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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第7章 その背中の先へ

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第85話 The Zero Line

先頭を進む医療班員がガス検知器を確認すると声をあげた。


「班長! ガス濃度、さらに上昇!」

「止まるな!」

蒼志は悠真の身体を支えながら、来た道を急いだ。

だが、数十メートル進んだところで、先頭の隊員が足を止める。


「待ってください!」

「どうした!」

「前方の濃度が異常です! このまま進めば、マスクの供給限界を超えます!」

激しい警告音が、灰色の道へ響き渡る。

風向きが変わっていた。

先ほどまで通れた道へ、山頂方向から濃い火山ガスが流れ込んでいる。

「別の道は」

「ありません! 旧展望道へ入る道はここだけです!」

蒼志は周囲を見回した。


右側は急な斜面。

左側は火山灰に覆われた崖。

地図上に、ほかの退路はない。


律に判断を仰ごうと蒼志は通信機へと呼びかけた。

「現地対策本部、応答してください」

だが、返ってくるのは、激しい雑音だけだった。

「現地対策本部、こちら第一医療班!応答願います!」

『――ザッ……旧……聞こえ……』

「律さん!」

通信はすぐに途切れてしまった。

「駄目です。回線が安定しません」

隊員の報告に、蒼志は奥歯を噛み締める。

背後には、救助した3人と火山ガスの影響を受けた悠真、駿、謙。

ここで立ち止まっていられる時間はない。

だが、進む道を誤れば全員が死ぬ。

蒼志の耳元で、酸素が供給される音が響いている。

シュー……。

その音を聞いた瞬間、父親の顔が浮かんだ。

蒼真が何年も前から、この日のために用意してきたもの。


そして、もう一つ。

蒼志へ託されたものがある。


蒼志は胸ポケットにしまっていた端末を取り出した。

通常回線とは別に表示された、たった一つの接続先。

迷っている時間はなかった。


「第一医療班、ここで待機。全員の酸素残量を確認!」

「了解!」

蒼志は表示へ指を触れる。


《零回線、接続》


端末に、接続処理を示す光が走った数秒後。

雑音のない、低い声が耳に届いた。


『蒼志』

父親の声だった。

その瞬間、蒼志の中にあった焦りが僅かに消えた。

「父さん」

『状況』

「要救助者3名を保護。悠真、駿、謙とも合流しました。全員、生きてます」

本部で、蒼真が小さく息を吐く音が聞こえた。

『そうか』

それだけだった。

だが、その一言に安堵が滲んでいるのが分かった。


「風向きが変わりました。来た道へ高濃度のガスが流れ込んでいます。通常回線も不安定です」

『分かった。日向、悠真の生体反応デバイスの位置情報出せ』

通信の向こうで慌ただしく作業が進められているのが伝わってくる。

『悠真の生体反応出ました!』

日向の報告のあと数秒の沈黙が落ちた。


本部では蒼真が最新の観測データを確認する。

風向きから見ても、旧展望道をそのまま戻ることはできない。

「ほかの退路…」

隣で過去の地形図を開いていた蓮の手が止まった。

「蒼真。ここ、覚えてるか」

表示された古い管理道を見て、蒼真の目が細くなった。

「……あの山岳救助…白峰山だったのか」

「お前の装備まで背負わされた」

「あの要救助者、重かったんだよ。百キロくらいあった」

「あぁ……確かに横幅あったな。お前、よく背負えたな」

「20歳だったから」

交わされる言葉は軽いが、二人の目は一度も地図から離れる事はなかった。

蒼真は現在の地形図へ、古い管理道を重ねて確認する。

崩落していなければ、旧資材搬入路へ抜けられる道だ。

蒼真は零回線へ意識を戻した。


『蒼志、来た道へ戻るな』

「でも、ほかに道がありません」

『ある』

蒼志はその言葉に顔を上げた。

