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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第6章 受け継ぐもの

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第70話 盟約の刻


継承者会議から一週間後。

黎明本部 第1会議室。

普段より少しだけ張り詰めた空気の中、幹部達が静かに席へ着いていた。


今日の議題を知らない者はいない。

いや、知らされてはいなくても察していた。

長年続いた後継者選定。

その結論が、ようやく示される。

会議室の最前列には候補者4名が静かに座っていた。

神代悠真。

黒崎駿。

黒崎謙。

そして神代蒼志。


誰も口を開かず、緊張しているのは明らかだった。

そんな中、会議室の扉が開くと全員が立ち上がった。

入って来たのは黎明総統・神代蒼真。

そして補佐官・黒瀬蓮だった。


蒼真は車椅子から降りるとゆっくりと席へ着く。

病み上がりとは思えないほど表情はいつも通りだった。

だが、その姿を見た蒼志だけは僅かに眉を寄せる。

 

無理している。


担当医としての勘だった。

蒼真はそんな視線に気付いているのかいないのか、小さく息を吐く。

そして会議室を見渡した。

全員の視線が蒼真へ集まる。

静まり返った空間の中、蒼真は静かに口を開いた。


「継承者会議の結果を発表する」


誰も動かなかった。

誰も息を吐かない。

その言葉の重みを知っていたからだ。


蒼真は一度だけ目を閉じた。

あの日、蓮とぶつかった事。

手放したもの、これから託すもの。

全てを胸に刻みながら。

そして、ゆっくりと目を開けると口を開いた。


「次期黎明総統は───神代悠真」


一瞬の静寂が会議室を包んだ。

幹部達は既に1週間前の会議で結果はわかっていた。

候補者達の部分だけ空気が微かに揺れた。

 

だが、誰も驚かなかった。

予想していた者もいた。

4人の中の誰がなってもおかしくないと思っていたのだ。

だが実際に総統の口から告げられる重みは別だった。

 

悠真は真っ直ぐ前を見たまま動かなかった。

いや、動けなかった。

蒼真はそんな息子を見つめた。


総統として。

そして父親として。


「異論のある者はいるか」

誰も口を開くものは居なかった。

蒼真はその様子を見ると小さく頷き、続ける。


「次期黎明総統補佐官は───神代蒼志」


蒼志が目を見開いた。

「……は?」

思わず漏れた声に会議室の空気が少しだけ緩んだ。

蒼志自身、自分が補佐官になるとは思っていなかったのだ。

蓮が押し込んだ。

理由は聞かされていなかった。

だから、任命されるなんて思っていなかった。

蒼真はそんな蒼志を見て少しだけ口元を緩めた。

「何だ。その反応は」

「いや……聞いてません」

「俺も伝えてない」

「でしょうね」

2人のやり取りに後方から小さな笑い声が漏れる。

久しぶりに会議室から緊張が抜けた瞬間だった。

 

