第64話 The Reason We Stayed
「しかしさぁ……次期総統と補佐官っていつ決めるんだろうな…」
交通事故の消防からの救助要請から本部に戻ると謙が隊室でぽつりと呟いた。
総統教育が始まってすでに7年が過ぎていた。
基本的な事はほぼ終わったのではないか、と候補者達も思っていた。
その7年のうちに候補者から外れた者もいた。
日向だ。
第一特務隊の隊長を退き、幹部に昇格後、総統や補佐官よりも外部との調整役としての期待を持たれていた。
葛城が黎明を去り、その後任の奏が日向の第一隊長としての実績から統括室部長に推薦したのだ。
「まぁ確かに長いよなぁ…悠真なんか聞いてない?」
「なんも」
第一隊長と副隊長には黒崎兄弟が任命され、悠真は2人の補佐的立ち位置、そしてかつて蒼真が行っていた全部隊の統括責任者となっていた。
副隊長だった本城は訓練所の教官として訓練生を育てている。
次期総統と補佐官の決定については悠真が蒼真に聞くこともなければ、蒼真が話す事もなかった。
そもそも、蒼真が辞めそうな様子もない。
あの体で仕事をどうして続けているのかも分からないが……。
父は誰に言われても自分が決めるまでは辞めないだろう。
「7年もやってると待たされてる感覚は強いけどな…」
「まぁ決まったら、終われるしなぁ。その後が地獄だとは思うけど」
「俺ら3人と蒼志……まぁ誰がなってもさ、今までの実績も統括力も誰も文句はないだろうけど」
「……それで悩んでるのかもね、もしかしたら」
俺たちは出口のない洞窟にいる感覚だ。
行き着く場所は分かっているのに、出口の光がまだ見えて来ない。
それは現上層部も悩んでいるという事でもあるのだろう。
隊室の空気はどこか重かった。
誰が総統になるのか。
誰が補佐官になるのか。
その時は確実に近付いているのに、答えだけが見えなかった。
不意に隊室の扉が開いた。
「お疲れ様です」
入ってきたのは蒼志だった。
3人は自然と蒼志へ視線を向けた。
蒼志も候補の一人だ。
「なんだ?」
視線に気付いた蒼志が首を傾げる。
「いや……」
謙が苦笑した。
「次期補佐官候補のお出ましだなって」
「やめろよ…」
即答する蒼志は本気で嫌そうな顔をしている。
「なんで嫌なんだよ」
「責任が重い」
「それは全員一緒だろ」
「でも、蒼志が補佐官と行動する事多いし…補佐官が蒼志の事入れたって言ってたじゃん」
「理由はいまだに言われてないよ。それに補佐官との行動が多いのは、総統の体調の聞き取り」
笑いながら答える蒼志に3人は同情の視線を向けていた。
担当医として総統を診ている蒼志だが、蒼真はどうしても無理をする。
蒼志が常に蒼真の傍にいる訳にもいかず、蓮に自然と聞き取りするようになっていた。
その時、再び扉が開いた。
「騒がしいな」
聞き慣れた低い声に全員が振り返った。
蓮だった。
蓮は書類の束を抱えたまま隊室へ入り、空いている席へ腰をおろすと、書類の振り分けをし始めた。
「補佐官」
「ん?」
「一つ聞いていいですか」
謙の声に蓮が顔を上げた。
「なんだ」
「次期総統と補佐官って、なんでまだ決まらないんです?」
隊室が静かになった。
誰もが気になっていた事だった。
蓮はしばらく候補者達を眺めていたが、小さく息を吐く。
「簡単な話だ」
「?」
「お前ら全員、能力は足りてる」
一同が固まったが、蓮は淡々と続ける。
「統括能力もある。実績もある。現場経験も十分だ」
「じゃあ……」
「だから決められねぇんだよ」
候補者達は顔を見合わせた。
意味が分からない。
そんな様子を見た蓮は少しだけ苦笑した。
「お前らさ」
「はい」
「総統って何だと思う?」
突然の問いに、父を見てきた悠真と蒼志は答えられなかった。
2人にとって蒼真は総統であり、父だ。
総統。
「黎明の頂点で…国家の最高指揮官…」
口を開いたのは駿だった。
誰もがそう思っている。
黎明の全員も国民も。
だが蓮は首を横に振った。
「違う」
「え?」
「それは肩書きだ」
蓮の視線が候補者達を真っ直ぐ見据える。
「蒼真も俺も、肩書きの為にここに残った訳じゃねぇ」
蓮の言葉で隊室から音が消えた。
「じゃあ……何の為に?」
悠真が思わず問い掛けた。
確かに、父はよく「黎明は英雄を作る機関じゃない」と言う。
それでも不思議だった。
総統室に飾られている感謝状が。
英雄の証のように見えていたのだ。
