし」
「確かにチビだな」
「チビじゃねぇよ!170以上、身長あるわ!」
「俺からしたらチビなんだが」
威勢のいい奴がいたのが面白かったのか、チビと呼ばれて怒っているのが面白かったのか、蒼真は立ち上がると奏を見下ろした。
「俺、185あるから、やっぱりチビじゃん。で?喧嘩したいの、俺と」
完璧に見下ろされながら、バカにされている気がして奏はそのまま、蒼真に殴りかかった。
いつも通りなら、そのまま相手にヒットして終わりだ。
奏はこれまで喧嘩負け無しだった。
だから、みんなが強い。と言う蒼真にも普通に勝てるだろうと思っていた。
しかし────。
蒼真は簡単に奏の拳を避ける。
最小限の動きで、ポケットに手を入れたまま。
「蓮、スマホ割れたら嫌だから持っててー」
「いや、やんのかよ。お前のスマホ持ちたくない。地面に置いとけよ」
「ケチ」
蓮とくだらないやり取りをしてる時。
奏が隙をついてまた殴り掛かる。
しかし、簡単に避けられ繰り出した蹴りもあしらわれる。
これだけ攻撃しているのに、蒼真はやり返しても来ない。
────なんだ、この人。
殴られて、やり返して来ない相手は居なかった。
だから、そのうち殴り返して来るだろうと奏は拳を振るった。
「蒼真ー昼休み終わるぞ」
「うわっ、寝れなかった…」
こっちは必死なのに軽口で話しているのが気にいらなかった。
息も上がって奏は限界なのに、飄々と話している蒼真。
一撃でも当ててやる。と奏が大きく振りかぶった瞬間だった。
蒼真が奏との間合いを詰め、腕と胸元を掴み、そのまま背負い投げする。
「え……」
「よし、俺の勝ちだ。終わり」
────こんな事、初めてだ。
殴り掛かられてるのに怒りもしない。
殴り返してもこなかった。
この人は他の人と違う。
器がデカい。
そのまま立ち去ろうとする蒼真と蓮の背中を、奏は立ち上がり少し見つめた後、追い掛けた。
「あの!」
「何?元気だな、本当にお前」
「俺、朝倉奏です!」
「声デケぇな、おい」
「蒼真さんに、惚れました!!」
「………ぇ、キモいんだけど」
「告白されて良かったな、蒼真」
「良かねぇよ」
春の日差しの中、蒼真と蓮と奏が3人で歩く姿はこの時から始まった。
そして、後日たまたま合同訓練で蓮と組み手を組む事になった奏。
見事に蓮にも惨敗した。
床に突っ伏す奏に蓮が『根性あるな、奏』と声を掛け手を差し伸べてくれた。
その手を掴み起き上がった奏はこう言った。
「蓮さん、惚れました」
蓮はものすごく嫌そうな顔をしていた。
それでも、奏は笑った。
蒼真は『奏はホモだ!』と遠くで笑っていた。
────────
「そういえば、蒼真さん、なんで殴り返してこなかったんです?」
「んー……昔からさ、私怨で拳を振るな、って親父に言われてたんだよ」
「天音さんに…」
「いつだっけかな…小学生とかガキの頃に友達と喧嘩したんだよ、で…相手に怪我させちまったんだよ、俺。親父にあの時だけは滅茶苦茶、怒られて…”憎しみで振るう拳からは何も生まれない。私怨で拳を振るうな。守るために振るえ”って、言われた」
「いや、俺には私怨で振るってたろ」
蒼真の言葉に蓮は即座に突っ込むと、蒼真は少し笑って答えた。
「蓮も私怨だったろ」
「まぁな」
「で、訓練所で蓮と喧嘩しすぎて怒られて、組み手の組み合わせは毎回一緒にしてやるから、ただの殴り合いはするなって橘さんに言われたな」
「あーそうだったな」
私怨で振るう拳ほど意味のないものはない。
教えを蒼真はずっと守り続けて来たのだと奏は初めて知った。
「え、でもなんで喧嘩受けてくれたんすか」
「喧嘩のつもりなかったし、チビって言ったらお前なんかキレてて面白かっただけ。そしたら惚れたって言い出すし、後ろついてきてうるせぇし…めんどくさかった」
———だけど、嫌じゃなかった。
奏は初めて自分を慕ってくれた後輩だった。
蓮の事も慕い、どんな時も俺達の後ろを走ってくれた。
そして……絶対に諦めない奴だった。
あれは奏の期末の実地試験だった。
先輩後輩でパートナーを組み、黎明北支部裏山から錬成場までを駆け抜ける山間訓練。
先輩は後輩をゴールへ導くこと、後輩は指示内容を理解出来るかを見られる試験だった。
俺と奏がたまたまペアとなった。
順調に山の中の課題をクリアしていき、山間部を抜ける直前だった。
ぬかるみに足を取られた奏が滑落しかけた。
奏の後ろにいた俺は咄嗟に奏を庇った。
そして、数メートルほど滑落し、足を負傷した。
近くにいた他のペアは「神代だから大丈夫だよなー」と助けようとしなかった。
自力でなんとかするだろうと思うのも当然だ。
だけど、奏は数メートルの崖を下ってきた。
『奏、何してんだゴールに走れ。お前はゴールしないと失格になる。俺はここで待ってるから』
『怪我した人を置いていける訳ないでしょ!蒼真さん…一緒にゴールしてくれないなら、俺は失格でいいです』
『……諦めんの?』
『諦めません。蒼真さん、肩に掴まってください、お願いです、一緒にゴールしますよ』
奏の目は強かった。
何を言われても一緒にゴールするようにと頼まれた。
他の誰も俺の心配なんてせずに走っていったのに。
奏は諦めなかった。
15センチもある身長差、痛みでまともに歩けない俺の肩を奏は支えて歩き出してくれた。
別地点からスタートし、すでにゴールしていた蓮は俺と奏の姿が見えないことをずっと心配していたらしい。
奏が俺を支え、足を引きずっているのにすぐに気が付き、蓮は橘教官の許可を得て、支えに走ってきた。
『戻ってこねぇと思ったら…』
『落っこちた』
『アホ』
あれからだ。
奏に頼まれたら、断れなくなったのは。
そんなことを思い出しながら蒼真はダンボールの中から1冊の本を見つけた。
その本だけを持ち、立ち上がると他の私物は奏にくれると告げ、リビングのソファに横になった。
「いや、これもらっても…」
「俺のもやる」
「蓮さんまで!」
蓮も奏に私物を押し付けると巣箱作りを再開した。
こうなっては奏は断れなかった。
引退した2人はあまりにも自由過ぎる…と奏は溜息を突きながらダンボールを車へと戻し、準備の終わった悠真を乗せて本部へと向かっていった。
「蒼真、その本なんだ」
表紙にはブックカバーが付けられ、何の本なのか分からない。
蒼真はサイドテーブルに置いたその本に少し視線を向けて呟いた。
「……お気に入りの英文小説」
「へぇ……」
———チリン……。
穏やかな夏の朝の風が風鈴を鳴らした。
穏やかないつもの朝だった。
だけど———。
いつもより、ほんの少しだけ息苦しい。
いつもより身体が重たく感じる。
きっと、夏の暑さの疲れだろう。
最近、また不整脈の発作も軽いものが増えているし、そのせいで疲れているだけだ。
早起きして、たくさん喋った。
少し寝て起きれば、またいつも通りだ。
変わらない日常を穏やかに過ごせる日々。
昔を思い出して笑い合う日々。
それでいい。
それ以上の特別なんて何も求めていない。




