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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第1章 怪物達の背中

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第5話 The Weight of Duty

ゴォォォォ……

マットブラックが本部へ降り立つ。

ハッチが開くと同時に医療班と待機していた隊員達が動き出した。

「透析患者搬送急げ!!」

「ストレッチャーこっち!」

「車椅子準備!」

住民達が次々と機体から降ろされていく、その中で蒼志と渚も患者の引き継ぎへ走っていた。


「透析患者2名、バイタル安定!」

「受け入れ開始!」

慌ただしく動く医療班の様子を確認した蒼真はマットブラックの座席から立ち上がろうとして――ふらついた。

「……っ」

ほんの一瞬で誰も気付かない程だった。

蒼真の呼吸は少し浅く早い。


「座れ」

蒼真は小さく眉を寄せる。

声の主は白石だった。

「大丈夫だ」

「嘘つけ」

即答だった。

蒼真が何か言い返そうとした瞬間。

「SpO₂、91」

いつの間にか戻ってきていた蒼志の声が飛ぶ。

端末の表示を確認しながら蒼志が険しい顔をしていた。

「総統」

「大丈夫だ」

「91です」

「大丈夫だ」

「91です」

同じ返答を繰り返す父親に蒼志が額を押さえた。

渚が思わず苦笑する。

白石も機体へ上がって来た。

モニターを確認した瞬間、白石の表情がわずかに歪む。

「神代」

「まだ1往復だ」

蒼真は白石を見る事もなく言うと白石の顔がさらに険しくなる。

「だからなんだ」

「あと2回飛ぶ」

「飛ばねぇ」

「飛ぶ」

「飛ばねぇ」

機内の空気が凍る。

住民搬送で慌ただしい筈なのに今だけは誰も動けなかった。

「酸素上げろ」

蒼真の言葉に蒼志が息を呑んだ。

白石も一瞬だけ黙ったが、それ以上何も言わずに酸素流量の調整を行なった。

シュー……

高濃度酸素の流量が一段階上がると蒼真は深く息を吸い込む。

蒼志は白石の手元を食い入るように見ていた。


父を診る医者として。

総統を支える医療班として。

そして、息子として。


「……覚えたか」

白石が小さく呟くと蒼志は静かに頷いた。

「はい」

その返事を聞いた白石は小さく息を吐く。

やがて最後の住民搬送が終わる。

黎明本部前に再びローター音が響き始めた。

第二便。

まだ終わらない。

蒼真は再びマットブラックの窓の向こうを見つめた。

孤立した住民。

第一。

帰れなくなった人達。

その全てがまだ向こうに居る。

シュー……

高濃度酸素マスクの奥で静かに息を吐いた。

「……行くぞ」

それは総統の声だった。



ゴォォォォ……

再び夜の山間部へ向かうマットブラック。

機内には先程までの慌ただしさは無かった。

全員が分かっていた。

これで終わりではない。

まだ半分も帰せていない。

蒼真は窓の外を見つめたまま通信を続けていた。

「孤立集落の残人数確認」

『住民15名』

「第一」

『全員無事だ』

蓮の短い返答に蒼真は小さく頷く。

その時だった。

シュー……

シュ……

蒼志の眉が僅かに動く。

呼吸音。

さっきより荒い。

蒼志は何も言わずモニターへ視線を落とした。

SpO₂ 93

酸素流量を上げた状態での数字だった。

「……総統」

「なんだ」

「苦しくないですか」

蒼真は少しだけ考えたが「苦しい」と答えた。

蒼志と渚が固まったのを見て、蒼真は続けた。


「でも…飛べる、まだ帰せる…ッ…」

言うとまた酸素を蒼真は深く吸い込んだ。

その様子に蒼志は何も言えなかった。


医者としては止めたい。

でも、総統としての判断は間違っていない。

だから、止められない。



ゴォォォォ……

やがて再び孤立集落が見え始めた。

蓮と第一は既に住民達をまとめ終えていた。

マットブラックが着陸するとすぐにハッチが開く。

「第二便開始!」

