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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第7章 その背中の先へ

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第75話 The First Warning

時は流れ、季節は巡り再び夏を迎えていた。


青く澄んだ空の下、多くの観光客で賑わう天鏡湖。

正式名称を白嶺湖というその湖は、白峰山の麓に広がる巨大なカルデラ湖だ。

風のない日は鏡のように空を映し出すことから、いつしか天鏡湖と呼ばれるようになった。


「綺麗だねぇ」

湖畔を歩いていた観光客の女性が思わず声を漏らす。

夏休みということもあり、遊覧船乗り場には行列が出来ていた。

家族連れやカップルに人気の観光地。

誰もが穏やかな景色を楽しんでいる。

——その時だった。


「あれ?」

女性と歩いていた男性が足を止め、湖岸近くの水面を見つめ、首を傾げた。

「どうしの?」

一緒に歩いていた女性が尋ねた。

「なんか……色、違わない?」

「色?」

女性はもう一度、湖へ視線を向けた。

言われてみれば岸辺の一部だけが僅かに白く濁って見える。

だが本当に僅かな変化だ。

「気のせいじゃない?」

「そうかなぁ」

男性は少し気になったが、それ以上は何も言わなかった。

そのまま2人は遊覧船乗り場へ向かっていった。


白く濁った湖面だけが静かに揺れていた。



「またか……」

白嶺湖で漁をしている地元の男性が眉をひそめた。

網の中には数匹の魚が浮いている。

死んでいた。

ここ最近、同じ事が続いていた。


「病気か?」

「分からん」

別の漁師も首を振り、困った顔をした。

「そういえば湖の匂いも少し変じゃねぇか?」

「言われてみれば……」


風に乗って微かに漂う硫黄臭。

普段なら気にも留めない程度だったが、最近になって匂いが強くなった気がした。

漁師達は顔を見合わせ、同時に口を開いた。


「役場に言っとくか」

「そうだな」



誰もまだ知らない。

それが白峰山から送られた最初の警告だったことを。




「失礼します」

ノックの後で総統室の扉を開け入って来たのは、奏と日向だった。

タブレットを片手に深刻な顔をしていた。

蒼真と蓮は書類から顔をあげた。


「国から通達が来ました。白嶺湖の異常報告と火山観測所の報告書です」

「白嶺湖の硫黄臭や魚の大量死、白峰山の微小地震も頻発しています」


奏と日向がそれぞれタブレットの資料を読み上げると蒼真の視線が鋭くなった。

「火山学者の見解は」

「白峰山火山活動活発化の可能性を示唆しています」

奏の言葉が総統室に重く落とされた。


1年。

次期総統と補佐官が決定し、蒼真と蓮の退任決定、暁への改名手続きが殆ど目処がつき、内部告知は済まされ、残すは国への告知のみとなっていた。

蒼志と約束したタイムリミット目前。

そのタイミングでの火山活動の活発化。

だが、まだ噴火した訳ではなかった。


「……火山ガスの濃度は」

「上昇傾向です」

「噴火警戒レベルは」

「現時点でレベル2への引き上げが検討されています」

総統室に沈黙が落ちた。

蒼真は資料へ視線を落としたまま動かない。


白嶺湖の異常と魚の大量死。

硫黄臭、微小地震の増加。

そして火山ガス濃度の上昇。

どれか1つならまだ偶然で済む。

だが、ここまで重なれば話は別だ。


「火山ガスの濃度推移を出せ」

「こちらです」

奏がタブレットを操作し、画面を表示し蒼真に手渡すと蒼真はしばらく無言でグラフを見つめた。

そして小さく息を吐いた。


「嫌な上がり方してやがるな」

「同感です」

奏も表情を曇らせた。

蓮は腕を組みながら資料へ目を落とす。


「まだレベル2検討なんだな」

「はい。現時点では噴火の可能性を示唆する段階です」


