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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第6章 受け継ぐもの

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第71話 Stay and See

「断る」

蒼真の声が総統室の空気を切り裂いた。

自分の話、それは聞くまでもなくなんなのか分かっていた。

「まだ何も言ってません」

「聞かなくても分かる」

蒼真は即答だった。

蒼志もここまでは予想の範囲内だった。


蒼志は小さく息を吐きながら、手元のタブレットを開いた。

そこには蒼真の検査結果が表示されている。

何度も見てきた。

見たくなくても見なければならなかった。


「父さんの肺機能はこの数年で確実に低下しています」

蒼真は黙って聞いてくれていた。

否定もしない。

事実だからだ。


「現在の肺活量は健常者の半分以下です」

「安静時でも酸素投与が必要な状態」

「階段昇降や長距離移動では酸素飽和度が大きく低下しています」

蒼志は検査データを切り替える。

「問題はここからです」

画面には心電図の波形が映し出される。

「今回の不整脈は今までの脈飛びとは別物でした」

 蒼真の表情が僅かに動いた。


 自覚があった。

 だからこそ何も言わない。


「発作時の波形を見る限り、今後も同様の不整脈が発生する可能性があります」

「しかも肺機能の低下が進めば心臓への負担はさらに増える」

総統室が静まり返る。

蓮もコーヒーを置いていた。


「父さんの病気はもう肺だけの問題じゃありません」

「慢性呼吸不全、肺高血圧、不整脈、全部が繋がっています」


蒼志は一度言葉を切った。

医師としては慣れている。

何度も患者へ説明してきた。

だが今回は違う。

相手は父親だった。


それでも、逃げる訳にはいかない。

父親だからこそ、逃げてはいけない。


「このまま維持出来る保証はありません」

蒼真は静かに目を閉じた。


分かっている。

ずっと目を背けてきた現実だ。



蒼志は静かに続けた。

「だから肺移植を提案しています」

「肺機能を改善出来れば心臓への負担も軽減出来る」

「少なくとも今より長く」

そこで蒼志は言葉を選ぶように、少し俯いた。


「父さんが生きられる可能性は高くなります」


総統室に長い沈黙が流れた。

ただ静かに酸素の音だけが響いていた。

蒼真はしばらく何も言わなかった。

窓の外へ視線を向け、小さく息を吐く。


「……蒼志」

低い声だった。

「お前は俺が何歳だと思ってる」

蒼志は即座に答えた。

「60です」

「そうだ」

蒼真は頷いた。

「60だ」

その言葉には妙な重みがあった。

「俺は十分生きた」

「父さん」

「最後まで聞け」

蒼志の言葉を遮る。

静かな口調だった。

怒っている訳ではない。

だからこそ蒼志は黙った。

その様子を見て、蒼真は続ける。


「15で訓練所、19で黎明に入った」

「仲間も出来て、家族が出来て、総統になった」

そこまで言うと蒼真は小さく笑った。

「好き勝手やった」

蓮が鼻で笑う。

「それは否定しねぇ」

「だろうな」

蒼真も少しだけ笑った。

そして再び静かになる。

「俺は十分貰ったんだよ」

蒼志は何も言えなかった。


父の声に後悔が無かったからだ。


「麗華と結婚してお前らがいて、紬も蒼空も居る。蓮もまだしぶとく生きてる。そして、黎明も残る」

酸素の流れる音が小さく響いていた。

「だからな」

蒼真は蒼志を見た。真っ直ぐに。


「俺は寿命を買う為に誰かの人生を貰いたくねぇ」


蒼志の瞳が揺れた。

予想はしていた。

だが実際に本人の口から聞くと重さが違う。


「父さん、それは――」

「分かってる」

蒼真は頷いた。

「脳死移植の仕組みも知ってる。誰かを殺して取る訳じゃねぇ事も知ってる。それでも、だ」

蒼真はそこで言葉を切った。

そして、少しだけ疲れたように目を閉じた。


「俺は、自分の為に待ちたくねぇ」


誰かの死を。

その言葉は口にしなかった。

だが2人には伝わったのだろう、総統室は静まり返った。


そして——今度は蓮がコーヒーカップを机へ置いた。

「蒼真」

低いその声は長年の相棒の声だった。


「何だ」

「お前の言いたい事は分かる」

蒼真は何も言わず、蓮に視線を向けた。

蓮は続けた。


「お前は十分生きたと思ってる。後悔も無いんだろう。自分の為に誰かを待ちたくねぇのも本心だ」

蒼真は小さく息を吐いた。

分かってくれているなら、何が蓮は何を聞きたいのか蒼真には分からなかった。

「だったら何だ」

蓮は僅かに目を細めた。

「一つ聞く」


「麗華さんはどうするつもりだ」

 

その言葉に蒼真が黙った。

蓮は視線を逸らさない。


「お前は十分かもしれねぇ、お前は納得してるのかもしれねぇ。じゃあ麗華さんはどうなんだ」

 