だが蒼真はすぐに表情を引き締めると視線を候補者達へ向けた。

悠真。

蒼志。

駿。

謙。

四人全員へ。


「勘違いするな」

会議室が再び静まる。

「今回の選定は能力で決めた訳じゃねぇ」

駿と謙が顔を上げた。

「お前達四人は全員優秀だ」

蒼真の声は静かだったが、力強かった。

「だから選ばれなかった事を理由に、自分を否定するな」

駿の拳が僅かに震える。

謙も真っ直ぐ蒼真を見つめていた。

「黎明に必要じゃない人間なら、最初から候補に入れねぇ」

蒼真は一人一人を見渡す。

「お前達は全員、黎明の未来だ」

その言葉に嘘は無かった。

総統としてではない。

神代蒼真という男の本心だった。


「だから胸張れ」

静かな会議室の中。

駿はゆっくりと拳を開いた。

謙も小さく息を吐く。

そして────。

「はいっ」

最初に返事をしたのは駿だった。

7年、教育を受けて来て悔しくなかったと言えば嘘になる。

でも、総統は認めてくれている。

ならば、ここからの自分の役目は悠真と蒼志を支えていくことだ。


「はい!」

続いて謙が返事をした。

会議室によく通る声だった。

謙は胸を張っていた。

自分を認めてくれた、憧れの男がそう言ってくれたからだ。

この結果を誇っていいと、そう思えた。


2人の返事を聞いた蒼真は小さく頷く。

ようやく肩の荷が一つ降りたように。

ほんの少しだけ穏やかな表情を浮かべていた。



———時代は廻っていく。

若い世代の彼らの道筋を日輪が照らした。





結果発表会議が終わった後、蒼真、蓮、悠真、蒼志の4人は総統室へ移動していた。

窓の外にはいつもと変わらない景色が広がっている。

誰も口を開かなかった。

先程の発表の余韻がまだ残っていたからだ。

そんな空気を破ったのは蒼真だった。


「さて」

ソファへ腰を下ろしながら口を開くと悠真と蒼志にも座るように促した。

2人は促された通りに腰を下ろした。

「次の話だ」

悠真と蒼志が顔を上げる。

蓮は蒼真の隣で静かにコーヒーを飲んでいた。


「今後の引き継ぎについてだ」

その言葉に二人の表情が少しだけ引き締まった。

これまで各省庁や国家会議には同席を重ねて来たが、それは候補者としてだ。

これからは、次期総統と補佐官として打ち合わせや顔合わせが始まって行くのだろう。

蒼真が資料の入ったタブレットを操作し、口を開こうとした時だった。

蒼真より先に悠真が口を開いた。


「総統」

蒼真はタブレットを操作する手を止め、悠真へ視線を向けた。

「どうした」

やっぱり総統なんてやりたくないか?という視線を蒼真は悠真に向けた。

しかし、次に悠真の口から出た言葉は蒼真の予想していなかった言葉だった。


「俺たち組織名を変えたいんだ」


その言葉に蒼真は目を見開いた。

隣の蓮もコーヒーカップを置き、悠真へ視線を向けた。

「……は?」

蒼真が珍しく間の抜けた声を漏らした。


組織名。

黎明。

創設以来、一度も変わらなかった名前だ。


「変えるって、お前……」

「俺だけじゃない」

悠真は首を横へ振り、蒼志を見た。

「蒼志と二人で考えた」

蒼真の視線が蒼志へ向くと、蒼志も静かに頷いた。

「本気です」

総統室に沈黙が落ちた。

悠真と蒼志の目は真剣だった。


蒼真はソファへ深く身体を預けると、口を開いた。

「理由を聞こうか」

その言葉を待っていたように悠真が口を開く。

「俺さ、総統候補って」

一度だけ言葉を切る悠真。

「ずっと黎明を継ぐ話だと思ってたんだ」

蒼真も蓮も黙って聞いてくれていた。

「でも違った」

悠真は真っ直ぐ父を見た。


「資料も読んで、話も聞いた」

「父さんと蓮さんの黒歴史も見た」

蒼真と蓮の眉が僅かに動いた。


黒歴史は思い出したくもない。

それは忘れて欲しかった。


だが悠真は構わずに続けた。

「父さんにも始まりがあって、最初から総統だった訳じゃない。最初から怪物だった訳でもない」


ライフルを持った若い蒼真。

泥だらけで笑っていた蒼真。

仲間達と肩を並べていた蒼真。

その姿を思い出していた。


「父さん達はじいちゃんから引き継いで何も無い所から道を作った」


「命懸けで走って」

「戦って、守ってきた」

悠真は静かに息を吐いた。

「だから気付いたんだ。俺達は黎明を継ぐんじゃない」

蒼真の瞳が僅かに揺れていた。


今度は蒼志が口を開いた。

「黎明はもう完成しています」


静かな声だった。

だが迷いは無かった。


「組織も制度も、理念も。全部、父さん達が完成させた」

蒼志は蒼真を見つめる。

「だから俺達の役目は守る事じゃない。次へ進める事なんです」

蒼真は何も言わなかった。

ただ二人を静かに見てくれていた。


悠真が続ける。

「父さん達は夜明け前を走った」

「だったら」


悠真と蒼志は顔を見合わせた。

そして────二人同時に口を開いた。


「俺達は朝を迎えたい」


静かな総統室に言葉が響いた

「黎明じゃない」

「俺達は――」

悠真は真っ直ぐ蒼真を見ていた。


「暁です」


蒼真は口を開かなかった。

窓の外から風の音だけが聞こえていた。

 

