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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第6章 受け継ぐもの

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第65話 A Promise of Their Own

翌朝。

「……本当に来なかったんだ」

運転席で蒼志は思わず呟いた。

助手席では蒼真が腕を組んだまま窓の外を眺めている。

いつもなら蓮が迎えに来る時間で、蓮の個人の車に蒼真は当然のように乗り込み、本部へ向かう。

それが何年続いているのかも分からない程、当たり前の光景だった。


だが今日は違う。

本当に来なかった。


「だから言っただろ」

蒼真は窓の外を見たまま答える。

「いや……来ると思うじゃん」

「来んなって言った」

「言ったけど」

蒼志は苦笑した。

あのメッセージを見てしまった身としては、蓮が本当に来ないとは思わなかった。


『逃げんなよ』

『殺すぞ、クソ蓮』

『死ね、クソ蒼真』


あのやり取りは普段の2人の軽口のやり取りでないことは分かった。

蓮からの”逃げんなよ”というメッセージの意味は分からないが…何か重大な事のように感じた。

蒼志がちらりと助手席を見ると蒼真は相変わらず不機嫌そうだった。


「……父さん」

「なんだ」

「何があったの」

「別に」

即答する蒼真はまだ窓の外を眺めていた。


別に。


その言葉を信じる人間は恐らくこの世にいない。

だが、これ以上聞いても父は答えないだろう。

蒼志はそれ以上聞く事を諦め、車を走らせた。



蒼志はまだ知らなかった。

今日、怪物達が本気でぶつかり合う事など。

そして────。

自分の人生が大きく変わる日になるなんて。




AM9:00 黎明本部庁舎・第1会議室

会議室内には総統である蒼真、補佐官の蓮が長テーブルを囲んで中央に着席。

それはいつもの着席位置だ。

いつもと変わらないはずだった。

しかし、2人は目を合わせる事がない。

蒼真は蓮の方向を見ようともせず、蓮は目をつぶっていた。

その様子に奏と律は胃痛を既に覚えていた。

他の幹部達も2人の重たい空気をすぐに感じ取っていた。

2人が冷戦状態なのは誰が見てもすぐに分かってしまった。


しかし、どうにか会議を進めないといけない。

奏は意を決して声を出した。


「……それでは…候補者達の方を呼び出します」


恐る恐る奏が言うと、蒼真も蓮もただ頷く。

返事はしてもらえた、と奏は安堵した。

そして候補者4名へメッセージで呼出をおこなう。


黒崎駿、黒崎謙、神代悠真、神代蒼志 各位

第1会議室前に集合し、待機。


ただ、それだけ。

内容は一切、伝えずに呼び出せと奏は蒼真から伝えられていた。4人同時に呼べば内容は分かるだろうという判断でもあったからだ。

メッセージを送り終えると律が立ち上がり資料の表題を読み上げた。


「それでは…次期黎明総統、並びに総統補佐官の任命会議を始めさせていただきます。なお、候補者4名の詳細資料は、タブレットに共有しております。任命者予定名と選定結果はお手元の資料をご覧ください。………神代総統と黒瀬補佐官お2人、別々の資料となります」