『そこから200メートル先、右側に古い擁壁がある。火山灰で見えなくなってるが、旧管理道へ下りる階段が残ってる』

蒼志は端末の地図を確認する。

「地図では行き止まりです」

『今の地図には載ってない』

「通れるんですか」

『昔、山岳救助で入ったことがある。旧展望道がまだ使われてた頃だ』

蒼志は僅かに目を見開いた。

父は白嶺町に行った事はないと言っていた。

しかし、来ていたのだ。

父と蓮の40年前の記憶が希望の光になった。


『滑落者を搬送するために、蓮と旧管理道を使った。観測施設の裏を通って、旧資材搬入路へ抜けられる』

「今も通れる保証は」

『ない』

蒼真は即座に答えた。

『だから先に二人出して確認しろ。通れるなら、要救助者を優先して下ろせ。駄目ならすぐ報告しろ。別の道を探す』


蒼志は灰色の道の先を見据えた。

父親は安全な本部にいるのではない。

今もここで、自分たちと一緒に戦ってくれている。


「了解」

『蒼志』

「はい」

『全員、帰してこい』

蒼志は悠真を支える腕へ力を込めた。

「帰します」

一度、言葉を切り、息を大きく吸う。

「俺も帰ります」

回線の向こうで、蒼真が僅かに笑った気がした。

『ああ。帰ってこい』

蒼志は零回線を繋いだまま、医療班へ振り返った。

「200メートル先、右側の旧管理階段へ向かう! 先行二名、経路を確認!」

「了解!」

再び全員が走り出す。

酸素マスクの残量は少しずつ減っていき、ガス検知器の警告音も鳴り止まない。

それでも、今度は進むべき場所が分かっていた。


「擁壁、確認!」

先行した隊員が、火山灰を掻き分ける。

その下から、錆びついた金属製の手すりが現れた。

「階段があります!」

「状態は!」

「一部損傷! ですが、通れます!」

「要救助者から下ろせ!」

医療班が3人の観光客を旧管理階段へ誘導し、駿と謙も続いた。

「悠真、行けるか」

蒼志が問いかけると、悠真は酸素マスク越しに頷いた。

「行ける」

「絶対に離れるなよ」

「そっちこそ」


二人が並んで階段へ足を掛けたそのとき。

地面の奥から、低い轟音が響いた。

全員の足元が大きく揺れた。


「伏せろ!」

蒼志は悠真を庇い、擁壁へ身を寄せた。

背後で山が唸り、灰色の噴煙の奥が、赤く染まった。

山腹に走った亀裂から、煮えたぎる赤い光が姿を現す。

噴き出したマグマが斜面を焼き、ゆっくりと流れ始めた。

悠真が息を呑む。

「……溶岩」

『蒼志、何があった』

零回線から蒼真の声が響く。

蒼志は山腹から視線を外し、階段の先を見る。

まだ、全員が脱出できたわけではない。

「山腹から溶岩を確認」

『位置は』

「旧展望道の北側。今すぐ俺たちへ到達する速度ではありません」

『分かった。止まるな』

「はい」

蒼志は悠真の腕を掴んだ。

「行くぞ」

「ああ」

兄弟は旧管理階段を駆け下りる。

最後の医療班員が階段へ入った直後、その姿を隠すように濃い噴煙が旧展望道を覆った。

全員を救助した。

だが、噴火はまだ終わっていない。


旧管理階段を下りるたび、錆びた金属が軋んだ。

一部は崩れ、火山灰に埋もれている。

先行する隊員たちが足場を確認しながら、要救助者を慎重に下ろしていく。

「担架、傾けるぞ!」

「頭側、支えます!」

「ゆっくり下ろせ!」

蒼志は悠真の腕を肩へ回したまま、最後尾を進んでいた。

背後では、山腹から流れ出した赤い溶岩が、灰色の景色をゆっくりと焼いている。

すぐに追いつく速度ではない。

だが、噴火が次の段階へ移ったことは明らかだった。

旧管理階段を下りきると、狭い資材搬入路が現れた。

長年使われていない道には草木が伸び、所々に落石もある。

それでも、火山ガスの濃度は確実に下がっていた。

ガス検知器の警告音が、一段階弱くなる。

「濃度低下!」

先頭の隊員が声を上げた。

「このまま旧資材搬入路を南下します!」

蒼志は端末の地図を確認する。

旧資材搬入路は、現地対策本部から約一キロ離れた県道へ繋がっていた。

「現地対策本部、聞こえますか」