日向が答えると蒼真は首を横に振り、静かに口を開いた。


「遅い」


総統室の空気が僅かに変わり、蒼真の視線が鋭くなっていた。

蓮も蒼真のひと言で佇む空気が変わった。


「遅いって…」

日向が聞こうとすると蒼真はタブレットを閉じながら口を開いた。


「国へ連絡しろ。警戒レベル引き上げを進言する」

「ですが――」

日向が言いかけたのをかぶせるように蒼真は静かに言葉を続けた。

「噴火してからじゃ遅ぇ」


その一言に誰も反論しなかった。

そして、蓮と奏は分かっていた。

“起きてからでは遅い”今回のようなケースの災害はと。


22年前の大地震の際、国は蒼真の準備に苦言を呈していた。

建物の耐震補強や黎明の地下第3系統系の回線整備の予算会議で、そこまでやる必要があるのかと。

しかし、その整備があり、黎明は建物被害もなく、地下第3系統系回線へ各機関を繋げる事とにより、救助の初動が迅速に行われ、パニックも最小に留められた。

そして、被災し指揮能力を失った国に変わり、その後の災害統括権限移譲を受けたのだ。

当時、訓練生だった日向にはそこまでは結びつかないのだろう。


蒼真は椅子に背中を預けると、再び口を開いた。

「第一特務隊を先行派遣する」

「先行派遣ですか?」

「あぁ」

日向の問いに蒼真は頷くと、手元の書類へと目を落とした。

説明なく蒼真の指示が終わってしまったので、補佐官席から蓮が補足するように日向へ声を向けた。


「現地自治体との連携確認、避難経路の再確認、通信状況の確認と観光客数の確認だ」


淡々と蓮が並べた指示。

だがそれは明らかに災害対応準備だった。

蒼真と蓮はすでにその先を見据えている。


「まだ噴火してねぇ。だから、今のうちにやる」

蒼真はそう言うと窓の外へ視線を向けた。


窓の外では夏空が広がっていた。

どこまでも穏やかな空でいつもと何も変わらない。


「何も起きなけりゃそれでいい」

総統室に再び沈黙が落ちたが、沈黙を破ったのは奏だった。

「総統、補佐官…国への退任告知、どうしますか」

奏は蒼真と蓮に視線を向け質問したが、返ってくる返事はほとんど予想できていた。

本来であれば今週中の告知を予定しており、1ヵ月後には蒼真の退任式が予定されている。

だが、この状況になり蒼真が告知の引き伸ばしをするだろうと思ったのだ。

しかし、蒼真の口から出た言葉は奏の予想とは違っていた。


「予定通りでいい」

「へ……」

予想外すぎた答えに奏の声は裏返った。

日向も目を見開き驚いた顔をしている。

そんな2人を見て、蒼真と蓮は小さく息を吐くと口を開いた。

「一度決めたことだ。告知をずらすのも、その後の調整もあるだろ。それに…」

蒼真がそこで言葉を切ると蓮が続けて言葉を紡いだ。

「新補佐官様が大人しく隠居しろって怒るだろうからな」

蓮のひと言に奏は吹き出した。

確かにそうだ。

蒼真の状態で蒼志が怒らないわけはない。

日向は蒼真の肺移植の話が出ていたことまでは知らない為、不思議そうに首を傾げていた。


「分かりました。では、そちらはこのまま進めます。国への警戒レベルの引き上げ進言は通達しておきます」

まだ少し笑いながら奏はそう言うと、横の日向へ視線を向ける。

「第一特務隊に伝達、総統室に」

「分かりました」

日向は頷くと先に総統室を後にした。


「奏お前最近、マジで葛城さんみたいだな」

蒼真が呟くと蓮も頷いた。

「仕事の流れが早くなった」

「まぁ…日向が統括室部長としてよくやってくれてますから。……任せてくださいよ?悠真と蒼志もちゃんと支えていきますから」

そう言うと奏はニヤッと笑う。

奏は蒼真と蓮の退任後も黎明に残り、暁発足の支えをしてくれる。

それは、蒼真と蓮にはなかった後ろ盾だった。

自分たちが後ろ盾なく走ったあの時間。

若造だ。と国に笑われ、内部でも古参幹部の反発にあった。

今の黎明なら、内部反発はないだろうが、それでも、国の官僚はまた同じことを繰り返すだろう。

そのための楯となることを奏自ら申し出たのだ。