律が告げると、幹部達は書類を捲り始めた。

数秒、いや数十秒。

紙を捲る乾いた音だけが会議室には響いていた。

蒼真はまだ腕組をしたまま、真っ直ぐ前を見据えている。

蓮は閉じていた目を開け、資料を捲る幹部達に視線を向けていた。

そして────。

資料を読み終えた幹部の1人が口を開いた。


「……つまり、お二人の意見が割れた…という事ですね」

「意見が割れた事への感想は求めない。お前達がこの選定結果を見て、どう考えるか俺は知りたい」

答えたのは蒼真だった。

普段通りの声で、怒りも何も感じさせない静かで、でもしっかり通る声だ。


次期黎明総統 任命候補者

【神代蒼真 推薦】

黒崎 駿

【黒瀬蓮 推薦】

神代 悠真


次期黎明総統補佐官 任命候補者

【神代蒼真 推薦】

黒崎 謙

【黒瀬蓮 推薦】

神代 蒼志


会議室の空気ははりつめていた。

これまで蒼真と蓮が総統と補佐官に就任して24年、2人の意見がここまで割れることはなく、同じ方向を向いて来ただけに、幹部達は息を飲んだ。

そんな張り詰めた空気の中、声をあげたのは奏だった。


「……次期総統が黒崎駿、その総統の意見も俺は理解します。ですが…補佐官の神代悠真の案を押します」

蒼真をしっかりと見ながら奏は言葉を落とした。

機嫌の悪い蒼真だが、零式統括機の運用規定案を出した時よりはマシだった。

ここに答えがどちらになるかが書かれているからだ。

そして、自分が悠真を押す理由もちゃんと説明出来るはずだと、奏は思っていた。

静まり返る会議室の中、奏は一度だけ息を吐いた。


「俺は統括室部長を長年任されていました。現場よりも、本部から全体を見る事の方が多い」

そう前置きしてから蒼真を見る。

「駿は優秀です。指揮能力も判断力もある。総統として必要な資質も十分にあると思っています」

蒼真は何も言わずに奏の言葉を聞いていた。

「ですが、俺は悠真を見てきました」

奏は静かに続けた。

蒼真の表情は怒っている顔ではなく、真剣に聞いてくれている顔だと分かった。

ならば、恐れることは無い。


「昔の悠真なら反対していました」

その言葉に幹部達も僅かに頷く様子があった。

「無茶をする、抱え込む、自分を後回しにする。正直、総統に向いているとは思っていませんでした」

蒼真の視線が僅かに動く。

「でも今は違います」

奏は迷わなかった。

「仲間を信じる事を覚えた。任せる事を覚えた。支える事も支えられる事も覚えた。そして、何より……悠真は止まって考えられるようになりました。総統あなたが俺に預けた零回線、もし俺が誰かに渡すのであれば、それは神代悠真しか俺は考えてません」

