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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第5章 残された約束

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第56話 The End of an Era


会議室は静まり返っていた。

誰一人として言葉を発しない。

奏の言葉が、まだ部屋の中へ残っているようだった。


『全員、帰す為の機体なんです』

『総統も帰ってきてください』


蒼真は俯いたまま、服の上からドッグタグを握り締めていた。

細いチェーンが僅かに軋む。

その小さな音だけが静かな会議室へ響いていた。

蓮は何も言わなかった。

奏も、律も、葛城も、誰も蒼真の返事を急かさない。

その沈黙が数十秒にも数分にも感じられた頃――。

蒼真が小さく息を吐いた。


「……奏」

その声には、先程までの鋭さはなかった。

ゆっくりと顔を上げた蒼真は、真っ直ぐ奏を見つめた。


「お前、いつからそんな生意気になった」

会議室の空気が少しだけ緩み、肩の力を抜く者、息を吐く者がいたが、奏は背筋を正したままだった。

「総統が育てたからです」

即答する奏に一瞬だけ蒼真の目が丸くなる。

その様子を見た葛城は堪えきれず小さく吹き出した。

「……はっ」

蓮も肩を震わせ、小さく笑い、律も思わず口元を押さえた。

蒼真は呆れたように頭を掻く。


「……口だけは達者になりやがって」

「ありがとうございます」

「褒めてねぇよ」

そう返した蒼真だったが、その口調にはもう先程までの険しさは残っていなかった。


「……奏」

蒼真はゆっくりと椅子へ深く座り直すと会議室中の視線が集まる。


「規程変更案……全部は飲まねぇ」

その言葉に奏の肩が僅かに落ちた。


やはり駄目か――。

そう思った、その時だった。


「ただし」

蒼真は机の上へ肘を置き、静かに続けた。


「補佐官承認、統括室部長承認……ここまでは認める」

奏が顔を上げた。

律も思わず目を見開く。

葛城は静かに腕を組んだまま頷いていた。

「だが、第2権限者、第3権限者搭乗での運用は修正だ」

「修正……ですか?」

「あぁ。」

蒼真は大型モニターへ映る運用案へ目を向ける。

「俺が搭乗出来ない災害はある。医療班の承認も元々必要だ、けどな、誰かの限定搭乗は認めない」


第2権限者、又は第3権限者搭乗での運用。

それは自分に搭乗制限を掛けても、蓮か奏が必ず搭乗しなければ飛べないと言うことだ。

ここまで来て、搭乗者を限定する必要はあるのか。

それが蒼真の考えだった。


「その時の判断だ。誰が飛んで誰が残るか。責任は誰か個人に限定して押し付けるもんじゃねぇだろ」


その言葉に奏は小さく息を呑んだ。

やっぱり、この人は最後まで総統だった。

誰か一人へ責任を押し付ける人ではない。

自分が飛べない時ですら。

責任だけは自分が背負おうとしている。


「修正して持ってこい」

短い一言だった。

奏は数秒黙ったあと、しっかりと蒼真の目を見て返事を返した。


「……はい!」


その返事は、今までで一番力強かった。

すると静かだった葛城が、ようやく口を開いた。


「奏」

「はい」

「合格だ」

奏は驚いたように葛城を見ると葛城は優しく笑っていた。

「総統へ言いにくい事を言える奴じゃなきゃ、第3権限者なんて務まらん」

「今日のお前は、ちゃんと統括室部長だった」

その言葉を聞いた奏は、小さく頭を下げた。


胸の奥が熱くなる。

長年追い続けてきた背中に、ようやく少しだけ近づけた気がした。


その翌日、零式統括機の運用規定は正式に改訂され、一週間後に本部全体へ通達が回った。



総統搭乗時の運用

総統が零式統括機へ搭乗する場合、以下の承認を必要とする事を新規定とする。

一、補佐官の承認

二、統括室部長の承認

なお、総統本人の判断のみでの搭乗は認めない。

総統不在時の運用

総統が搭乗できない場合においても、災害対応上必要と認められる場合は、零式統括機の運用を認める。