「……頼んだよ」

小さく笑った蒼真の声はとても穏やかだった。

しかし、対照的な蓮の鋭い声が総統室に響いた。


「蒼真、俺は第一特務隊の先行派遣に律の同行を提案したいんだが」

「……調整役か。律なら適任だな。奏、律も呼び出し」

蒼真の返答に蓮はただ頷いた。

2人のやり取りに奏は目を細めた。

訓練生時代から2人のこんなやり取りは何度も見てきた。

説明がないのに理解する。

まさに阿吽の呼吸の相棒。


「わかりました、では失礼します」

奏が去った総統室で蓮は小さく息を吐いた。

「お前がそこまで警戒するなら、本当に嫌な予感しかしねぇな」

蒼真は苦笑した。

「奇遇だな」



そして視線を資料へ落とす。

表紙には大きく記されていた。


────白峰山火山活動活発化の可能性。




訓練を終えた第一特務隊が装備の整備を行っていると、統括室の日向から専用端末へ通知が入った。

『第一特務隊、至急総統室へ』

一瞬だけ空気が止まり、黒崎兄弟と悠真は顔を見合わせた。

「総統室?」

「なんかあったか?」

「珍しいな」

3人は口々に呟いた。

こんな事は前にもあった。

次期総統と補佐官の候補者として会議室に呼び出された。

が、今回は総統室。

第一特務隊は総統直属ではあるが、総統室に直接呼ばれる事は少ない。

昔はあった任務後の帰還報告も無くなり、総統室に行くこと自体が珍しい。


「悠真、何かした?」

謙が揶揄うような視線を悠真に向けると悠真はため息をついた。

「呼び出しだと何で俺?これでも次の総統だよ」

「いや、悠真くらいしか呼び出し食らう理由が見つからない」

謙は笑っていたが悠真は不服そうな表情だ。

「まぁ、とりあえず行こう」

駿が口を開くと、謙と悠真は表情を引き締め、隊員達を引き連れて総統室へと向かった。


悠真の胸の奥には小さな違和感があった。

総統室からの直接招集。

数日後に国への退任告知を控えたこのタイミング。

既に、蒼真からの引き継ぎは完了している。

それなのに、第一特務隊を動かす何かが起こったのかもしれない。と嫌な予感とまでは呼べない違和感だった。

しかし、何かが動き始めた気配だけは感じていた。



総統室の扉をノックをすると、中から蓮の声が聞こえた。

「入れ」

扉を開けると総統席には蒼真。

補佐官席には蓮。

その横には奏と律の姿もあった。

室内の空気は静かだったが、どこか張り詰めている。

その空気を感じ取り、悠真は先程の違和感が予感に変わった。


蒼真は静かに口を開いた。


「白峰山だ」


そのひと言で第一特務隊の表情が変わる。

奏がタブレットを悠真達へ差し出し、受け取ると駿、謙、悠真の3人が覗き込む。


「火山活動が活発化してる」


悠真達はタブレットに視線を落としながら蒼真の声を聞き、資料を読み込む。

タブレットに表示されている情報は、どれもまだ決定打ではないものだが、嫌な情報ばかりだった。

「総統」

駿が口を開いた。

「噴火の可能性は」

「分からん」

蒼真は即答すると椅子に背を預ける。

「だから行け」

静かな声だが、有無を言わせない声でもあった。


「現地自治体との連携確認。避難経路の確認。通信状況の確認。観光客数の把握」

蓮が続ける。

「今回は救助じゃねぇ」

蓮の鋭い視線が第一特務隊へ向けられた。


「救助が必要になった時の準備だ」


総統室が静まり返る中、悠真は再び資料へ目を落とした。


まだ何も起きていない。

 

だが、蒼真と蓮はすでにその先を見ている。

22年前と同じように。

起きてからでは遅いから。

備える。

それは蒼真のとの引き継ぎで悠真が1番強く叩き込まれた事だ。


「行ってこい」

蒼真の言葉に悠真達は頭を下げ、声を揃える。

「第一特務隊、出ます」

その返事は力強かった。



誰もまだ知らない。

それが白峰山が牙を剥く始まりになることを。




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