蓮の言葉に蒼真は少しだけ目を伏せた。

だが、蒼真の口から出た言葉は蓮も蒼志も予想していなかった言葉だった。


「麗華は分かってくれたよ」


そう言う蒼真の表情はとても穏やかだった。


「…母さんが納得してるって事なの…」

蒼志の声は震えていた。

医者であった母の事だ。

移植の件を知っていれば、父を説得してくれるのではないかと思っていた。


「今はな」

「反対してたってことだよね…」

「いや、反対でもなかった」


蒼真は静かに言った。

蒼志が顔を上げる。

蓮も黙ったまま続きを待っていた。

「麗華は最初、受けて欲しいって言ったよ」


当然だった。

医師として。

そして妻として。

生きていて欲しいと思うのは当たり前だった。


「何度も話して、何度も喧嘩もした」

蒼真は少しだけ苦笑した。

「俺が受けねぇって言う度に怒られた」

「……母さんが?」

蒼志の声には少し驚きが混じっていた。

麗華が感情を露わにする姿をあまり見たことがなかったからだ。

「あぁ…何度も泣かれたよ」

蒼真は遠い日の事を思い出すように目を細めた。

「だけどな」

蒼真はそこで言葉を切った。

そして、小さく息を吐き続けた。


「最後に聞かれた。あんたは何が嫌なんだって」

蒼真は視線を落とし、あの日の会話を思い出していた。

「手術か移植後の生活か、死ぬのが怖いのか」

麗華はそう聞いてきた。

蒼真はゆっくり首を横に振った。


「全部違うって答えた」

酸素の流れる音だけが静かに響いていた。 

「そしたら麗華は分かったんだろうな」

蒼真は小さく笑うと蒼志を見つめた。


「お前らの母親は賢いからな」

 

その言葉には絶対的な信頼があった。

「それで終わった」

「終わった……?」

蒼志が呟くと蒼真は頷いた。

「あぁ。麗華はこう言った」

蒼真は妻の声を思い出す。

何十年も隣で聞いてきた声を。


『私は蒼真に生きていて欲しい』

『でも決めるのは蒼真』


蒼志が息を呑んだ。

蓮は静かに目を伏せた。


『あなたの人生だから』


総統室は静まり返っていた。

蒼真はゆっくりと息を吐く。

「だから麗華は納得した訳じゃねぇ。今でも生きていて欲しいと思ってる」

そう言って蒼真は蒼志を見た。

「だが、俺の決断は尊重してくれた」


蒼真の言葉に蒼志は何も返す言葉が見つからなかった。

それでも、ここで終わりたくなかった。


「それでも俺は…父さんに移植を受けてほしい」


蒼志の言葉に蒼真は数秒、俯いた。


———蒼志は今、どの立場で話しているのか。


俯いた顔をあげ、蒼真は蒼志を真っ直ぐに見つめた。

蒼志の目は揺れていた。

(あぁ……あの日と同じ目をしている。俺が埋没した日と同じだ)


挿管の恐怖に理性を失い、蓮や第一のみんなに押さえられながらも暴れる自分に。

たった9歳の男の子が向けた目と同じ。

そして、同じ言葉をきっと胸の奥に秘めている。


———『……生きて』


もう、分かってる。

それでも、聞いてやらないわけにはいかないだろう。


蒼真は背もたれに預けていた身体を動かし、ソファへ座りなおした。


「蒼志、それは医者としてか」

蒼真の声は静かだった。

「それとも息子としてか」


蒼志は言葉を失った。

父も分かっていて、それでも聞いてくれていることを。


医師としてなら答えは決まっている。

肺移植を受けるべきだ。

生存率も予後も全て説明できる。

だが今、蒼真が聞いているのはそんな事じゃない。

父親と息子の話だ。

蒼志は拳を握り締めた。


医師としてではない。

次期補佐官としてでもない。

神代蒼志として口を開いた。


「……息子としてだよ」


蒼志の声は少し震えていた。


「父さんに生きてて欲しい」


蒼真も蓮も静かに聞いてくれていた。

だから、蒼志は止まらなかった。


「紬の成長だって見てて欲しい!蒼空だって華凛だって…母さんだって!」

 一つ一つ絞り出すように蒼志は言葉を続けた。


「俺だってまだ教わりたい事が山ほどあるよ」

蒼真は黙って聞いていた。

「これからの黎明も」

そこで蒼志は首を横に振った。

「違う」

涙を堪えるように唇を噛む。

「暁だ」

その言葉に蒼真の瞳が僅かに揺れた。

「これからの俺と悠真を見てて欲しい。俺達が作る暁を見てて欲しい」

蒼志は真っ直ぐ父を見た。

「まだ終わってないだろ」


涙を堪えて必死に訴えるその姿は。

医師でもない。

補佐官でもない。

ただ父を失いたくない息子だった。


「父さんはずっと俺達を見てきたじゃないか。だったら最後まで見届けてよ」

震えた声だった。

それでも目だけは逸らさなかった。


「俺は」

蒼志は一度だけ言葉を切る。

そして———


「父さんに生きてて欲しい」


その願いは医療データよりも。

どんな理屈よりも。

ずっと重かった。

息子の叫びだった。



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