第87話 What We Wished for You
国家災害統括特殊救助機関・暁の初代総統就任式から数時間後。
悠真と蒼志は蓮に「来い」とだけ言われ、車に放り込まれた。
既に助手席には蒼真が座っており「遅せぇ」といつも通りの反応だった。
そして、辿り着いたのは個室の焼肉屋。
個室の席には麗華が待っていた。
「悠真、その肉まだ焼けてねぇぞ」
「え?」
「赤い」
「マジだ」
慌ててトングで肉をひっくり返す悠真を見て蒼志がため息を吐く。
「総統が食中毒で搬送とかやめろよ」
「初代総統就任当日に入院とか歴史に残るだろ」
「残さなくていい」
即座に返した蒼志に悠真が笑った。
そんな二人を見ながら蓮はビールを片手に小さく笑う。
「お前ら、本当に今日就任したんだよな?」
「したよ?」
「したな」
「全然見えねぇ」
「俺もそう思う」
蒼真が即答した。
「父さんまで!?」
「だってお前らアホだろ」
「父さんにだけは言われたくねぇ」
即座に返された言葉に麗華が吹き出した。
「確かにね」
「麗華まで!?」
5人の座る個室に笑い声が広がる。
就任式の厳かな空気など、もうどこにも残っていない。
蒼真は椅子に腰掛けながら焼き上がった肉を2枚取り、悠真と蒼志の皿へ移した。
「まぁいいや。今日はお前らの就任祝いだからな」
悠真と蒼志が同時に顔を上げた。
「え?」
「退任祝いじゃなくて?」
「なんで俺の祝いなんだよ」
蒼真は不思議そうな顔をして、当たり前のように言う。
「俺は辞めただけだ。今日から大変なのはお前らだろ」
一瞬だけ静かになる個室内。
「……それもそうか」
悠真は苦笑いしながら取り分けてもらった肉を頬張った。
その様子を見ながら蓮はグラスのビールを飲み干すと、悠真と蒼志のグラスへ瓶ビールの残りを注いだ。
「蒼真らしいな」
「何がだ」
「俺とお前の退任祝いより息子達の就任祝い」
「だってそっちの方が面白いだろ」
「意味が分からん」
「俺も蓮も祝い事は苦手だろぉが」
「確かにな」
呆れたように返しながらも蓮は笑っていた。
夜は更けていく。
怪物達の時代が終わり、新しい時代が始まったその日、神代家の両親と息子達は何も変わっていなかった。
悠真が蓮の注いでくれたビールを飲み干し、肉を焼きながらふと顔をあげた。
「そういや、昔から気になってたんだけどさ」
「ん?」
蒼真は肉を咀嚼しながら返事をした。
「俺と蒼志の名前って誰が付けたの?」
一瞬だけ食卓が静かになり、麗華が小さく笑った。
「あら、今更?」
「だって聞いた事なかったし」
「確かになかった」
蒼志も頷く。
神代家では意外とそういう話をしてこなかった。
麗華は蒼真へ視線を向けた。
「説明する?」
「面倒くさいから、麗華お願い」
蒼真の返事に麗華は笑った。
「ほら、そういう所よ」
「何が」
「父親らしくない所」
「父親出来てるって言ってたじゃん」
「はいはい、そうだね」
夫婦のやり取りに全員が吹き出した。
蒼真は不満そうな顔をしながら肉を頬張ると麗華が蒼志を見つめた。
「2人とも蒼真が付けたのよ」
「父さんが…」
蒼志が目を瞬かせる。
「そう」
「へぇ……」
意外そうな顔をする蒼志と悠真に麗華は懐かしそうに笑った。
「生まれる前から決まってたのよね」
「まぁな」
蒼真はあっさり頷いた。
「なんで蒼志?」
蒼志は蒼真へ問い掛けた。
その問い掛けに蒼真は箸を置き、少しだけ考えると短く答えた。
「人との絆や目標を大切に出来る人」
蒼志は目を丸くしている。
もっと適当な理由だと思っていたのかもしれない。
「へぇ……」
「あと字面」
「台無しだよ」
悠真が即座にツッコミを入れると全員が笑った。
「だって大事だろ、画数とか」
「父さんらしいな」
「コイツ、リハビリ期間中だったから俺に名付け辞典を買ってこい。って言ってきたんだぞ」