搭乗者及び運用判断は、その都度統括室において協議・決定するものとし、特定の個人へ搭乗責任を限定してはならない。

第4条 搭乗者の選定

災害規模、現場状況、医療体制及び統括体制を総合的に判断し、最適な搭乗者を選定する。

搭乗者の決定は組織全体の責任とし、特定個人へ責任を集中させない。

理念

零式統括機は、総統だけの機体ではない。

救助隊員、医療班、統括室、そして要救助者。

全員が帰るための機体である。

搭乗の可否は「飛べるか」ではなく、

「全員を帰せるか」を基準として判断する。


「堅苦しいな…」

「お前が承認したんだろ」

「奏にあそこまで言われたらな…」


別に奏だったから承認したわけじゃない。

奏に頼まれたから断れなかったんじゃない。

ただ、奏は思い出させてくれた。

自分が忘れていたことを。

律だったとしても同じことを言われれば、承認していただろう。

長年、一緒に戦ってきた奏がここまで育っていた。

もう、奏は後輩と呼べる立ち位置の人間ではないのかもしれない。


——コンコン。


総統室の扉が叩かれると、返事をするよりも早く、葛城、白石、雨宮の3人が夕日の差し込む部屋の中へ入ってきた。

3人の表情はどこか晴れやかだ。

背負ってきた責任をその背中から下ろしたような。

——今日が3人の黎明、最後の1日だった。


蒼真と蓮は椅子から立ち上がると3人の前に並んで立った。

そして、ゆっくりと蒼真は3人の顔を見ていく。


19歳で第一特務遊撃隊に配属され、この3人が見守ってくれた。

自分達を育ててくれた。

色々な事を教えてくれた。


「葛城先輩、白石先輩、雨宮先輩……お疲れ様でした」


蒼真はそう言うと3人へ深く頭を下げた。


「本当にお世話になりました」


蓮もそう言うと3人へ深く頭を下げた。


「おいおい、総統様と補佐官様が頭下げんなよ」

頭を下げる2人に白石は吹き出していた。

「お前ら気持ち悪いな…」

雨宮は顔を引き攣らせていた。

「まぁ…大変だったけど、楽しかったよ」

葛城は少しだけ微笑んでいた。


蒼真と蓮が頭をあげると3人の表情はめんどくさい後輩の世話がやっと終わった。という表情に変わっていた。

どんなに時間が流れようと、どんなに立場が変わろうと。

組織を変えていこうとも。

かつての第一特務遊撃隊は確かに黎明にいた。

そして、明日から居なくなる。


———また、時代が終わっていく。




「いらっしゃいっ!……お前らやっと来たのかよ~」

いつもの大将の声。

明るくて、聞くと不思議と笑顔になる。

それも……今日が最後だ。


「でも、ありがたいね~。閉店の日に常連たちも来てくれて……」

「そりゃ、来ないわけない」

「俺らも最後だったし」

葛城と白石がそう答えると、大将は照れ臭そうに頭を掻いた。


「ほらほら!今日は貸切だから好きな所座れ!」

店の中を見渡せば、既に何人もの人の姿があった。


誰かが声を掛けた訳ではない。

それでも自然と集まっていた。

――最後だから。

それだけで十分だった。


「蒼真」

名前を呼ばれた方を見ると、麗華がいた。

「もう来てたんだ」

「うん。あ、椅子どける?」

「…いや、椅子がいい」

蒼真がゆっくりと車椅子から立ち上がり、麗華の向かいに座ると蓮が車椅子を片付け、葛城達と隣のテーブルに座った。

大将はそんな様子を見ながら、大鍋の火加減を確認しながら、厨房から声をはる。


「今日はサービスだからな!最後くらい腹いっぱい食って帰れ!」

「最後って言うなよ、大将。明日から俺はどこで飯食えばいい」

白石が少しだけ困ったように笑った。

その言葉に、一瞬だけ店内が静かになったが、大将がそんな空気を笑い飛ばした。


「閉店って言ったら閉店!」

「え~」

大将は、いつもの笑顔だった。

湯気だけがゆっくりと立ち上り、賑やかな店内の誰もが分かっていた。

この店は第一特務遊撃隊が終わるその日まで待ってくれていた。

時代が終わりを迎えるその日まで。


そして、いつものやり取りが始まっていく。

笑い声が広がる。

最後だからこそ。

誰も涙では終わらせようとはしなかった。


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