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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第7章 その背中の先へ

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第73話 This Is What We Fought For



その日、神代家の庭は賑やかだった。



「おじいちゃん!お肉焼けたよ!」

「ありがとな、蒼空」


笑顔の蒼空がリビングにいる蒼真に皿を手渡し、戻っていく。

穏やかな夏の空の下の庭ではバーベキューが開催されていた。


きっかけは蒼空と紬のひと言だった。

『みんなでバーベキューがしたい!お庭でプール遊びしたい!』と夏休みの暇を持て余した2人の言葉だ。

蒼真が嫌がるはずもなかった。


庭からは子供達のはしゃぐ声が絶えず聞こえていた。

プールでは蒼空と紬が水を掛け合い、渚と華凛が慌てて追いかけている。

その少し離れた場所では、悠真がバーベキューコンロの前で汗を流しながら肉を焼いていた。


「おい、悠真。焦げてるぞ」

「えっ!?」

蓮の指摘に悠真が慌てて網へ視線を落とす。

「うわっ!」

「だから言っただろ」

呆れたように笑う蓮の手には缶ビールが握られていた。

その隣では蒼志が苦笑を浮かべながら皿を並べている。

「蓮さん、手慣れてますね」

「一応、自炊もするからな。悠真、代われ」

「嫌です!」

「焦がすくらいなら代われ」

「嫌です!」

「悠真、肉がかわいそうだから変わって」

蒼志のひと言に悠真が観念し、トングを蓮へ差し出すと庭から笑い声が上がる。


その様子を、蒼真はソファへ腰掛けたまま静かに眺めていた。

窓から吹き込む夏の風が銀髪を揺らす。

鼻先には細い酸素カニューレ。

それも今では誰も気にする者はいない。

神代家の日常の一部だった。


「なんだか嬉しそうね」

隣へ腰を下ろした麗華が穏やかに尋ねると、蒼真は庭へ視線を向けたまま小さく笑った。

「賑やかだなと思って」

「そうね」

麗華も同じように庭を見る。


子供達の笑い声。

肉の焼ける音。

蓮と蒼志の怒鳴り声と悠真の情けない悲鳴。

それら全てが混ざり合い、夏の空へ溶けていく。

かつて守りたかった景色が、そこにあった。

蒼真はゆっくりと目を細める。

ただそれだけで十分だった。


——ピンポン。

玄関のチャイムがなると、麗華が足早に玄関へ向かう。

バーベキューの参加者が増えるようだ。


リビングに入ってきた人物たちに蒼真は懐かしそうに目を細めた。


「お久しぶりです」

「よぉー神代」

「まだ生きてんのか?」

「また痩せたか?」


各々が軽口を叩く。

そこにいたのは、黎明を去ったかつての先輩たち。

葛城、白石、雨宮だった。

3人が到着したことに気が付いた蓮がリビングへと戻って来た。


「お久しぶりです」

「ちょっと見ないうちにお前…白髪増えたな」


葛城が蓮を見て言うと白石が吹き出しそうになった。

みんな白髪だろ。と雨宮が冷静に突っ込む。


「まぁ、神代よりマシだろwこいつずっと白髪」

「いや、シルバーだって」


白石の言葉に蒼真が突っ込むその様子は昔と何も変わらなかった。

ただ一つだけ変わった事があった。

5人共が昔と違って穏やかな表情をしていることだ。

黎明の精鋭部隊として、最前線で戦い続けてきた同士。

それが、こうしてまた集まり、子供の我が儘に付き合っているのだから不思議なものだ。


「じゃ、肉食ってくるか」

「折角だしなぁ」


3人は麗華と共に庭に出ていき、蓮はそのままリビングに残り蒼真と共にリビングに目を向けた。


「なぁ、蓮」

庭を眺めながら、蒼真が呟く。

「なんだ」


「俺達が黎明に残ったの…約束もあるけどさ…俺はこれも守りたかったのかも知れない」


