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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第5章 残された約束

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第50話 As Long as He Stands

「次は黒瀬のカルテな」

白石の一言に蒼志は本気で帰りたくなった。

だが、担当医として逃げる訳にもいかない。

蓮のカルテも蒼真と同じく閲覧制限がかけられていた。

父を診るということは同時に蓮も診るということなのだ。


「……見ます」

覚悟を決めて端末を開いた。

患者名・黒瀬 蓮。

カルテを開いた瞬間、蒼志は固まった。


「…………」

「どうした」

「……肺がん」

「肺がん」

白石が頷く。

「肺がん」

蒼志はもう一度復唱した。

「肺がん」

「だから肺がんだって」

白石が呆れる。

「なんで普通に仕事してるんですか」

「蓮だから」

「理由になってませんよ、それ…ぇ、外部でオペ…」

蒼志は頭を抱えながらページを進めた。

そして出てくる蓮の数々の怪我を知り、胃がキリキリと音を立てた気がした。

骨盤骨折。

多発骨折。

40m滑落。


「…………」

蒼志は椅子の背もたれに背中を預けると天井を見上げた。

診察室に沈黙が流れた。


こっちも自分の想像を簡単に越えてきた。


「白石先生」

「なんだ」

「この人も、なんで生きてるんですか」

「知らん」

「知らないんですか」

「生きてた」

「そういう話じゃないです」

白石は肩を震わせながら笑っている。

「いやぁ……懐かしいな。滑落の時さ、心肺停止までしたんだぞ、黒瀬」

「懐かしくないです」

蒼志は即座に突っ込みつつ、カルテを読み進める。

入院、リハビリ、経過観察。とここまでは普通だった。

そのあとが問題だった。


禁煙指導。

禁煙指導。

禁煙指導。

禁煙指導。


「…………」

蒼志の視線が止まった。

「白石先生」

「ん?」

「禁煙指導多くないですか」

「多い」

「なんでですか」

「吸うから」

「でしょうね」


即答する蒼志はカルテを閉じる。

いや、閉じたくなったが、そのまま開いておいた。


「……俺、この人達の担当医やるんですよね」

「そうだな」

「なんで引き受けたんだろう……」

本気で後悔し始めた蒼志を見て白石は笑う。

「大丈夫だ」

「何がです?」

「黒瀬は神代より楽だ」

「本当ですか」

「本当」

蒼志が少し安心した瞬間。

白石は続けた。

「禁煙以外はある程度言うこと聞くから」

「安心出来なかった…」


がっくりと肩を落とす蒼志に白石は笑っていた。

白石の笑いはどこか背負ってきたものを降ろしたような。

少し安心した雰囲気だった。

診察室の扉が開いたのはその時だった。


「終わったか」

戻ってきたのは蓮1人だった。

蒼志は無言で蓮を見ると蓮も無言で見返す。

数秒の沈黙を破ったのは蓮だった。


「……なんだ」

「肺がん患者」

「そうだな」

「滑落」

「したな」

「骨盤骨折」

「したな」

「禁煙指導」

「聞いてない」

「聞けよ!」


思わず蒼志が叫ぶと白石は腹を抱えて笑っていた。

蓮は少しだけ目を細めると、椅子に腰を降ろした。


「まぁ……生きてるだろ」


その一言に蒼志は言葉を失った。

父も。

蓮も。

白石も。

ずっと同じ景色を見てきたのだろう。

普通なら終わっていてもおかしくない怪我。

普通なら諦めてもおかしくない病気。


それでも。

立ち続ける。

帰し続ける。

その背中を見てきたからこそ。

白石も笑うのだと分かってしまった。


蒼志は大きく息を吐いた。

「……俺、本当に胃薬欲しいです」

「出してやる」

「保険通ります?」

「通らん」

「やっぱりか……」

その日。

神代蒼志の胃痛はさらに悪化した。


「あ、蒼真に俺の肺がんの事は言うなよ、蒼志」

「え…父さん知らないんですか?蓮さんオペもしてるし休んだりとかあったんじゃ…」

「入院する。ってだけ伝えた」

「はぁ……」

「めんどくせぇじゃん、あいつ」