蓮のひと言に蒼志が苦笑する。
蒼真は悪びれもせず肉を食べ、息子達の分を焼き始めた。
麗華は今度は悠真へ視線を向けた。
「悠真は私も考えたわね」
「母さん?」
「えぇ」
悠真は少し驚いた顔をした。
「悠にはね、穏やかとか、遥か先とか、そういう意味があるの」
麗華の声は優しかった。
「それで蒼真がね、まっすぐ純粋に育って欲しいって」
悠真は黙って聞いていた。
「それで、悠真?」
悠真の問いに麗華は少しだけ笑って答えた。
「そう」
今度は悠真が驚く。
蒼真は面倒そうに頭を掻いていた。
「なんで覚えてるの、麗華」
「忘れる訳ないでしょ」
麗華は呆れながら笑った。
「蒼真が言ったのよ」
その時の事を思い出すように目を細める。
『真っ直ぐな奴になればいい』
珍しく、本当に珍しく蒼真らしい言葉だった。
「……へぇ」
悠真が少しだけ照れくさそうに小さく呟いた。
蒼真は居心地が悪そうに視線を逸らしていた。
「2人ともそのまんまだな」
肉を食べながら蓮が口を開いた。
「親の思いちゃんと受け取ってんじゃねぇか。まぁ、悠真はまっすぐ過ぎるけどな」
「こんなにまっすぐになると思わねぇだろ」
「確かにね」
麗華のひと言に悠真以外が笑った。
「まぁ、食えよ」
肉を焼きながら蒼真が少し微笑んでいた。
「父さん、食べてないじゃん。俺焼くよ」
「お前は焦がす。お前の祝いなんだから焼かせろ」
トングを悠真が奪おうとするが、蒼真は譲らなかった。
確かに就任祝いと言ったが、それだけじゃない。
どうしても、食べる事が疲れる。
食べたくない訳じゃない。
息子達の門出の日に、一緒にたくさん食べたかった。
けど、それを身体が許してくれない。
ならせめて、息子達にたくさん食べさせてやりたい。
そんな不器用なただの父親の蒼真だった。
悠真が追加の肉を網に並べた瞬間、トングは蒼真に取り上げられた。
「だから焦がすって」
「まだ焦がしてねぇだろ」
「焦がす顔してる」
「どんな顔だよ」
悠真が不満そうに言うと、蒼真は小さく笑いながら肉をひっくり返した。
昔なら、自分が一番食べていた。
第一の連中と食事に行けば、誰よりも早く肉を無くしていた。
だが今は違う。
食べる量も減った。
食事そのものが疲れる日もある。
それでも不思議と寂しくはなかった。
代わりに、目の前で肉を頬張る息子達を見ている方が楽しい。
「父さん、本当に食わないな」
蒼志が苦笑しながら肉を食べていた。
「もう食った」
「三枚だけじゃん」
「十分だ」
「少な」
悠真が呆れたように笑うと蒼真は肩を竦めた。
「お前らが食えばいい」
「そういう問題じゃないんだけど」
「祝いなんだから主役が食え」
「父さんも主役だろ」
「俺は主役じゃない」
そう言って肉を皿へ移す。
悠真の皿、蒼志の皿へと続く自然な動作だった。
気付けばそんな事ばかりしている。
「父さん」
「ん?」
「本当に変わったよな」
悠真の言葉に蒼真が首を傾げる。
「何が」
「昔なら絶対自分で食ってた」
「失礼だな」
「食ってただろ」
「食ってたな」
蒼真の隣で蓮が即答した。
「お前まで言うか」
「事実だ」
麗華が小さく笑い、賑やかな声が店内に溶けていく。
蒼真はふと四人を見渡した。
麗華。
蓮。
蒼志。
悠真。
大切な人達ばかりだ。
総統室ではない、会議室でもなく災害現場でもない。
ただの焼肉屋での、ただの家族の食事。
それなのに今まで手に入れたどんな景色よりも穏やかで幸せに感じる。
「父さん?」
悠真に呼ばれ、蒼真は我に返る。
「なんだ」
「肉」
「おう」
少し焦げそうになった肉を慌てて裏返す蒼真の様子を見て全員が笑った。
「父さん」
「なんだよ」
「焦がしてる」
「うるせぇ、灰まみれ」
「まだ言うのか!」
店内に笑い声が響く。
蒼真も笑った。
肩の力を抜いて笑ったのは、いつぶりだっただろうか。