蒼真の声は穏やかだった。


「今更かよ。てめぇはいつも遅ぇんだよ」

「……かもな」


窓の向こうでは蒼空と紬の笑い声が響いている。

ただ、穏やかなこの日常があるだけで。

それだけで十分だった。


「暑っ……」

最初に戻って来たのは葛城だった。

額の汗を拭いながらリビングへ入ると、床へ座り込んだ。

「若いのは、よくあんな炎天下にいられるな」

「俺らもいましたよ」

蓮が即座に返すと葛城が「確かにな」と笑う。

「蒼空に水かけられたんだどー」

白石が呆れたように笑う。

その後ろから雨宮と麗華も戻って来た。

麗華はタオルを取りに向かってくれたようだ。


「外、暑過ぎるわ」

汗を拭いながら雨宮が言う。


庭ではまだ子供達の笑い声が響いていた。

蒼空と紬はプールで遊び続け、悠真は蓮から奪い返したトングを片手に再び肉と格闘している。

その横で蒼志は悠真が焦がさないかハラハラしながら見守っている。


「絶対また焦がすぞ」

蓮が窓の外を見ながら呟いた。

「もう焦げても食うだろ」

「野菜も焦がすぞ」

蒼真が言うと他の4人が吹き出した。


「あいつひとり暮らしで自炊しないのか?」

「悠真がするか?」

「しないだろうな」

雨宮の冷静な突っ込みに部屋へ笑いが広がった。


穏やかな空気だった。

昔なら考えられなかったほどに。

誰も出動命令を気にしていない。

誰も無線の音に耳を澄ませていない。

ただ、くだらない話をして笑っている。

それだけだった。


「なぁ」

不意に葛城が口を開く。

「こうして集まるのも久しぶりだな」

その言葉に誰もが少しだけ黙った。

若い頃は顔を合わせる機会など腐るほどあった。

同じ任務。

同じ現場。

同じ地獄。

嫌でも毎日のように顔を合わせていた。

だが今は違う。

それぞれの人生があり、それぞれの居場所がある。


「酒でも飲まないか」

葛城だった。

5人で飲んだのはいつが最後だっただろう。

大将の店で飲み明かした夜もあった。

「俺はもう飲んでる」

蓮が片手の缶ビールを見せびらかした。

「そのせいだよ」

葛城が返すとちょうど麗華が戻ってきた。

「ぇ、みんな飲むの?ちょっと待っててね」

麗華は意外そうにしながらも5人分の缶ビールを冷蔵庫から取り出し、グラスを1つ持って来てくれた。


「……俺はいいよ。担当医様に怒られる」

自嘲気味に蒼真が言うとみんなの視線が蒼真に集まる。

麗華は何も言わずにビールをグラスに少しだけ注ぐ。


「少しくらい、大丈夫よ」

そう言って蒼真にグラスを麗華が差し出した。


「まぁ元担当医様からの許可って事でいいでしょ」

タオルで濡れた服を拭きながら白石が笑う。


「飲まない神代は神代じゃない」

葛城は腕組みをして頷いた。


「付き合えよ」

雨宮が缶ビールを開けながら答えた。


「飲め、蒼真」

蓮まで煽ってきた。


全員に言われたら飲まないわけにいかなくなった蒼真は麗華からグラスを受け取る。

麗華はグラスに注いで残った缶ビールを片手に持つと5人の顔を見回した。

それぞれが缶ビールを開けるのを待って、小さく笑って合図を送った。


「じゃあ……乾杯」


麗華の声でみんながビールを喉に流し込む。

夏の暑さで乾いた喉に冷たいビールが流れ込む感覚。


昔はこんな日がよくあった。

訓練終わりに蒼真が麗華を連れ、4人と店で合流し乾杯する。

乾杯の号令はいつも麗華だった。


「……うめぇ」


最初に口を開いたのは蒼真だった。

嬉しそうに、噛み締めるように。

それは、昔と何も変わっていなかった。



窓の外では蒼空と紬の笑い声が響いている。

その音を聞きながら、蒼真は静かに目を細めた。

かつて命を懸けて守ろうとした未来。

その未来が今、確かにそこにあった。





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