何かを隠していることは蒼真は分かっていて何も自分に聞いてこない。

蒼真が聞かないのなら、別に言う必要もない。

そもそも、言う必要なんて、探したところでどうにもならない。

そして———自分の体の不安も盛りだくさんの蒼真に蓮は自分の不安を背負わせたくはなかった。


蓮は小さく息を吐き目を伏せると「俺もバカかもな…」と小さく呟いた。

その言葉に白石も蒼志も何も返さなかった。

いや、返せなかった。

蓮はそのまま椅子から立ち上がると診察室の扉に手をかけ、蒼志を振り返った。


「……蒼志、今日の官邸予算会議、同席だろ。行くぞ」

「あ…はい!」

「正面駐車場で待ってるから、スーツ着て来いよ」


蓮は診察室を後にし、蒼志はバタバタと着替えに向かっていく。

1人診察室に残った白石は静かにモニターのカルテを眺めながら呟いた。


「帰し続け、立たせ続けて良かったよ…」


そう呟くと白石は静かにカルテの画面を閉じた。

その瞬間、やっと白石は担当医という荷物を降ろした。



正面駐車場で車の前で待つ蓮を見つけ、蒼志は小走りした。

「すみません、お待たせしました」

「遅い」

「着替えてたんですよ」


蓮はそれ以上何も言わず後部座席に乗れと指さし、運転席に乗り込んだ。

車内には既に後部座席に蒼真が、助手席には葛城が座っていた。

蒼真は鼻カニューレを付けたまま資料へ目を通していた。


「おう」

「父さん」

蒼志が乗り込むと蒼真は一瞬だけ顔を上げたが、すぐに資料へと視線は戻った。

その中で蒼真だけは資料へ視線を落としていた。

今回の予算会議は火山活動が活発化して来たことから、噴火を見据えた対策の国家との最終の予算会議だった。

目を通す資料は山ほどある中で、蒼真は予算獲得の為にどう返答していくべきか再度、頭の中で全てを組み立てる。

そんな真剣な蒼真に蒼志は声を掛けた。


「総統」

「……ん」

「会議中、体調悪くなったら言ってください」

蒼志の言葉に蒼真は小さく眉を上げた。

蒼志が自分を父さんではなく、総統と呼んだ。

息子としてではなく、担当医として言ってきたことはすぐに分かった。

「ならねぇよ」

「なります」

「ならねぇ」

「なります」

「……お前、麗華…いや、蓮に似てきたな」

「よく言われます」


即答する蒼志に葛城が吹き出し、運転する蓮の肩を叩いた。

「お前だってよ」

蓮は嫌そうな顔をしながら黙っていた。

そして、バックミラーに映る蒼真を見る。


昔より少し痩せた輪郭。

薄くなった頬。

以前より遅くなった動き。

蒼志が気付いた事など、とっくに蓮も気付いている。

今日の蒼真の体調があまり良くないことも。


それでも蒼真はまだ立つ。

だから自分も立つ。

それだけだった。


官邸へ到着すると職員達が出迎えた。

「神代総統、お待ちしておりました」

「どうも」

蒼真は車から降りて立ったまま軽く頭を下げて、車椅子へ移る。

その動作を蒼志は無意識に見つめていた。

慎重になった立ち上がり。

わずかなふらつき。

隠しているつもりだろうが、医者の目は誤魔化せない。


「蒼志」

「はい」

「そんな顔するな。数字で殴るぞ」

橘から受け継いだ言葉を不敵に笑いながら落とした。

でも、その言葉はどこか重かった。


「行くぞ」

蓮が言葉と共に車椅子を押し始めた。

長い廊下の先の国家予算会議の会議室に蒼真達が入室すると若い官僚達がざわついた。

総統の右隣に蒼志が着席する。いつもならその位置は補佐官の場所であるのに。

補佐官は何の問題もないという雰囲気で総統の左隣へ、葛城は蒼志の隣へと着席した。

予算会議に蒼真たちが若手を連れてきたのは初めてのことだったからだ。


面影がどこか総統と似ている青年。

何事かと思うのも当然だった。


「……あの人って」

「神代総統の息子らしい」

「息子さん?」

「第一医療班班長だって」

「えっ…医者?」

小さなざわめきが広がっていたが、蒼真も蓮も葛城も何も気にしていなかった。

蒼志だけが、初めての国家会議に緊張していた。


「それでは会議を始めさせていただきます」



首相の一言で国家予算会議は始まった。





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