第61話 While the Sky Is Blue
会議が終了すると白嶺町役場前に用意された車で、蒼志と蓮は町職員達と共に最初の視察先へ向かっていた。
「こちらが第一避難所になります」
案内されたのは町立体育館だった。
災害発生時には約2000人を受け入れる想定となっている。
館内へ入ると備蓄倉庫や簡易ベッド保管場所、医療スペース予定区域などが説明されていく。
蒼志は資料と実際の施設を見比べながら歩いた。
「医療班の受入場所はここですか?」
「はい」
職員が指し示した一角を確認すると蒼志は周囲へ視線を向け、搬入口、水道、電源、全ての導線を確認していく。
医療班として確認すべき項目は多いが命を繋ぐためには全てが重要事項だ。
「酸素供給車両が入る場合、この通路幅で足りますか?」
「確認します」
職員が慌ててメモを取る横で、蓮は別の資料へ視線を落としていた。
「避難所運営責任者は」
「町職員3名です」
「3名だけですか」
即座に返ってきた蓮の言葉に職員は言葉を詰まらせた。
「発災初期は人員不足になる。代行者まで決めておいてください。ここ第一避難所は避難開始と共に混乱に陥る可能性も考えられます。配置人員は多めに」
「……承知しました」
蓮は短く頷いた。
厳しいが間違ってはいない。
大規模災害では予定通りに人は動けないからこそ、代替手段が必要になる。
そして、災害という非日常に集まった人間はパニックを起こす。
一通り確認を終えると一行は再び車へ乗り込み、次の目的地である白嶺湖西側へと向かった。
白嶺湖西側はヘリ着陸候補地点の1つとなっている。
車窓の向こうには穏やかな白嶺湖が広がっており、国内でも有数の透明度を誇り、観光客に人気のスポットだ。季節は夏に差し掛かり、湖畔浴を楽しむ観光客の姿も見えた。
本当に噴火するのだろうか。
そう思うほど平和な景色だった。
現地へ到着した蓮は周囲を見渡すなり、すぐに口を開いた。
「狭いな」
職員達が振り返ると蓮は地面へ視線を落としたまま続けた。
「零式統括機は垂直離着陸が可能だが、他のヘリが着陸、離陸が困難だ」
蓮の言葉に蒼志も周囲を見回した。
問題はヘリだけではない。
「救急車と消防車両…自衛隊車両も入ったら一杯ですね」
「そうだな」
蒼志の言葉に蓮は静かに頷いた。
災害時、ヘリは一機では終わらない。
救助、医療搬送、物資輸送等で複数機が飛び交う事になる。
その為の余裕が無かった。
「第2候補地も確認します」
蓮の声に町職員が慌てて答えた、その時だった。
蒼志の持つ通信端末が音を鳴らした。
蒼志が端末画面を見つめると、そこには見慣れた名前と文章が表示されている。
神代蒼真総統———オンライン通信要求。
蒼志は思わず溜息を吐いた。
補佐官である蓮が現地視察を行っているのだから、わざわざオンラインで参加する事もないだろうに、と思ってしまう。
「……また、総統です」
「だろうな」
蓮は当然だろうと分かっていたような口ぶりだった。
そして、通信を取ると聞こえてきた第一声は予想通りだった。
『ヘリ着陸地点見せろ』
蒼志はまた深く溜息を吐いた。
そんな蒼志を横目に蓮が口を開いた。
「第一候補地、狭い」
『だろうな』
「これから第二候補地へ移動だ」
『第二候補地の方が広い。国道も近いからそっちをヘリ離着陸、車両集合場所にしといたほうがいい』
「……総統、なんでわかるんですか」
『昨日、地図見たから』
当然のように返ってきた言葉に、蒼志は額を押さえた。
「現地には来たことないですよね」
『ないな』
「……ですよね」
即答する蒼真に蒼志がまた息を吐くと隣では蓮が小さく笑っていた。
