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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第6章 受け継ぐもの

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第69話 黎明の牙


会議室は静まり返っていた。

誰も口を開かず、誰も動かない。

ただ静かに、酸素の駆動音だけが響いていた。

蒼真は俯いたまま動かなかった。

先程まで蓮の胸ぐらを掴んでいた手は既に離れている。


それでも顔は上がらない。

何を考えているのか。

何を見ているのか。

誰にも分からなかった。

 

奏も律も言葉を失っていた。

こんな蒼真を見た事がなかった。

怒っている訳じゃない。

悲しんでいる訳でもない。

ただ長い時間をかけて積み上げてきた何かが、静かに崩れていくようだった。

そして、その沈黙を破ったのは蓮だった。


「……なぁ、蒼真」

名前を呼ばれても蒼真は顔を上げなかった。

だが蓮は構わず続けた。


「俺たち、何の為に黎明に残った」


会議室の空気が僅かに動いた。

奏が顔を上げ、律も蓮を見る。

それは人事の話ではなかった。

組織の理念の話でもない。


もっとずっと前。

まだ何者でもない、19歳のガキが夢見ただけの話。


「覚えてるか」

蓮が小さく笑う。

「お前、言ったよな」

蒼真の肩が僅かに動いた。


「全員、帰すって」


その瞬間、蒼真の瞳がゆっくりと閉じられた。


忘れるはずがなかった。

誰よりも。

自分自身が。

その言葉に縛られてきたのだから。


25年前の、あの日。

この会議室に呼び出された。

断る事も出来る。

そう言われた。

だけど…戻る選択も場所もなかった。

ただ、約束を守る為に。

もう二度と、破らない為に。


────ドッグタグに誓った、約束の為に。


あの日、約束が加えられた。

いや、形が変わったのかもしれない。

それでも、約束を捨てる事は2人ともしなかったんだ。



『……もう、いいだろ』

ああ…そうか、この声は────。


『息子達を信じろ』

『もう、お前は牙でも怪物でもない』



何年も何年も隠し続けてきた

俺だったんだ。



蒼真はゆっくりと目を開けると、倒れていた椅子を元に戻し、ゆっくりと腰を下ろした。

そして、荒れた呼吸を整えると口を開いた。


「次期黎明補佐官は………神代蒼志とする」


その言葉は重く、会議室へと落とされた。

その言葉が落ちた瞬間、会議室は静まり返った。

誰も口を開かず、ただ静かに蒼真を見ていた。

長い時間だった。

何十年も抱え続けてきたものを手放すには、あまりにも長過ぎた。


蒼真は小さく息を吐く。

肺の奥が焼けるように痛んだ。

鼻腔カニューレから流れ込む酸素が足りない。

呼吸が浅いのはさっきから気がついていた。

だが、それでも構わなかった。

ようやく終わった。

そう思った。


「……蒼真」

蓮の声が聞こえ、蒼真は返事をしようとした。

だが視界が揺れた。

あれ。と思った時には遅かった。


胸の奥で心臓が不規則に跳ねる。

ドクン。

ドクッ。

ドクン。

嫌な感覚だった。

いつもの脈飛びじゃない。

あの時と同じような、心臓が暴れ出す感覚だ。

冷たい汗が背中を流れた。


「おい」

蓮が眉を寄せる。

蒼真は何とか手を上げて、大丈夫だ。そう言おうとして。

言葉が出なかった。

「……っあ……はっ……」

無意識に言葉にならない音が漏れて、右手で胸を押さえた。


「蒼真さん?」

蒼真の様子に奏が立ち上がった、次の瞬間だった。


ガタン、と椅子が鳴り、蒼真の身体が大きく傾いた。


「総統!!」

律の声が響いた。


蓮が反射的に腕を掴んだが、完全には支えきれず、蒼真の身体は力を失い、その場へ崩れ落ちた。


「蒼真!!」

焦る蓮の声に、会議室の空気が一変した。

先程まで継承者会議だった場所は、一瞬で救助現場になった。


奏が扉へ駆け、勢いよく開ける。


「待ってもらったけど悪い!!会議中断!!」

廊下で待機していた候補者達が一斉に顔を上げ、奏を見つめた。


「終わりました?」

悠真が口を開くが奏はそんな場合ではなかった。

「ぁ……蒼真さんの担当医いたァ!!」

「はい?」

蒼志が固まったが奏は容赦なく続けた。


「蒼真さん、ぶっ倒れた!!」

「はぁぁぁぁ!?」


廊下に絶叫が響いた。

その瞬間、会議室の中から蓮の怒鳴り声が飛んできた。

「蒼志!!多分、不整脈だ!!」

蒼志の顔色が変わった。

「なんで会議の時ばっか起こすんだよ!!」

半ば叫びながら走り出そうとして、後ろへ振り返り悠真と黒崎兄弟に指示を出した。

「悠真!駿!謙!」

「はい!」

「ストレッチャー準備!医療棟運ぶぞ!」

「了解!!」

候補者達も一斉に駆け出した。


結果発表どころではない。

今は要救助者が一名発生している。

それだけだった。


会議室へ飛び込んだ蒼志は、床に座り込む蒼真の前へ膝をつく。

顔色は真っ青、呼吸も荒い。

冷汗も出ている。

最悪だ。

一目で分かった。


「父さん」

「…っ……は…」

蒼真は返事をする事ができそうになかった。

「蓮さん、昼食は」

「……忘れてた」

「水分は」

「多分……飲んでなかった…」

「薬は」

「……すいません」


いつになく、蓮は素直に謝った。

蒼真を限界まで追い込んだのは自分だったからだ。

そして、普段なら管理している物も管理していなかった。


蒼志は天を仰ぎながら、医療棟へ準備物の連絡を入れた。

「ストレッチャー来るまで、横になって、父さん」

しゃがみこんだままの蒼真を蒼志が横にしようとすると、何も言わず蓮が手を貸してくれた。


そこに、さっきまで親友を言葉で殴っていた男はいなかった。

居たのは、40年来の親友の黒瀬蓮だった。


ストレッチャーが到着し、すぐに医療棟へ運ばれ処置が行われた。

「……落ち着いたら、何か食べて欲しいんだけど…」

「……羊羹なら食える」

蒼志の言葉に蒼真が弱々しく答えた。

長時間の会議の後での不整脈。

完全に蒼真は疲れきっていた。

食欲も戻るまでは時間がかかりそうで、本人が食べれそうならそれでもいいと蒼志は判断した。


「……あぁ、うん。羊羹でもいいや」

「あるぞ」

「食う……」

蓮はポケットから羊羹を取り出すと、包装を開け蒼真に手渡した。

その様子を見ていた蒼志は、大きくため息を吐く。

「……とりあえず、生きてそうだな」

診察室の入口で見ていた奏が呟くと、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。

悠真や黒崎兄弟もホッと胸を撫で下ろした。


だが、それは問題の先送りでしかなかった。

モニターはまだ不規則な波形を刻み続けていた。

蒼志はその画面へ視線を向けた。



────このままでは、もう持たない。


静かに迫る現実を前に、若き医師は目を伏せた。


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