通常回線へ切り替え、呼びかける。

一度、激しい雑音が入った。

『――蒼志?』

律の声だった。

「律さん、聞こえます」

『全員いるのか!』

「要救助者三名を保護。悠真、駿さん、謙さんとも合流しました。第一医療班を含め、全員生存です」

回線の向こうで、息を呑む音が聞こえた。

『……そうか』

「旧管理道から資材搬入路へ抜けました。県道側へ向かいます」

『迎えを出す』

「お願いします」

『悠真は』

蒼志は隣を見る。

悠真は高濃度酸素マスクを装着したまま、蒼志の肩を借りて歩いている。

「説教できる程度には元気です」

『分かった』

律の声が低くなる。

『生きて連れてこい』

「はい」

通信を終える。

悠真が蒼志を見る。

「律さん、怒ってた?」

「死ぬほど」

「……帰りたくなくなってきた」

「帰るんだよ」

「はい」

旧資材搬入路を進むと、前方から複数の車両が近づいてきた。

火山灰を巻き上げながら、第一特務隊の車両が停車する。

扉が開くより早く、律が飛び降りた。

「悠真!」

律は走ってくると、蒼志の肩へ掴まっていた悠真の胸元を掴んだ。

「お前っ……!」

怒鳴りつけようとした声が、途中で止まる。

高濃度酸素マスク。

火山灰に覆われた装備。

焦点の定まりきらない目。

その姿を見て、律は胸元を掴んだまま何も言えなくなった。

「……すみません」

悠真が先に謝る。

「謝るくらいなら、最初から命令を聞け」

「でも、三人とも保護できました」

「そういうところが蒼真さんと同じだって言ってんだよ!」

律の声が震えた。

悠真は僅かに目を伏せる。

「帰ってきたら、いくらでも怒られるって言ったよな」

「はい」

「覚悟しとけ」

「はい」

律は悠真の胸元から手を離した。

代わりに、その肩を一度だけ強く叩く。

「……よく帰ってきた」

悠真が顔を上げる。

「ただいま戻りました」

「あぁ」

律はすぐに観光客三人へ視線を移した。

「要救助者を搬送! 県道側の救護所へ運べ!」

「了解!」

救護班が、三人の観光客を車両へ乗せる。

駿と謙も別の車両へ誘導された。

「俺たちは大丈夫だ」

「検査を受けてから言ってください」

蒼志に言われ、駿が肩を竦める。

「兄弟揃ってうるせぇな」

「悠真を危険区域へ連れていった件については、後で話します」

「俺たちから付いていったんだよ」

謙が答える。

「それも含めてです」

蒼志の目が笑っていない。

駿と謙は顔を見合わせ、大人しく車両へ乗り込んだ。

その直後、再び地面が揺れた。

山腹から上がる噴煙が大きく膨らみ、その下で赤い溶岩が流れている。

律の端末へ、現地対策本部から緊急連絡が入った。

『白峰山北側斜面から溶岩流出を確認! 火山活動、さらに活発化しています!』

「速度と流下方向は!」

『現在解析中!』

律は周囲へ視線を走らせる。

危険区域内にいた住民と観光客の避難は完了している。

取り残されていた三人も、今ここへ戻った。

もう、この場所へ部隊を残す理由はない。

「危険区域内の全部隊へ撤退命令!」

『了解!』

「二次規制線を白嶺湖東側まで拡大! 現地対策本部も第二拠点への移動準備を開始しろ!」

『了解!』

隊員たちが一斉に動き始めると、蒼志は零回線を開いた。

「父さん」

『聞こえてる』

「旧管理道を抜けました。全員、県道側へ到着しています」

『要救助者は』

「3名とも生存。救護所へ搬送中です」

『悠真たちは』

蒼志は、車両へ乗せられようとしている悠真を見る。

本人はまだ自分で歩けると主張しているらしく、医療班員に両側から押さえられていた。

「全員、酸素投与中。意識はあります」

『そうか』

短い返事だったが、その直後に聞こえた深い呼吸を、蒼志は聞き逃さなかった。

「父さん」

『なんだ』


「全員、帰しました」


本部で、蒼真は目を閉じた。

長い間張り詰めていたものが、僅かに緩む。


『……了解』

それだけを答え、蒼真は再び目を開いた。

まだ噴火は続いている。

本部には、これから判断しなければならないことがいくつも残されていた。


