第66話 What We Carry
「律、お前の意見は分かる」
静まり返る会議室の中、蓮はゆっくりと口を開いた。
全員の視線が自然と蓮へ集まる。
24年間、神代蒼真の隣に立ち続けた男。
いや19歳の黎明入隊から数えれば41年だ。
共に走り続けてきた、その補佐官が何を語るのか。
誰もが息を飲んでいた。
「駿は優秀だ」
蓮は迷いなく言った。
「指揮能力もある。判断も早い。現場経験も十分だ」
蒼真も律も何も言わずに聞いていた。
蓮は蒼真の意見を否定しているわけではない。
実際、蓮自身も駿を高く評価している。
だからこそ、悩んだ。
だからこそ、蒼真と衝突した。
「総統として必要な能力だけで見れば、駿は最有力候補だろうな」
会議室にいる誰もが異論を挟まない。
それは事実だった。
能力だけなら。
実績だけなら。
黒崎駿は十分に次期総統を名乗れる人材だ。
だが───。
「俺が見ているのはそこじゃねぇ」
蓮はそう言って資料を閉じた。
静かな音だった。
だが、その音だけで空気が変わる。
蒼真は腕を組んだまま何も言わなかった。
分かっている。
蓮が何を言おうとしているのか。
誰よりも理解している。
だから黙っている。
「黎明は軍じゃねぇ」
蓮は変わらない静かな声で続けた。
「能力が高い奴を上に置けば済む組織じゃない」
奏が僅かに目を細めた。
やはり、蓮も自分と同じ所を見ていたと奏は理解した。
「俺達が守ってきたものは何だ」
誰に向けた問いでもない。
蓮自身が、そしてこの場の全員な答えを知っている問いだった。
「命だ」
その一言に迷いはなかった。
「帰る場所だ」
会議室は静まり返る。
「俺達が命を繋いで来た意味は何だ」
そう言うと蓮の視線は隣の蒼真へ真っ直ぐ向いた。
逃がさない。
そんな視線だった。
「次の世代へ繋ぐ為だろ」
蒼真は黙ったままだった。
だが蓮は止まらない。
止まる気もなかった。
今日だけは。
今日だけは蒼真に嫌われてもいい。
総統に睨まれてもいい。
24年間、隣にいた補佐官として。
黒瀬蓮としてやらなければならない事があった。
「だから俺は神代悠真を推す」
蒼真は蓮の言葉を聞き終わると、腕は組んだまま椅子の背もたれへ体を預けた。
分かっている。
悠真にも総統の資質がある事くらい。
だけど、神代が黎明を継ぐのを何とか切りたかった。
「悠真は……まだ若いだろ」
反論はそんな言葉しか出てこなかった。
能力的に否定する事は出来ない。
他に否定出来るものを探した。
「悠真も29歳だ。ガキじゃねぇぞ…その為の7年だろ」
蓮の言葉は鋭かった。
やはり、どんなに突破口を探しても見つからない。
「……奏」
「はい」
「本当に…お前が渡すなら、悠真なのか」
「蒼真さんが俺を信用しきってくれたように、俺も悠真を信用しています」
奏はまっすぐ蒼真を見ていた。
そして、何より…。
総統ではなく、蒼真さんと呼んだ。
総統としてだけではない。
蒼真自身に奏が訴えかけている事が分かってしまった。
「……分かった」
蒼真は静かにそう言うと、小さく息を吐いた。
1度だけ目を閉じると、蓮を見た。
蓮の目も変わらない。
揺るがない物を感じる。
「次期黎明総統は、神代悠真とする」
蒼真の言葉に、会議室は静まり返った。
誰もすぐには口を開かなかった。
24年間、黎明を率いてきた男が下した決断。
それがどれだけ重いものか、この場にいる全員が理解していたからだ。
蓮も何も言わなかった。
反論も確認もしない。
蒼真が口にした時点で、それはもう決定事項だからだ。
やがて奏が小さく息を吐き、律も肩の力を抜いていた。
「……これで総統は決まりですね」
幹部の誰かが呟いても他の誰も異論はなかった。
悠真が次期総統、その結論に会議室は確かに辿り着いたのだ。
だが───
まだ終わっていない。
律は手元の資料へ視線を落とした。
「残るは補佐官です」
その一言で空気が再び張り詰める。
総統が決まった今。
次に決めるべきは、その隣に立つ人間だった。
次期黎明総統補佐官候補。
黒崎謙。
神代蒼志。
蒼真は腕を組み直すと口を開いた。
「ここで意見を変えて悪いが、悠真が総統ならば、俺の補佐官案を変更させてもらう。補佐官は黒崎駿だ」
蒼真の言葉に会議室にどよめきが起きた。
蒼真が会議中に意見を変える事など、今までになかった事だった。
蓮は何も言わず静かに資料へ目を落とした。
だが、先程までとは違う。
今度こそ本当に意見が割れる議題だった。
奏は嫌な予感しかしなかった。
