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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第5章 残された約束

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第51話 Out of Rhythm

国家予算会議は順調に進んでいた。

火山活動監視予算、広域搬送体制の為の黎明の予算、さらに各省庁との調整。

蒼真もいつも通り資料を捲り、質問に答え、必要な部分では補足説明を加えていく。


「現在の想定避難者数は約——」

蒼真が説明を続けると官僚達も真剣に耳を傾けていた。

その姿はいつもと変わらない。


変わらないはずだった。


資料を捲ろうとしたまま蒼真の指が止まっていた。

ほんの数秒、それだけだった。

だが蒼志は見逃さなかった。

蒼真は何事も無かったかのように次のページを捲り会議は続く。


「神代総統、火山灰対策と火山ガスの対応についてですが、この酸素マスクと言うのは…」

「……はい」

返答はいつも通りに聞こえたが、少しだけ間があった。


蒼志は隣の蒼真の顔を見る。

顔色は悪くなく、呼吸も大丈夫そうに見えた。

だが、ほんの一瞬。

蒼真が胸元を気にする仕草を見せた。


誰も気付かない動き。

国側は誰も分からない。

しかし、蒼志だけが気付いた。

昔から父を見て育ってきたからこそ。

そして、もう一人。

蓮も異変が起こったことに気が付いた。

左隣から資料を見ていた蓮は視線だけを蒼真へ向ける。


蒼真は気付かない振りをしている。

気付いているのにその上で無視している。

蓮は小さく息を吐いた。

蒼真自身も分かっているはずだが、重要な会議の途中。

まだ半分も議題は終わっていない。

無理やり何かを抑え込もうとしている。



——脈がおかしい。

飛ぶ…いや、飛ぶだけじゃない。

速い。

胸の奥で心臓が暴れているような感覚だ。

冷や汗が背中を伝っていく。

だが、重要な会議中だ…止まる訳にはいかない。


「総統?」

葛城も異変に気が付き声を掛けたが、蒼真がすぐに返事をしなかった。

数秒の沈黙の後で何事もないように返事を返した。

「……あぁ、悪い」

蒼真はそう言うと再び資料へ視線を落とした。

その時だった。


——ドクン。


嫌な感覚が胸を突き抜けた。

視界が一瞬だけ揺れ、息が吸いづらい。

違う。

いつもの呼吸苦じゃない。

何かがおかしい。


蒼真自身がそう思った。

蒼志は完全に異変を察知していた。

資料から目を離さないまま静かに声を掛けた。

「総統」

「……なんだ」

「会議止めます」

「…止めねぇ。この会議…なんだと思ってんだ…っ」


即答する蒼真だがその声には余裕が無かった。

その声を聞き、蒼志が静かに立ち上がると蓮も同時に立ち上がり口を開いた。


「会議の一時停止をお願いします」


会議室の空気が変わった。

首相も官僚達も言葉を止め、何事だ…と立ち上がった2人へと視線が向く。

蒼真は蓮を見上げ、睨みつけながら弱く声を出した。

「おい…」

「総統、退席してください」

蒼真に降ってきたのは、蓮ではなく蒼志の医者の声だった。

「……しねぇ」

「退席です」

「………」


蒼真は反論しようとして初めて言葉を失った。

また、脈が飛ぶ。

心臓が暴れ出しそうになっているのを感じる。

冷や汗が頬を伝った。


蒼真の顔色は誰が見ても分かる程落ちていた。


「……」

それでも蒼真は椅子の肘掛けを握った。

しがみつく様に、退席を拒んだ。


しかし、蒼真の心臓は言うことを聞いてくれなかった。

脈がおかしい。

飛ぶ、速くなって、また飛ぶ。

嫌な感覚だった。

今までの不整脈とは違って呼吸も浅くなって行くのを感じた。

冷や汗が止まらない。


「総統!」


蒼志がもう一度強く呼ぶが、今度は返事をしなかった。


返事をする余裕が無かった。


「蒼真」

蓮も静かに声を掛けると蒼真は小さく舌打ちした。

蓮が静かな声の時は本気の時だからだ。


最悪だ。

この二人に気付かれた。


「…ッ…大丈夫だ」

「大丈夫じゃない!顔色真っ白です」

「元から白い…」

「そういう問題じゃねぇんだよ、神代!」

葛城も立ち上がり、蒼真を退席させようとしていた。

首相も官僚達も完全に会議どころではなくなっていた。

ざわつきが会議室を支配していた。


その様子に蒼真はついに観念してゆっくりと立ち上がろうとした。

その瞬間、視界が揺れる。


「……っ」

足に力が入らない感覚…いつもの事だと一歩、踏み出そうとして身体が傾いた。

「だから言ってんだろ」

蓮が即座に蒼真の肩を支えると同時に蒼志も反対側へ回る。

会議室が更にざわついた。

「総統!」

「大丈夫ですか!?」

若手官僚達が立ち上がり出すのを見て蒼真は顔をしかめた。

「騒ぐな……」


話せてはいる。

しかし、支えている肩から伝わってくる脈のリズムが滅茶苦茶だ。

本当にまずい。

蓮もそれを理解した。


「蒼志」

「はい」

「連れてくぞ」

「はい」

蒼真は何か言おうとしていたが言葉は出てこなかった。


——胸が苦しい。

脈が滅茶苦茶だ。

冷や汗が首筋を流れていく嫌な感覚…。


「医務室は!?」

蒼志が会議室へ向かって叫ぶと若い官僚が勢いよく手を上げた。

「あります!」

「案内お願いします!」

「こちらです!」

「葛城さん、車のトランクに医療キットが積んであるのでお願いします!」

「分かった」

「蓮さん、高濃度酸素は?!」

「ここにある。持ってく」

「お願いします!」

蒼志が指示を飛ばすその姿はいつもの現場の医療を統括する姿のようだった。


会議室の扉が開かれると葛城はすぐに車へと向かった。

蓮と蒼志は蒼真を会議室の端に置いていた車椅子へ座らせる。

その瞬間、また蒼真の心臓が暴れる。


「…ッハ…クッソ…」


もう、隠せなかった。


胸の奥で暴れている心臓を抑え込もうと蒼真が右手で胸元を抑えた。

呼吸も完全に乱れて、冷や汗も止まってくれない。


「急ぎます!」

蒼志の声と共に若い官僚と蓮と蒼志は車椅子を押しながら足早に会議室を後にする。



国家予算会議は黎明4名の退席により完全に停止した。

残された官僚達は呆然としていた。

その中で若手官僚が小さく呟く。

「……総統って」

隣のベテラン官僚が苦笑した。

「すげぇ人なんだけどな」

「はい」

「見てると怖いだろ」

若手官僚は無言で頷いた。



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