そして、奏は息を大きく吸うと蒼真の目を真っ直ぐ見て伝えた。

「黎明の理念を継ぐなら、俺は神代悠真だと思います」

奏の声に、会議室は静まり返った。

長年、蒼真を慕って来た奏が反旗を翻したも同然なのだから、他の幹部達もなんと言ったらいいのか分からなかったのだ。

蒼真は何も言わず、奏を見つめていた。


そんな中、次に声を上げたのは律だった。


「俺は総統の案を支持します」


蓮は律の発言に僅かに目を見開いたが、反論する事はなかった。

むしろ想定の範囲内。と言いたげな表情を見せた。


律に幹部達の視線が一気に集まった。

奏があれだけ言い切った後だ、律が臆する事はなかった。


「俺は第一にいました」

短くそう告げる。

「だからこそ、駿がどれだけ現場に出てきたか知っています」

律は迷わなかった。

「指揮能力、判断力、統率力。どれを取っても申し分ありません」

第一副隊長だった男だからこそ、その言葉には重みがある。

「総統という役職は、時に国を背負う事になります」

律は資料へ視線を落とした。

「その責任を考えた時、俺は黒崎駿を推します……現段階では」


蒼真が律の言葉に初めて小さく頷いた。

それを見た奏は苦笑いしていた。

やっと味方が現れた。

そんな顔だった。



第1会議室前にはメッセージによって呼び出された候補者達4人が、落ち着きなく扉の前で歩き回ったり、用意されていた椅子に座ってみたりと各々がソワソワしていた。


「……俺たち4人が呼ばれたって事はさ…」

「次期総統と補佐官の会議だよな、これ…」

「ついに決まるんだな」

「でもさ……待機だろ?……長くない?」


呼び出しを受けてから既に1時間が経過していた。

時折、何か聞こえないかと悠真は扉に耳を当ててみたりもしたが、ボソボソとしか話し声は聞こえず、内容までは拾えなかった。


「……で、これ待機して…今日の仕事サボり扱いにならない?」

「ならないんじゃない?」

何故かサボりの不安を覚え出す謙に蒼志がケロッと答える。

上層部からの呼び出しだ。

サボり扱いされる訳はない。

ただ、問題なのは…既に1時間、いつまで待つのか分からない事だけが蒼志は不安だった。

椅子に腰を下ろすと、悠真が隣の椅子へ腰を下ろした。


「蒼志、覚えてるよな」

「もちろんだろ。忘れる訳ないだろ」



若手の訓練の参考に資料庫で過去の訓練資料を探していた時にたまたま見つけた1枚の写真だった。

それは────。

ライフルを構える父の写真。


黎明にはライフルは愚か、警棒すら存在しない。

救助組織なのだから、当たり前だと思っていたのだ。

だが、写真の中の父はライフルを構えていた。

兄なら何か知っているかも知れない。と悠真は蒼志の元に行き、写真を見せた。

写真を見た時の表情で、何も知らなかった。という事がすぐに分かった。

それから2人で何か知っていそうな人を探した。

父達の若手時代から黎明に残る人物を。

だが、残っていても自分達とは接点のない人ばかりでなかなか写真の事を聞くのは難しかった。

父にあまり近すぎる人は避けたかったが、律を捕まえる事に成功した。


「……律さん、黎明に銃の文化ってないですよね…。どうしてこんな写真が…」

写真を律に差し出す悠真の手は少し震えていた。

律は驚いた様子がなかった。

「いや、昔はあったよ…訓練生で射撃訓練もしていたよ」

嘘を言うつもりなどないとでも言うように律ははっきりそう言った。


────もしかして、父さんは

銃で人を撃った事があったのだろうか…。


「でもね、蒼真さんが総統に就任して、武力放棄したんだよ…黎明は帰す組織だ、だから今後、黎明は如何なる紛争にも参加協力する事はない。って」

「……それって…理念の為って事ですよね」

「そう。当時は古参幹部と揉めて大変だったらしいよ、俺は第一に居たから詳しく知らないけど…あ、第一特務隊だってそうだよ。元々は第一特務遊撃隊だったのを蒼真さんと蓮さんが古参幹部を何とかねじ伏せたって聞いた」

「遊撃隊…って…」

律の話に悠真と蒼志は目を見開いていた。

知らなかった。

第一の名前が改変されていたことも、武力放棄の事も。


「元々、黎明は裏仕事なんかを請け負ってた組織だったみたいだからね…夜明け前に存在する必要悪みたいな…」

「夜明け前の…必要悪…。あの、律さん」

「ん?」

悠真は一歩、踏み出すと拳を握りしめて口を開いた。


「……総統…父さんは……銃で人を撃った事はあるんですか」


写真を見つけた時から怖かった。

あれだけ命を繋ぐ、帰す。と言う父がもしも、人の命を奪っていたとしたら…。

俺は何に憧れたと言うんだ。

父は罪悪感で今、全員、帰す。と言っているのかもしれないなんて、考えたくないが…。


律は悠真の様子に小さく息を吐いた。

悠真の考えが読めてしまったのだ。


「蒼真さんは、射撃も狙撃も得意じゃなかったよ。だから、制圧現場でも先行突破担当、拳で切り抜ける人だったって。銃やナイフ持った犯人相手にさ」

馬鹿だよねぇ。と律は小さく笑うと続けた。

「俺も射撃訓練があった時代だけど、殆ど使う事はなかったよ。それに、黎明が引き金を引く時は本当に凶悪犯とか、どうしても制圧に必要な時だったよ」

その言葉を聞いた悠真の拳の力が抜けた。

その様子を見て、律は分かってもらえたならいい。と言い残し、その場から立ち去っていった。


「蒼志……良かった、父さん…」

「……まぁ確かに驚いたよ…でも、武力放棄って父さんらしいなぁ」

蒼志は笑った。

自分も確かに驚き、もしかしたら。と思ってしまった。

言いたくない過去を隠しているのではないかと。


でも────違った。

やっぱり父は父だった。


「ねぇ……俺か蒼志の2人でさ、総統と補佐官になったら、やりたい事が出来たんだ」

「……やりたい事?」

「律さん、黎明は夜明け前に存在する必要悪だったって言ってた。でも裏仕事なんて今の黎明はやってないし…」

「悠真、それ父さんと蓮さん…いや幹部のみんな反対するかもよ?」

「それでも、やりたい。協力してくれよ、蒼志」

「……2人が揃って任命されたらな」

「約束」

「うん、約束だ」



あの日、兄弟で交わした約束を

果たす日が来た。


夜明け前の必要悪だった組織は

本当の夜明けを迎えようとしていた。




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