『現地部隊を第二拠点まで下げろ。溶岩の流下方向が確定するまで、危険区域には誰も入れるな』

「了解」

『観光客3人の状態が安定したら報告を』

「はい」

『それと』

蒼真の声が僅かに低くなる。

『悠真を医療班から逃がすな』

蒼志は、車両から降りようとして医療班員に止められている弟を見た。

「その心配はありません」

『逃げようとしてるだろ』

「してます」

『拘束しろ』

「了解」

零回線を切った蒼志は、悠真のいる車両へ歩いていく。

「自分で歩けるって言ってるだろ!」

「駄目です!」

医療班員と揉めていた悠真が、近づいてくる兄に気づいた。

「蒼志、何とか言ってくれ」

「父さんから命令」

「何て?」

「拘束しろって」

「何で!?」

蒼志は車両へ乗り込むと、悠真の肩を押して座席へ戻した。

「いいから座ってろ」

「俺、現地統括責任者――」

「指揮権はまだ律さんにある。今のお前は患者だ」

「……はい」

車両の扉が閉まる。

周囲では、危険区域から撤退してきた隊員たちが次々と車両へ乗り込んでいた。

最後の車両が旧資材搬入路を離れる。

その背後で、白峰山は赤い溶岩を吐きながら、なおも噴煙を上げ続けていた。

それでも。

危険区域には、もう誰も残っていなかった。


それから数時間後。

白峰山北側から流れ出した溶岩は、幸いにも居住区域とは異なる方向へ進んでいた。

危険区域内の避難率は100パーセント。

旧展望道に取り残されていた観光客三人も、救護所で酸素投与を受け、容体は安定している。

火山ガスを吸入した悠真、駿、謙も、経過観察は必要だが本部への帰還が許可された。

現地対策本部は第二拠点へ移動。

各地から到着した後続部隊へ、避難所支援と警戒活動が引き継がれていく。

そして、火山灰の濃度が僅かに下がった短い時間。

マットブラックへ、帰還許可が下りた。


「全員、搭乗完了!」

隊員の報告を受け、蒼志は現地を振り返った。

白峰山は今も噴煙を上げ続けている。

災害は終わっていない。

これから長い復旧と復興が始まる。

だが、少なくとも。

この場所に、置いていく仲間はいなかった。

「蒼志」

声に振り返る。

悠真が、車椅子へ座らされていた。

「何で車椅子なんだよ」

「妥当だ」

「自分で歩ける」

「父さんから拘束命令が出てる」


むくれた顔をする悠真を見て蒼志は笑った。

そして、悠真の座る車椅子を押し、マットブラックへ向かう。

駿と謙はすでに機内の座席へ座り、酸素投与を受けていた。

「次期総統、連行されたな」

「親父からの命令らしいぞ」

二人の言葉に、悠真は顔を顰める。

「笑わないでください」

「お前が逃げようとするからだろ」

「蒼志、そのまま固定しとけ」

「そのつもり」

「蒼志までそっち側なの?」

「最初からこっち側だ」

悠真を座席へ座らせ、ベルトを締める。

蒼志が一度引いて確認した直後、マットブラックの扉が閉まった。


機体がゆっくりと浮上する。

窓の外で、灰色に覆われた町が遠ざかっていく。

悠真は、その景色を黙って見つめていた。

一人の住民も、観光客も残さず避難させた。

要救助者三人も生きている。

第一特務隊も、医療班も全員帰る。

それでも、悠真の表情は晴れなかった。


「これで終わりじゃない」

悠真が小さく呟く。

「あぁ」

蒼志は隣へ座った。

「でも、今日やるべきことは終わった」

「……そうだな」

「帰るぞ」

悠真は窓から兄へ視線を移した。

「あぁ。帰ろう」


マットブラックは白峰山を背に、本部へ向かった。

本部へ帰還したのは、日付が変わる少し前だった。

着陸したマットブラックを、地上の誘導灯が照らしている。

長時間の活動で、全員が疲れ切っていた。

防護装備を外し、格納庫脇で簡易除染を受ける。

だが、細かな火山灰は髪や衣服の繊維へ入り込み、完全には落としきれていなかった。

本来なら、先にシャワーを浴びて着替えるべきだった。

しかし、悠真と蒼志には、まず報告しなければならない相手がいた。