蓮は悠真の問い掛けに一瞬だけ目を細めた。
どこか懐かしいものを見るように。
「約束だ」
蓮の声は静かだった。
「約束……?」
「そうだ」
その一言だけ残して蓮は書類へ視線を落とした。
しかし候補者達は誰一人として納得していなかった。
約束とは何なのか。
誰との約束なのか。
そして、なぜそこまでして守り続けるのか。
その答えをまだ誰も知らなかった。
────この国を、守る。
誰も、死なせない。
地位も名誉も金もいらない。
だけど、一度破ってしまった約束を守りたかった。
その約束を守り続ける為に、総統の椅子が必要だった。
守る為には続けるしかなかった。
それが、こんなにも長い間続くなんて、19歳のガキは分からなかったんだ。
総統室の窓を眺めながら、蒼真は首元のドッグタグを触っていた。
───チャリ…。
気が付けばこんなにも長い間、その重みはずっとそこにあった。
蒼真は窓から視線を外すと机の上に置かれた2枚の書類に視線を落とした。
肺移植説明書
次期総統、補佐官任命について
どちらも避けて通れない物なのは自分自身がよく分かっている。
肺移植の説明書は定期診察の後に蒼志に渡された物だった。
何度も何度も拒み続けてきた現実を蒼志に突き付けられた。
気持ちは変わっていなかった。
自分で決めて手術台に乗るのは、やっぱり怖い。
蒼真は移植説明の紙を静かにファイルに入れると鞄へとしまい込んだ。
今は自分より、次の総統と補佐官だった。
机の上の書類は蓮が作成した物だ。蒼真は机の引き出しから、全く同じ表題の書類を取り出した。
引き出しから出した物は自分が作成した物だ。
そして2枚を見比べ、小さく息を吐いた。
「……クソ蓮」
明日の会議で次期総統と補佐官が決まる。
しかし、この書類を見る限り…他の幹部達の意見も割れて来るのは確実だろうと蒼真は思った。
ープルル….。
第一特務隊で蓮や悠真達と話していた蒼志のスマホが着信を知らせた。
着信表示────父さん。
勤務時間中に蒼真から着信など珍しかった。
しかも、黎明の専用端末ではなく、個人のスマホにだ。
自分の目の前には蓮がいる…体調でも悪くなったのかと、蒼志は急いで電話に出た。
「父さん、どうしたの?」
『今日、帰り乗せてけ』
「は?だって、蓮さんが送ってくれるでしょ…俺、今日終わるの多分、遅いよ」
『何時でもいい。総統室で待つ』
蒼真はそれだけ言うと通話を切ってしまった。
切れた表示画面と蓮を蒼志が交互に見ると、蓮が書類から顔をあげて口を開いた。
「なんだった」
「……帰り、乗せてけって…」
「そうか」
蓮の言葉が余りにも静かで、焦りも何も感じられなかった事に蒼志は2人が喧嘩でもしたのかと思った。
いや…この2人が喧嘩なんてするのだろうか…。
黙々と書類を振り分ける蓮を見ながら、黒崎兄弟と悠真も何かが起こり始めているのを感じていた。
「ただいま」
「おかえり、じぃじ!」
「ああ」
家に着いても、蒼真の様子はどこかピリピリしている。
紬が声を掛けたのに明らかにいつもとテンションが違う。
そんな様子が気になり、麗華が蒼志に声を掛けた。
「何かあったの?蒼志と帰って来るなんて珍しいし」
「いや、分かんない…でも、蓮さんと喧嘩してるっぽい…」
「喧嘩してねぇ」
蒼志の声が聞こえた蒼真は即座に否定したが、機嫌は悪そうだ。
眉間に皺が寄っている。
蒼真はスマホを取り出すとメッセージを打ち、送信する。
────ブブッ。
数秒で返信が来て、返信するとまたすぐに返信が来たようだ。
2回目の返信には返さず、蒼真は画面もそのままにスマホをテーブルへと放り投げて、トイレへと向かったようだった。
「……本当に機嫌悪いわね、蓮ね」
「だよね…」
数秒、考えた麗華。
良くないことではあるが、そのままになっている蒼真のスマホを覗く事にした。
蒼真
『明日、迎えに来んな』
蓮
『逃げんなよ』
蒼真
『殺すぞ、クソ蓮』
蓮
『死ね、クソ蒼真』
画面を覗いた麗華と蒼志は思わず吹き出しそうになったが、何とか堪えた。
国を背負う男達のメッセージのやり取りが、余りにも子供的だった。
何が理由なのかは分からない。が、間違いなく2人は喧嘩状態に近いようだった。
「蒼志、明日の朝も送ってくれ」
「うん、分かった」
トイレから戻った蒼真が告げる。スマホを見てしまった事は黙っておくことにした。




