第59話 What Do You Want to Protect?
悠真は喫煙所のベンチへ腰を下ろしたまま、しばらく何も言えなかった。
父の黒歴史を聞かされたはずなのに、何故だろう。
少しだけ胸が苦しかった。
「……蓮さん」
「ん?」
蓮は新しい煙草へ火を点ける。
「父さんって……」
悠真は言葉を探した。
強い。
優しい。
凄い。
そんな言葉はいくらでも出てくる。
だけど、今は違う。
「父さんって、最初から総統だったんですか」
蓮は煙を吐きながら吹き出した。
「なんだその質問」
「いや……」
悠真は苦笑する。
「なんか分かんなくなって」
統括室で見た蒼真は全員を見ていた。
現場も医療班も搬送も帰路も、その先まで。
あまりにも遠い。
あまりにも高い。
自分が目指している背中なのに、近付けば近付くほど遠ざかる。
そんな気がした。
「俺には無理だなって」
ぽつりと零れた本音だった。
蓮は何も言わず、ただ静かに煙草を吸っている。
「助けたい気持ちはあります。現場も好きです。でも……」
悠真は俯いた。
「父さんみたいになれない」
煙が流れていく。
しばらく沈黙が続いた後だった。
蓮は短く笑うと口を開いた。
「当たり前だろ」
「え?」
悠真が顔を上げると蓮は呆れたように肩を竦めた。
「蒼真になれるなら、俺がなってる」
思わず悠真は吹き出した。
「それは……そうですね」
「だろ」
蓮は灰を落とす。
「俺だって40年以上一緒に居るが、未だに意味分からん時あるぞ、あいつ」
「補佐官がそれ言います?」
「言う」
即答する蓮に悠真は思わず笑った。
久しぶりに少しだけ肩の力が抜けた気がした。
そんな悠真を見ながら、蓮は静かに続ける。
「そもそもな」
煙の向こうで、蓮の目が少しだけ真面目になる。
「歴代総統なんて、みんな違う」
「……違う?」
「あぁ」
蓮は空を見上げた。
「天音さんは天音さんだったし、蒼真は蒼真だ」
そして――
「悠真は悠真だ」
その言葉に、悠真は何も返せなかった。
喫煙所にはしばらく沈黙が流れた。
何も喋らない悠真を見て、蓮は口を開いた。
「次の総統がお前に決まった訳じゃないし、まだ蒼真も辞めるつもりもねぇけどな」
蓮は悠真の隣に腰を下ろすと、悠真の目を覗き込んだ。
その目は真剣で、悠真は息を飲んだ。
「お前は何に悩んでる」
蓮の言葉に悠真の目が揺れた。
核心を突かれた。
悠真はそう思った。
────何の為に、ここに来たのか。
「……俺、救助員の父さんに憧れたんです…でも、近づいたと思うと、また離れる…あの背中に追いつかないんです。…総統候補って言われても…総統の父さんに憧れた訳じゃないし…教育受けてても、俺……何しにここに来たのか分からなくて…」
そう言うと、悠真は俯いた。
全て本心だった。
兄にも話した事はなかった。
でも、幼い頃から自然と家に居た蓮には素直に言うことが出来たのが不思議だった。
蓮は少しだけ目を細めた。
「そうか」
それだけだった
否定も肯定もしない。
悠真はそんな蓮の反応に苦笑いするしかなかった。
「情けないですよね」
「別に」
即答する蓮に悠真は驚いて顔を上げた。
「俺も似たようなもんだった」
「え?」
「俺も最初は天音さんみたいになりたかった」
思わぬ名前に悠真は目を瞬いた。
「でもな」
蓮は短く笑う。
「なれなかった」
「……」
「当たり前だ。天音さんは天音さんだからな」
そう言うと蓮はタバコを1本出し、咥える。
「蒼真もそうだ」
火をつけてひと吸いすると煙を吐いた。
「誰も蒼真にはなれねぇ」
その言葉には妙な重みがあった。
40年以上誰より近くで父を見てきた男の言葉だった。
「でもな」
蓮は悠真へ視線を戻す。
「蒼真が目指したのは、自分のコピー作る事じゃねぇぞ」
悠真は息を飲んだ。
「……え?」
「あいつが守ろうとしてんのは、多分、帰る場所だ。だから、全員、帰す。なんだろうな」
蓮は静かに言う。
「人でもいい。家でもいい。仲間でもいい」
そして少しだけ笑った。
「だからお前が目指すもんは、蒼真じゃねぇ」
「お前は何を守りたい」
その問いに悠真は言葉を失った。
何を守りたくて、何の為にここへ来た。
総統になる為か。
父を超えたいからか。
違う。
もっと前だ。
もっと昔だ。
まだ子供だった頃。
仕事から帰って来た父が笑って、母に語る。
今日も帰せた。
それを聞いて、母が微笑んでいた。
蒼志と喧嘩して、華凛が泣いて、みんなが居た。
────俺の1番大切な、守りたいもの。
それは………..。
「……家族、ですかね」
気付けば自然と口から零れた悠真の言葉に、蓮は小さく笑った。
「あぁ」
そして灰皿へ煙草を押し付ける。
「だったら十分だ」
「え?」
「それが分かったなら、ここに居る理由になる」
そう言うと蓮は立ち上がり、喫煙所の扉に手を掛け振り返った。
「悠真、人を助けたいと思った気持ちを捨てんな。あとな、蒼真は総統になりたくてなった訳じゃねぇ」
その言葉に悠真は息を飲んだ。
ずっと父は総統になりたくてなったのだと思っていた。
「必要だったからだ」
蓮は知っている。
誰よりも知っている。
隊長だった蒼真も。
副隊長だった蒼真も。
15歳のシルバーモンキーも。
全部見てきた。
そして、覚えている。
総統と補佐官に決定した時の約束も
19歳の約束も。
「だから勘違いすんな」
蓮の声は静かだった。
「総統になりたい奴が総統になるんじゃねぇ」
そして、真っ直ぐ悠真を見つめて言葉を落とした。
「帰したい奴が総統になる」
悠真は何も言えなかった。
胸の奥が熱くなった。
ずっと分からなかった。
何を目指せばいいのか。
何になればいいのか。
でも今、少しだけ見えた気がした。
父を目指さなくていい。
神代蒼真にならなくていい。
「……俺は」
悠真は小さく呟く。
「俺のままでいいんですか」
「今さら何言ってんだ」
蓮は鼻で笑った。
「お前は神代悠真だろ」
それだけだった。
でもその言葉は誰の言葉よりも重かった。
蓮はそのまま、喫煙所から出て行った。
残された悠真は煙がまだ残る喫煙所で蓮の言葉が頭に響き続けていた。
“お前は神代悠真だろ”