律も同じだった。
総統人事でさえ冷戦状態だった2人だ。
補佐官の話になれば、どうなるかなど考えたくもなかった。
そして何より、ここから先は能力の話だけでは済まない。
24年間、総統と補佐官として歩んできた怪物達だからこそ。
譲れないものがあった。
「それでは───」
律が会議室の空気を切り替えるように、静かに口を開いた。
「補佐官候補についての意見をお願いします」
会議室の空気が、再び動き始めた。
「……ねぇ、何時間?」
「3時間」
「げ、昼じゃん」
「……腹減ったなぁ…」
候補者達4名は待機命令のまま、会議室前廊下に待ち続けていた。
9時過ぎに呼ばれ、3時間…12時だ。
最初こそはソワソワと落ち着かなくなかったが、ここまで来ると4人とも椅子に座ることしかやる事がなかった。
「……ダメだ。マジで腹減った…俺、弁当買ってくるよ!みんな何がいい?」
悠真の発言に3人は目を丸くした。
だが、誰も空腹には勝てなかった
それぞれのリクエストを聞くと、悠真は売店へと走っていった。
「悠真って本当に元気だよな…」
「待機命令なのに動いて大丈夫なのか?」
「うーん……父さんなら、食える時に食えって言いそうだし、大丈夫じゃない?」
「確かに」
蒼志と黒崎兄弟は悠真の帰りを待ちながら、中で行われている会議について話し始めた。
「俺はさ、この4人なら誰が総統と補佐官になっても異論ないんだよな」
謙だった。
廊下の反対側の壁を見つめながらぽつりと呟いた。
「俺も。だって全員の性格もだし、能力だって問題ないんじゃないかなって思うし。まぁ蒼志は意外だけど」
駿が蒼志を見ながら呟いた。
元々、医療の蒼志。
総統や補佐官は全体統括の立場になるからこそ、医療側の蒼志が残っている事に驚いていたのだ。
「総統と補佐官になりたい訳じゃないし、医者は続けたいよ。でも、それだけじゃ候補者を降りる理由にもならないのかなって…」
「本当に蒼志って真面目だよ…」
駿の言葉に蒼志は笑った。
自分が真面目なのはよく分かっているつもりだったが、人に言われるとやっぱり照れくさい。
けれど、認めてくれてる様な気持ちになれた。
「誰が総統と補佐官になっても、俺はその2人を支えたいな、奏さんや律さん…葛城さん達がそうだったようにさ」
駿の言葉はまっすぐだった。
それは蒼志も同じだった。
4人とも名誉も地位も何も欲していないからこそ、”支える”という言葉が自然と出てくる。
そして、今の上層部を見てきたからこその言葉だ。
「買ってきたよ!」
息を切らしながら悠真が弁当を買ってきてくれ、4人は肩を並べ、弁当を食べ始めた。
「俺は次期補佐官案も、補佐官の案に同意します」
まだ、どよめきが残る会議室で迷わずに声をあげたのは奏だ。
今日の奏はいつもと違うと蒼真は感じていた。
嫌われてもいい、それでも自分の意見は言わせてもらうという強い意志が奏から感じられていたのだ。
「……奏お前、蓮とグルか」
「違います」
蒼真の問いかけに即答した奏に何人かが吹き出しそうになった。
蒼真は気にせずに奏に鋭い視線を向けていた。
「俺は俺の意見を言ってるだけですよ…悠真が総統なら補佐官は蒼志しか有り得ないと思います。止まって考えられる悠真…それを支え切れるのは蒼志しか居ないです」
奏の言葉に蒼真は少しだけ俯いた。
そして、律が口を開く。
「俺も────補佐官案を支持します」
律の言葉を聞いた瞬間、蒼真は顔を上げて律に鋭い視線を向けた。
その視線に律は背筋が凍った。
奏に続いて、お前まで敵に回るのか。
というような蒼真の視線だった。
しかし、律もここで止まる訳には行かなかった。
「蒼志なら、悠真を止め切れます。駿は遠慮が出るでしょうから。それは今まで見ていて分かります」
はっきりと律の声が会議室に通る。
律の言葉に蒼真の拳が握られていた。
「蒼志は医者だ…統括者じゃない…」
蒼真の声は少しだけ震えているように聞こえた。
蒼真は知っている。
どうして、蒼志が医者を目指したのか。
その夢の為にどれだけの努力をしてきたのか。
全て見てきたからこそ、ここで終わりにさせたくない。
そして、既に神代当主まで背負わせている。
これ以上、背負わせたくない。
「……蒼志は医者なんだ」
同じ言葉を蒼真は静かに落とすと、スーツのジャケットを脱いだ。
やけに会議室が暑く感じられた。
室温なのか、外の気温なのか。
それとも────。
息子を守りたい自分の熱さなのかは分からなかった。




