第79話 So We Can Come Back
役場の会議室は悲鳴と怒号が飛び交い、走り出し、押し合う者もおり、パニックになりかけていた。
悠真は通信が切れると同時に机の上に飛び乗り、会議室の全員に呼び掛けた。
「落ち着いてください!」
その声はまっすぐ通り、誰もが動きを止めた。
「避難誘導を開始します!町長、防災無線を流して住民を避難所へ!観光客が車で移動する事が予想されます!交通整備を警察へ!」
悠真の指示に町長は慌てながらも頷き、職員と共に防災無線を流しに向かった。
机から降りると悠真は第一へ向き直った。
「律さん、駿さん、謙さん。総統から現地統括責任者の任命を受けました。サポートよろしくお願いします!」
悠真は3人に、いや第一の隊員達に向け、頭を下げた。
この状況でみんなの協力なくして、1人で統括仕切る事は出来ないからだ。
「当たり前だ、次期総統」
律が鼻で悠真を笑った。
駿と謙は悠真の肩に手を置き、頷いた。
お前がやらないで、誰がやる。と言う視線を悠真に向けていた。
他の隊員達も同じように頷いていた。
その表情はみんな同じ気持ちの表情だった。
“悠真についていく”
蒼真の作り上げた第一特務隊が、悠真へと渡った瞬間だった。
「黎明、第一特務隊……全員、帰すぞ!」
「了解!」
第一が一斉に動き出した。
その時だった。
「待ってくれ!」
一人の男性が声を上げた。
「家に戻らせてくれ!」
悠真が振り返ると男性の顔は青ざめていた。
「うちの親父がまだ家にいるんだ!」
「畑もそのままだ!」
「牛も置いてこれるか!」
次々に声が上がる。
「店を閉めてない!」
「家族と連絡が取れない!」
「本当にここまで避難しなきゃならないのか!?」
恐怖と混乱、そして焦り。
それが会議室全体を包んでいた。
住民達は自分達を責めている訳じゃない。
皆、この町を守りたいだけだ。
気持ちは同じだ。
だからこそ────。
悠真はゆっくりと住民達の前へ出ると全員の顔をしっかり見た。
「皆さん」
悠真の静かな声で、ざわついていた会議室が少しずつ静かになっていく。
「この町を守りたい気持ちは分かります」
悠真は真っ直ぐ言った。
「家も店も畑も…家畜も全部、大切なものだと思います」
誰も言葉を返さなかった。
「だから逃げてください」
男性が顔を上げる。
「……何?」
悠真は迷わなかった。
「帰る場所を守る為です」
会議室が静まり返る。
「町は復興出来ます。家も建て直せます。道路も直せます。でも――」
悠真は拳を握った。
人は壊れたら元に戻れない。
蒼真を見てきて痛いほどそれを分かっている。
人が居なくなれば、町は復興しない。
元に戻れない。
「命は戻せません」
誰も口を開かなかった。
「だから今は逃げてください。必ず帰って来る為に」
会議室に沈黙が落ちた。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
先程まで怒号を上げていた男性も、ただ俯いていた。
男性の拳は強く握られていた。
家を守りたい。
店を守りたい。
町を守りたい。
その気持ちは皆同じだった。
だからこそ苦しい。
だからこそ離れたくない。
悠真は静かに続けた。
「俺達は皆さんの町を見捨てるつもりはありません」
住民達が顔を上げて悠真を見つめた。
「避難が終われば、俺達はここへ戻ります。黎明は復興ももちろん、支援します。その為に今、警察も消防も役場も、みんなこの町を守る為に動いています」
悠真は一人一人を見るように視線を向けた。
「だから皆さんも生きてください」
その言葉に、一人の高齢男性が小さく息を吐いた。
「……帰って来られるんだな」
悠真は迷わず頷いた。
その強い眼差しに高齢男性は小さく息を吐いた。
「必ず。一緒に戻りましょう」