『地図と衛星写真見れば大体分かる』
「分かりませんよ、普通は」
『分かる』
「分かりません」
『……そうか』
一瞬、考るような間の後、納得したような声が返ってきたが全く納得していないだろうと蒼志は確信した。
そのやり取りを聞いていた町職員達は困惑した表情を浮かべている。
総統と医療班班長が会話しているはずなのに蒼志の様子が想像していたものとは少し違ったらしい。
もっと厳格で重々しいやり取りを想像していたのだろう。
だが現実は違っていた。
医療班は平然と総統へ苦言を呈し、総統は平然と聞き流す。
そして何故か話は成立している。
「第二候補地まで何分ですか」
蓮が話を戻すと町職員は慌てて返事をした。
「あ、はい。車で10分程です」
「行きましょう」
車は再び走り出した。
窓の外では白嶺湖が陽光を反射し、美しく輝いている。
穏やかな風が吹く青い空。
湖畔では観光客の笑い声も聞こえていて災害の気配など何処にも無い。
だが、だからこそ蓮は窓の外を見つめながら静かに呟いた。
誰に向けた言葉でもなかった。
「……こういう時ほど、来る」
蒼志は何も答えなかった。
分かっている。
大災害の前触れは、いつだって静かだ。
———本当に危険な時ほど、空は青い。
車内の後部座席で蓮と蒼志は次の資料の確認をしていた。
蒼志が避難所運営計画へ目を通している横で、蓮は別の資料を開くと助手席の職員へ質問を投げかけた。
「除雪車両は何台保有していますか」
突然の質問に職員が後部座席を振り返り、不思議そうな顔をしながら答えた。
「除雪車ですか?」
「はい」
蓮は資料へ視線を落としたまま続けた。
「冬季噴火の場合、降灰と積雪が重なる可能性があります。主要道路の確保に必要です」
町職員は慌てて資料をめくった。
「町保有が7台、委託業者保有が12台です」
「ホイールローダーは」
「5台です」
「民間協力体制は」
「建設業協会と協定を結んでいます」
蓮は職員の答えに小さく頷いた。
白峰山周辺は豪雪地帯だ。
噴火災害だけを考えれば足りない。
冬季であれば道路除雪。
降灰が始まれば灰の撤去。
重機は避難路確保にも使用される。
災害対応では救助隊だけでなく、重機が命を繋ぐ事も少なくない。
「協力業者の連絡網を後で確認させてください」
「承知しました」
職員が返答すると、蓮は資料へ目を落としたまま次の項目へ進んだ。
「燃料備蓄量は」
「こちらです」
質問は途切れることなく、蓮がこの移動時間を1秒も無駄にしないようにしていることが蒼志にはよく分かった。
蒼志は隣でそんな様子を見ながら手元の資料へと視線を落とした。
医療班である自分が酸素や医療資機材を確認するのと同じように蓮は蓮で、災害時に動く全ての戦力を確認している。
救助隊、消防、自衛隊。
そして———重機。
どれ一つ欠けても、大規模災害は乗り越えられない。
火山噴火は蓮や蒼真にとっても初めての経験の災害になる。
だからこそ、2人は全員を帰す為に、備えを怠らない。
21年前の大地震で黎明の、父の備えた独立回線や電源…そして、神代家と総統室を繋ぐ回線。
あの日…母の声が聞けてどれほど自分が安心したか———
暗闇でも耐えれたのは、神代家に整備された回線のおかげだった。
予定されていた視察内容を終えた頃には白嶺湖の湖面は夕日でオレンジ色に染め上げられていた。
地元住民には天鏡湖とも呼ばれるだけはあるな、と蒼志は自分のスマホを取り出した。
この景色を、渚と紬に見せてやりたい。
そんな思いを込めて、蒼志はシャッターを切った。
———水と大地が育む、白嶺町。
その水は空を移し、時代と人を繋ぐ。
帰る場所が、ここにある。