先程まで苦しい。と呟いていたのと同じ人とは思えない程、まっすぐ通る声だった。

住民が搭乗しやすいように蒼真はマットブラックから一度降りる。

だがその瞬間、ほんの一瞬だけ蒼真の足が止まったのに蓮だけが気がついた。

「……蒼真」

低い蓮の声に蒼真は振り返らずに返す。

「なんだ」

「帰ったら寝ろ」

蒼真は少しだけ笑った。

「寝る」

「嘘つけ」

「バレたか」

そんなやり取りをしながらも蒼真は雨の中へ出て、第一が住民を乗せる様子を見つめる。

住民達は蒼真の姿を見ると不安の色が目から消えて行く。


不安や焦り、恐怖が

全てが少しだけ和らぐ。

この人が居れば、きっと大丈夫。


乗り込んだ住民の子供達はマットブラックに目を輝かせていた。


それを見て蒼真は――まだ行ける。

だから、まだ飛ぶ。

その判断が。

数時間後、全員を凍り付かせる事になるとも知らずに。

蒼真が再びマットブラックへ乗り込むと第二便が本部へと飛び立った。



ゴォォォォ……

ローター音が響く機内では乗り込んだ子供達が蒼真に目を輝かせていた。

シュー…と酸素の音を響かせる、銀髪の総統。

1人の男の子が蒼真から離れようとしなかった。

男の子の母親が引き離そうとしたが、蒼真はそれを断り男の子を抱き寄せていた。


「総統さん、雨って何でこんなに降るの?」

「……ぇ、知らない。君は知ってる?」

「知らない!」

「じゃあ、同じだな」

無邪気な男の子に微笑むその顔は、蒼志には父の顔にしか見えず、俯いた。


父が子供好きなのは知っている。

苦しいはずなのに、その様子を見せない父に蒼志は拳を握った。


「ねぇ総統さん。なんで髪の毛こんな色なのー?」

「うん、それはおじさんも知りたいわ」

「知らないの??」

「生まれつきなんだよ」

「でも、お洋服やこのマスクは黒なの?」

「……君、すんごい喋るね」

ハハッと蒼真は笑いながら男の子の頭を右手で撫でてやる。

「お手て、震えてるよ…?飛行機怖いの?」

蒼真は一瞬、返答に悩んだ。

後遺症から疲れると震え出す右手を見つめると小さく息を吸い言葉を出した。

「……そっ。多分、怖い」

「変なのー!」

男の子は無邪気に笑う。

その様子に蒼真は薄く笑った。


“後遺症”なんて言っても子供には伝わらない。

落ち着いているのに怖がらせるかもしれない。


蒼真の優しさだった。

その姿を見て1番驚いたのは蒼志の隣に座る渚だった。

雨で濡れて、首元に張り付いた髪を払いながら渚は蒼志に問いかける。

「……総統って…子供好きなんですか?」

俯いていた蒼志は顔をゆっくりあげると口を開く。

「大好き」

まだ喋り続ける男の子と父を見ながら蒼志は心配そうな表情をしていた。

「総統のイメージ崩れた…良い意味で。ずっと怖いのかなって思ってた」

「羊羹食う人がずっと怖いわけないだろ」

「おい、コラ。聞こえてる」

蒼志と渚のやり取りが蒼真の耳に入り、蒼真が少しだけ目を細めて蒼志を見つめた。

「ねぇ総統さん!子供居るの?何人!?」

「3人いるよ。…ッ…そこの黒髪のお兄ちゃん、おじさんの子供。あとさ、お家の方にもおじさんと同じ髪の色のお兄ちゃん居ただろ?」

蒼真が僅かに咳き込んだのを蒼志は見逃さなかった。

「いたー!あのお兄ちゃんね、かっこよかったんだ!」

「……そうか」

「でも、なんか怒られてた!」

男の子の最後の一言に蒼真は思わず吹き出すと、蒼志と渚も肩を震わせていた。

「総統さん!」

「ん?」

「黎明って、かっこいいね!お母さんがね、黎明なら絶対、助けてくれるよって言ってた!」

「……うん。帰すよ」

男の子はマットブラックの本部到着まで喋り続けるのを辞めようとしなかった。

ずっと蒼真を見ながら目を輝かせ、降機する頃には「大きくなったら、ぼくも黎明に入る!」と言っていた。

そんな男の子の頭に蒼真は手を置き、微笑んでいた。


第二便、降機後、燃料補給をし蒼真と蒼志、渚は再びマットブラックに搭乗し最後の往復飛行へと入った。


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