その一言だった。
高齢男性はゆっくりと口を開いた。
「分かった」
そして周囲を見回すと住民達へ声を掛ける。
「みんな、この人達は本気だ。本気でこの町を守ろうとしてくれてるよ。信じよう」
その声に他の住民達も顔を見合わせ、頷き始めた。
「仕方ねぇな……」
「孫の所にも連絡しねぇと」
「旅館の客を避難させるぞ」
「なんか手伝える事はあるか?」
少しずつ。
本当に少しずつだった。
だが人が動き始めた。
悠真は胸の奥で張り詰めていた息を吐いた。
すると。
「悠真」
律が横に並んだ。
悠真が律を見ると、律は僅かに笑っていた。
「いや」
そう言って首を振る。
「現地統括責任者だな」
悠真は思わず苦笑した。
その瞬間、無線が鳴り響いた。
『こちら第二班!』
『避難所開設完了!』
『受け入れ準備整いました!』
続いて別の無線が続く。
『こちら警察本部!』
『主要道路の交通規制を開始します!』
『観光客車両が増加中!』
さらに、
『こちら消防!』
『避難支援を開始!』
次々と飛び込んでくる報告。
白峰山は今も噴煙を上げ続けている。
もう誰も立ち止まってはいなかった。
悠真は無線機を握りしめると、大きく息を吸った。
「現地対策本部より各機関へ」
その場の全員の視線が悠真へ集まる。
「住民避難を開始します」
その声は力強かった。
「白嶺町全域の避難完了まで、全力で当たってください」
白峰山との戦いは始まったばかりだった。
白嶺町全域の避難が始まってから一時間後、町の主要道路には長い車列が出来ていた。
観光客や住民、配送業者、避難車両、全てが一斉に動き出した結果だった。
「渋滞発生しています!」
警察官が無線へ叫ぶ。
「国道方面、完全に詰まりました!」
「迂回路へ誘導しろ!」
「誘導員が足りません!」
怒号が飛び交っていた。
避難所も混乱していた。
体育館には続々と住民達が集まっている。
その中で。
「帰る!」
一人の高齢男性が立ち上がった。
「俺は帰るぞ!」
避難所の職員が慌てて止める。
「危険です!」
「牛がいるんだ!」
男性は声を荒げた。
「置いてこれるか!」
「世話する人間がおらん!」
職員が言葉に詰まっていた。
「俺達が行きます」
悠真が職員に変わり、前へ出た。
男性は悠真を睨みながら声を荒らげた。
「お前に何が分かる!牛たちも家族なんだ!」
「……家族……」
そうだ、自分達は家畜は家畜。
だが、酪農家の人にとって、家畜は生活そのもの。
生活を支えて来た家族と同じなのだ。
────優先順位を間違えるな。
それはいつか蒼真が蒼志に言った言葉だ。
悠真は拳を握りしめながら口を開いた。
「置いていけない気持ちは分かります。家族、ですよね、動物も」
男性は悠真の言葉に言い返す言葉を見つけられない様子だった。
「場所を教えてください」
「……は?」
「第一特務隊で確認します」
悠真は真っ直ぐ言った。
「だから今はここにいてください。お願いします」
男性の拳は震えていた。
怒りではなく、不安だった。
長年守ってきたものを置いて避難する恐怖だった。
悠真は続ける。
「必ず確認します」
しばらくの沈黙の後、男性はゆっくり腰を下ろした。
「……頼む」
悠真は深く頭を下げた。
「任せてください」
その頃、別の避難所では────。
「お母さん!」
泣きながら走る少女の姿があった。
「お母さんがまだ来てない!」
保育士が抱き止める。
「大丈夫だから!」
だが少女は首を振った。
「やだ!」
「置いていかないで!」
避難所の空気が重くなる。
誰もが同じ不安を抱えていた。
家族と連絡が取れない。
避難先が分からない。
本当に再会出来るのか。
その時だった。
無線を持った謙が少女の元へ駆け込んだ。
「確認取れたよ!」
全員が顔を上げ、謙を見つめた。