蒼真はゆっくりと視線を落とした。


黎明。

19歳だった。

いや、15歳で訓練所に入った。

何も持っていなかった。

守る力も、守る場所も。

それでも前へ進んだ。


夜明け前の泥濘を。


ただ必死に走り続けた。

そして今、目の前にいる二人は────。

その先を見ている。

自分と蓮よりも遥か先を見ている。


いつの間にか、息子達はこんなにも逞しくなっていた。


「……蓮」

蒼真が小さく呼ぶ。

蓮は煙草の代わりにコーヒーを飲みながら答えた。

「だから言っただろ、コイツら2人だってよ」

蒼真は蓮の言葉を鼻で笑いながら呟いた。

「気に食わねぇ」


蓮は最初からわかっていたのだろうか。

いや、きっと知らなかったはずだ。

だけど父親の自分と同じくらい2人を見てきた蓮だ。

どれだけ成長しているかは分かっていたんだろう。

だからこそ、蒼志を候補者に推薦したんだ。


「……黎明の次は暁か」

蒼真の言葉に悠真と蒼志が同時に顔を上げた。

蒼真は二人を見つめていた。

穏やかな顔で。

しっかりと。

そして、ほんの僅かに口元を緩めた。

「悪くねぇな」

その言葉に二人はようやく肩の力を抜いた。

その時だった。

総統室に蓮の持つ端末の音が鳴り響いた。


ピリリリリッ───。


四人の視線が同時に向いた。

蒼真は小さく息を吐く。

「タイミング悪ぃな」

そう呟く横で蓮が端末を操作する。

そして悠真へ視線を向けた。

「仕事だ」

悠真の表情が一瞬で引き締まった。

「山間部で登山者の行方不明が発生した」

蓮はは端末を操作しながら続けた。

「天候悪化中、警察と消防が捜索中だが、日没前に見つけたいらしい」


悠真は無意識に背筋を伸ばした。

もう候補者ではない。

次期総統だ。


蒼真が静かに口を開いた。

「第一、出ろ。…現場統括は悠真お前がやれ」

一瞬だけ悠真は目を見開いたが、が次の瞬間には立ち上がっていた。

その姿を見て、蒼真が口を開く。

「お前の初陣だ」

「了解」

その返事に迷いは無かった。

蒼真は小さく頷く。

「行ってこい」

「はい」

悠真は返事をすると足早に総統室を出て行った。

扉が閉まり静かになった総統室には蒼真と蓮、蒼志が残った。

蒼真はソファへ深く身体を預けていた。

「医療班は出なくていいんですか」

蒼志が尋ねた。

「山間部捜索だからな。行方不明者も1名らしい。消防の救急で十分だ」

そう言うと蒼真は小さく息を吐いた。

先程の会議から無理をしているのはわかっていた。

やはり少し顔色が悪い。

蓮は隣で静かにコーヒーを飲んでいるということは、そこまでの体調不良ではないのだろう。


ならば、チャンスは今しかないと蒼志は思った。


もっと別の話だ。

父がずっと避け続けてきた話をしなければならない。

蒼志は静かに口を開いた。


「……父さん」

「ん?」

呼ばれた蒼真が顔を上げると、そこに居たのは息子の蒼志ではなかった。

先程までの目つきと違った。

鋭い、医師としての蒼志の顔だった。


蒼志が真っ直ぐ父蒼真を射抜いていた。



「次は、あなたの話です」





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