二人は駿、謙と共に、総統室へ向かった。


その頃、蒼真と蓮は総統室で国の首相との電話会談を終えたところだった。

復旧支援に投入する予算。

周辺自治体への国の支援。

今後、避難が長期化した場合の生活保障。

統括室のオペレーターには聞かせられない内容を話すため、二人は総統室へ戻っていた。

通信を終えた蒼真が、椅子の背へ身体を預ける。

鼻カテーテルから、一定量の酸素が流れていた。

「終わったか」

「あぁ。国も全面的に動く」

「なら、あとは復旧計画だな」

「息子たちが帰ってから考える」

蒼真が伸びをした時、総統室の扉がノックされた。


「入れ」

扉が開き、聞こえた蒼志の声に、蒼真が視線を向ける。

「ただいま帰還しました」


蒼志、悠真、駿、謙。

全員が、自分の足でそこに立っている。

蒼真は何も言わず、一人ずつ顔を確認した。


「現地活動について報告します」

悠真が姿勢を正し、報告を始めた時だった。

「白峰山周辺の避難対象者は――」

「ゴホッ……」

蒼真が小さく咳をし、悠真の言葉が止まる。

「父さん?」

「いい。続けろ」

「避難対象者は全員、指定避難所への移動を完了。旧展望道へ入った観光客三名についても――」

「ゴホッ、ゴホッ!」

先ほどより深い咳が続き、蒼志が眉を寄せた。

「父さん、大丈夫?」

「大丈……ゴホッ!」

蒼志が近づこうとした瞬間、蓮が手を上げて制止した。

「来るな」

「でも」

蓮は蒼志たちの姿を見る。

簡易除染は受けている。

だが、黒い制服や髪には、僅かに灰色の粉塵が残っていた。

蓮は蒼真を見る。

咳は急速に悪化している。

呼吸が浅くなり、鼻カテーテルだけでは酸素が足りていない。


「お前ら」

蓮が呆れたように息を吐いた。

「シャワー浴びて着替えてこい」

「え?」

「報告の前に総統様が呼吸困難で死ぬ」

「ゴホッ! ゴホッ……!」

蒼志の顔色が変わる。

「火山灰……」

「今頃気づいたのか、医者」

蓮は総統室に常備されている蒼真の高濃度酸素マスクを取り出した。

「ほら、蒼真。とりあえずこれ着けろ」

蒼真の鼻カテーテルを外し、マスクを顔へ当てると、酸素の供給が始まった。

シュー……。


「なんで……」

蒼真がマスク越しに息を吸う。

「俺、今回……ちゃんとしてたぞ……?」

「息子が色々忘れた」

「息子に……殺されかけた……」

「否定できません」

蒼志は素直に頭を下げた。

「全員、出ろ」

蓮が手で扉を示す。

「さっさとシャワー浴びて着替えてこい。灰を落とすまで、この部屋へ入るな」

「父さんは」

「俺が見てる」

蓮は蒼真の背中をゆっくりと擦る。

「吸入薬も持ってこい。高濃度マスクだけじゃ落ち着かねぇかもしれない」

「分かりました」


蒼志は悠真たちを総統室から追い出し扉を閉め、廊下を歩きながら端末を取り出す。

連絡先から渚を選び、通話を開始した。

『もしもし、蒼志?』

「渚、総統室に吸入薬を持ってきて」

『吸入薬? 誰の』

「父さんの」

数秒の沈黙。

『……何したの』

「ッフ……笑えないけど……ごめん」

蒼志は口元を押さえた。

「父さんが死にかけてる」

『あんたら、火山灰持ち込んだな?』

「はい」

深い溜め息が聞こえた。

『分かった。すぐ持っていく』

「ありがとう」

『それと』

渚の声が僅かに柔らかくなる。


『……まぁ、おかえり』


蒼志の足が止まった。

隣にいる悠真が、静かに笑う。

蒼志も小さく息を吐いた。


「ただいま」


総統室の扉の向こうから、蒼真の咳き込む声が響いた。

『ゴホッ! 夫婦愛はいいから! 早く持ってこい!』

蓮の声も続く。

『お前、喋るな! マジで死ぬぞ!』

蒼志は額を押さえた。

「……急いで」

『もう走ってる!』

通話が切れる。


全員、帰ってきた。


そして本部では今、帰還した息子たちによって、最も呼吸器の弱い男が殺されかけていた。




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