「お母さんは別ルートで避難中で怪我もしてないよ、大丈夫」
少女の目が大きく開かれた。
「ほんと……?」
謙は少女を安心させるように笑った。
「本当だよ」
少女はその場で泣き崩れた。
そんな少女の頭を謙は優しく撫でてやった。
そして役場前では────。
「写真撮ってる場合か!」
律の怒声が飛んでいた。
数人の観光客が噴煙をスマホで撮影しているのだ。
「いや、でも滅多に見れないし……」
「見れなくていい!生きて帰れ!」
律の剣幕に押された観光客達は、慌ててスマホをしまい避難誘導へと従った。
律の横で1人の隊員が吹き出していた。
「律さん、正論すぎます」
「正論言うしかないだろ。しかし……観光客の避難が1番厄介かもな…」
誘導に従ってくれた観光客の背中を見つめながら、律が呟いた。
白峰山は今も噴煙を上げ続けている。
避難は始まったばかりだった。
だがそれでも一人ずつ。一人ずつ。
人々は前へ進み始めていた。
帰る場所を守る為に。
黎明本部の統括室、大型モニターには白峰山の噴煙が映し出されていた。
避難所わ道路状況、火山観測データ。
次々と更新される情報に統括室は慌ただしく動いている。
「避難率62パーセント」
奏が報告した。
「高齢者施設の搬送に遅れが出ています」
蒼志も続ける。
「酸素管理が必要な患者も多いです。現地医療班だけでは厳しくなってきています」
蒼真は腕を組んだままモニターを見つめていた。
白峰山は今も噴煙を上げ続けている。
まだ始まったばかりだ。
むしろここからが本番だった。
「道路はどうだ」
蓮が端末へ目を落とす。
「主要道路は渋滞。避難車両が予想以上に多いうえ、観光客もまだ残ってる」
蒼真は小さく息を吐いた。
そして一言だけ呟く。
「足りねぇな」
蒼真の呟きに統括室が静まり返った。
しかし、蓮と奏だけはその言葉の意味を理解していた。
奏は即座にその場を離れると何処かの通信回線を繋ぐ作業へと入った。
「何がですか?」
質問したのは日向だった。
蒼真は日向に視線を向け即答した。
「全部だ」
それが事実だった。
人員、車両、医療、輸送力。
今ある戦力だけでは、この先に対応しきれない。
蒼真は迷わなかった。
「奏」
「はい」
「防衛省へ繋げ」
「もう繋げてます!」
周りのオペレーターは奏の動きに目を見開いていた。
元第一特務遊撃隊、隊長であり、長年統括室部長として動いて来た朝倉奏。
現黎明、第3権限者のその動きに。
蓮だけは静かに鼻で笑った。
「早くなったじゃねぇか」
蒼真は蓮の言葉に肩を竦めた。
「奏だからな」
その一言だった。
奏はすぐに端末を操作しながら、蒼真へ手渡す。
「防衛省回線接続完了です。いつでもどうぞ」
大型モニターの一角に回線接続表示が現れた。
統括室の誰もが理解していた。
白峰山災害は、もう白嶺町だけの問題ではないのだ。
国家規模の災害対応が始まっている。
『こちら防衛省』
その声に蒼真は静かにマイクを取った。
そしてモニターの白峰山の噴煙を見据えたまま口を開く。
「災害統括機関黎明総統、神代蒼真だ」
その声に迷いはなかった。
「自衛隊災害派遣要請を行う」
『了解しました』
過去の救助初動権限はまだ生きている。
だからこそ、現地で悠真達が活動出来ている。
必要な支援は送る。
それが本部の出来ることだ。
防衛省との通信を切ると、蒼真は日向の方へ向き、口を開いた。
「白峰町、近隣の黎明支部からの搬送車両、全部出せ」
「了解しました」
「それから零式統括機を飛べる状態にしておけ」
蒼真のそのひと言に統括室の空気は張り詰めた。
蓮は蒼真を睨みつけるような視線を向け、奏と日向は息を飲む。
蒼志は拳を握りしめ、蒼真を見つめていた。
白峰山との戦いは。
今、次の段階へ進もうとしていた。




