第6話 The Way Home
「…総統、SpO2落ちてます。流量増やします」
端末に表示される生体反応デバイスの数値を確認し蒼志は高濃度酸素の流量の調節を行う。
シュー…
「喋りすぎです」
荒くなった呼吸を整えながら蒼真は目を閉じたまま口を開く。
「……ッは…子供が喋ったら無視出来ねぇだろ」
すでに、限界。
医者としても息子としても2往復で蒼志は止めたかった。
しかし、残りの住民と蓮、第一を帰すまで総統は止まらない事も蒼志は分かっていた。
壁に背を預けながら呼吸をする蒼真の顔色を確認しながら、蒼志は生体反応デバイスの表示も確認していた。
現場到着までの間、蒼真は腕を組み、静かに目を閉じて呼吸に集中しているように渚には見えていた。
顔色も…蒼志が心配するほどには見えなかった。
そうして…マットブラックは現場へと到着する。
ハッチをあけ、蒼真が降りると残った住民の搭乗が始まる。
蓮は蒼真の元へ近づくと呼吸と顔色の確認をした。
「……飛べるか」
「飛ぶだろ。…こほッ…つまんねぇこと言ってねぇで、住民人数最終確認…」
「お前、バカだわ。やっぱり…。日向!」
蒼真の酸素流量を少しだけあげると蓮は日向に人数確認をとるように指示を出し始めた。
シュー……
高濃度酸素マスクを使用しても、限界の近い蒼真は雨の中、住民達が乗り込むその機体を眺めていた。
「……現場で見るのは…最後かな…」
蒼真の呟きは雨音に掻き消され、誰にも届く事はなかった。
「搭乗完了、これより本部帰還する」
蓮が葛城へ通信を入れるとマットブラックの機体が浮かび上がる。
機内で蒼真は先ほどと同じく、目を閉じていた。
その様子に蓮は何も声を掛ける事はなく、モニター確認と本部との通信を行っている。
蒼志と渚は生体反応デバイスの蒼真のsPo2の確認を怠らない。
が、上がったり下がったりを繰り返す数値に対応を迷っていた。
「……ッ…」
ほんの僅かに蒼真の呼吸が乱れると隣の蓮が流量の調整を行う。
数値など蓮には必要なく、蒼真の呼吸音だけで全てを終わらせる蓮に蒼志と渚は愕然としていた。
その様子を第一特務隊も呆然と眺めていた。
「……なぁ補佐官…医療班より早いぞ…」
黒崎兄弟の兄、駿が悠真に話しかける。
「補佐官、総統が肺を悪くしてからずっと見てるかららしいです。蒼志副班長は総統の担当はしてないらしいですよ」
「ああ…だからか。補佐官、医療もやってたのかと思った…」
「いや、母さんが補佐官は総統にだけ特化してるって」
悠真のその言葉に駿はやっぱ怪物だわ…と蒼真と蓮を眺めた。
夜の雨を切り裂きながら、マットブラックが本部へとたどり着くと、第一と蒼志と渚が住民たちの移動を行う。
蒼真と蓮はその様子を見送ると最後にゆっくりと降機する。
その時、蒼真がふらついた。蒼真はとっさに機体に寄りかかろうとしたが、それよりも早く、蓮が脇を支えていた。
そして、白石が本部から蒼真の車椅子を押して出てきた。
その表情は…昔の白鬼と蒼真が呼んでいたころの表情だった。
「喋ってsPO2下がる奴、初めて見たぞ」
「…こほッ…うるせぇ…」
「咳まで出てるじゃん…医療棟、行くぞ」
「いや……ッ…総統室に頼む」
蒼真がそう言うと、蓮と白石は医療棟とは反対の総統室へと向かっていった。
その様子を蒼志と悠真は医療棟入口から見つめていた。
「…父さん…山が崩れるって…分かってた」
震えた声で悠真が呟き、俯いた。
「俺が確認しようとした場所でさ…後から残ってた人が話してたけど、あそこの家は空き家だって…高齢者の人は人がいるって言ってたんだ…」
悠真の肩が震えていたが、言葉は止まらなかった。
「父さんの……判断がなかったら、俺…」
蒼志はそんな悠真に何も言わずに肩に手を置くと医療棟の中へと消えていった。
1人残された悠真はまだ降り続く雨を眺めるように顔をあげた。
「…置いていかないでよ、父さん…」
悠真が呟いたその言葉はただ雨音に消えていった。
「……」
シュー……
高濃度酸素マスクの奥で蒼真は目を閉じた。
何も言わずただ静かに呼吸を整えている。
蓮は一度だけ振り返った。
さの視線の先には雨の中で悠真が立ってこちらを見ていた。
その姿を確認すると蓮は再び前を向いた。
「……後で行け」
蒼真へ向けた言葉だった。
「……ん」
蒼真は短い返事を返した。
総統室へ戻ると葛城が待っていた。
「住民輸送完了。負傷者搬送も終了。第二は周辺警戒継続」
端末を見ながら報告を行う葛城は蒼真の顔を見ると眉をひそめた。
「お前、顔色終わってんな」
「……元気」
シュー……
通常の酸素マスクに付け替え、蒼真はソファに沈み込むように座っていた。
「嘘つけ」
葛城が即答すると白石も頷く。
「元気な人間の姿勢じゃねぇ」
「2人とも酷くね?」
「酷いのはお前の数値」
白石が端末を取りだし、生体反応デバイスの過去データを蒼真に見せつけた。
蒼真は小さく舌打ちすると端末から視線を逸らすと一言。
「生体反応デバイス…もう取ろうかな」
「「「ダメだ」」」
蓮、白石、葛城3人の声が即座に重なると蒼真は嫌そうに顔を歪めた。
「俺は子供か」
葛城が呆れた顔で口を開いた。
「お前19からあんまり変わってねぇよ。…まぁ、突っ込む所は変わったけどな」
「……悠真が継承しちまったよ」
「「確かに」」
蓮と白石が即答すると蒼真は諦めたように背もたれへ身体を預ける。
シュー……
少しだけ呼吸が落ち着いてきていた。
その様子を確認すると葛城は端末を閉じた。
「現場は終わった」
「……」
「今日は終わりだ」
その言葉に蒼真は少しだけ笑った。
「終わってねぇだろ」
「終わりだ」
葛城は譲らなかった。
「神代」
その呼び方に蒼真が顔を上げた。
葛城がそう呼ぶ時は決まっている。
隊員でも総統でもない。
ただの神代蒼真として話す時だ。
「お前が今倒れたら全部終わる」
静かな声で怒っているわけでもない。
だからこそ重かった。
蒼真が何も言えずにいると蓮が口を開く。
「聞け」
「……」
「帰すのも仕事だ」
シュー……
蒼真はゆっくりと目を閉じた。
本震。
埋没。
全国統括。
気付けば走り続けていた。
それでも、まだ走ろうとしている。
その時ノックの音と共に総統室の扉が開いた。
振り返るとそこには悠真が立っていた。
雨で少し濡れたままの隊服姿で息を切らしている。
「父さん」
蒼真が目を開くと悠真は真っ直ぐ蒼真を見た。
そして「……帰ろう」と小さくつぶやいた。
総統でもない。
現場隊員でもない。
息子としての言葉だった。
「家、帰ろう」
シュー……
蒼真はしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
「……あぁ」
その返事に悠真はようやく少しだけ笑った。
雨はまだ降り続いていたけれど、
その夜、神代家にはちゃんと灯りがついていた。




