第48話 A New Sun Rises
「ちなみに、この件は内密で頼む」
そう言うと律は立ち上がり、資料のページを指定し話し出す。
「教育の内容だ。明日から各自スケジュール調整を行い、参加するように」
「……これ講師…総統と補佐官と葛城さんしかいないじゃないですか。奏さんと律さんは現状の担当部署のみ…」
日向が疑問に思い質問すると葛城が返した。
「俺達の代の総統教育は、俺達3人しか受けてないんだ」
「ぁあ…それで…」
葛城の説明に納得した日向は再び資料へと目を落としだす。
しばらく、会議室は資料を読み込み、ページを捲る乾いた音だけが響いていた。
蒼志はどうして自分なのか分からず困惑し、資料の内容が頭に入ってこない。
悠真は”国家予算”、”出資者”の文字を見て混乱し始めている。
日向と黒崎兄弟は予定されている定例会議の多さを見るだけでも頭がパンクしそうになっていた。
それそれが資料に目を通す中、口を開いたのは蒼真だった。
「……おい、蓮」
「なんだ」
「俺の当番多くねぇか」
「そりゃ、総統だからだ」
「代われよ。お前も分かる内容じゃん」
「いや、どうせ一緒にいるだろ。……奏、この資料お前か」
「俺です」
「今から差し戻すぞ、バカが」
蓮の一言に思わず候補者達が吹き出すと会議室の空気が少しだけ緩んだ。
蒼真は溜息を吐くと再び口を開いた。
「まぁとりあえず…あれだな」
「あれだな」
「あれだ」
蒼真の言葉に蓮と葛城が頷くと3人の声が重なった。
「「「予算獲得は、数字で殴れ」」」
真顔で真剣な3人の視線に候補者達は、ぽかんと口を開けた。
いや、蒼志だけははっとした顔をした。
それは幼いころ、書斎から聞こえて来た父の声。
『クソ官僚ども…次は見てやがれ…数字で殴ってやるぞ』
なにか良からぬことでも計画しているような父の声に蒼志は布団に戻ったのを覚えていた。
「数字で殴ってやるってそういう事…」
蒼志が肩を落としながら呟くと悠真は訳が分からないという顔をしていた。
日向と黒崎兄弟も悠真と同じ反応を見せていた。
「数字で殴れは重要だぞ」
葛城が真顔で候補者達に告げ。
「橘さんの教えだ」
蓮は腕を組みながら頷く。
「数字で殴れには何度助けられたか…」
蒼真は遠い目をして呟いていた。
3人の表情には蒼真の総統就任当時の苦労が滲み出て見えるようだった。
「あー…総統教育って…どちらかというと予算獲得訓練ですか」
蒼志が資料を眺めながら口を開くと蒼真が蒼志に視線を向け口を開いた。
「流石、医者」
理解が早い。と蒼真は口に出そうとして、出さなかった。
いや、出せなかった。
口に出してしまえば、蒼志の候補者としての順位が上がってしまう可能性があったからだ。
「…俺そういうの苦手だわ…」
「脳筋」
「いや…俺らも厳しいよ…」
がっくりと肩を落とす第一の面々に蒼志は少しだけ笑った。
もちろん、自分も好きな訳ではない。
ただ、なんとなく、父の仕事の一端を垣間見ることが出来たのは嬉しいことだった。
父が何を背負い、守り続けてきたのか。
いや——今も守っているのか。
その後も資料の確認等を行い、次期総統候補者の会議は滞りなく進んだ。
いや、進みながらも幹部達が軽口を言い合うその姿はまるで——。
かつての、第一特務遊撃隊の姿のようだった。
「…最後に一つだけ聞きたい」
蒼真の低い声が会議室に落ちた。
全員の視線が蒼真に集まった。
「総統、補佐官に現段階でなりたいと思う奴はいるか」
蒼真の強い視線が候補者達を射貫いていた。
その蒼真の問いには誰も返事をしなかった。
静寂だけが会議室には流れていた。
「……わかった」
誰からも返事がないのを確認すると蒼真が呟き、会議は終了した。
候補者達が会議室を後にし、残った蒼真達の空気は変わっていた。
総統候補の話には興味が無さそうだった蒼真の目が鋭くなっていた。
そして、蓮が新たな資料を配りだす。
その資料は昨日の国家危機管理室の会議のものだった。
すでに内容を把握しているのは蒼真、蓮、葛城。
奏と律は国家の機密情報を渡された事に少しだけ混乱していた。
今まで、機密情報がここまで早い段階で自分たちに開示されることはなかったからだ。
「資料にもある通りだ。噴火兆候があると言っても、噴火自体の目星はない」
蓮が冷静な言葉を落とす。
蒼真は小さく息を吐くと口を開いた。
「噴火したら火山は長期戦だ。それに備える為の黎明の基盤作りを始める」
———いつだって、崩壊の音は突然鳴り響く。
それは、明日か、それとも1年先か。
見えない敵との戦いに黎明は足を踏み込み続ける。
——————————
会議室を後にした候補者達は最後の蒼真の質問の意味を考える者。
どうして候補に名前が上がったのか。
総統とは、補佐官とは。
黎明を知る。
その言葉の意味をそれぞれが胸の内で考えていた。
「いや…こんなん覚えんのか…」
「定例会議だけでも月20件…総統と補佐官どうなってんの?」
「怖いわ」
日向と黒崎兄弟はその会議の多さに頭を抱えていた。
こんな過密スケジュールをこなしている蒼真達がやはり遠く感じる。と、同時に総統にはなりたくない。と思う。
「父さん…いや、蓮さんもだけど、あの2人めちゃくちゃ頭の回転が早いんだよ。俺でも2人の会話は理解出来ないよ」
「俺さ…訓練所入ったときに2人の成績、雨宮教官が見せてくれたんだけど…試験で常に父さんトップ、時々蓮さんでさ…父さんが首席で蓮さんが次席ってあの時知って、マジでぶっ倒れそうだった」
蒼志がため息をつきながらこぼすと悠真も呟いた。
蒼志でさえ、試験のトップ維持は難しかった事を蒼真はしていたのだと知るとため息は深くなる。
家で見てきた蒼真と蓮の姿からは正直、想像が難しい現実だった。
「俺さぁ…総統について回る日多いんだけど…」
そう呟いたのは黒崎兄弟の兄、駿だった。
駿にとって蒼真は確かに救助員としての憧れだった。
大地震の時の会見中継を駿は見ていた。
あの時は酸素マスクの意味は分からなかった。
けれど、1人の男が全国を回し、背負うその姿に釘付けになった。
そして、地震が落ち着いた頃、過去の新聞やネットで総統・神代蒼真の名前を探した。
そこには蒼真の数々の功績が残されていた。
それは双子の弟、謙も同じだった。
駿と共に神代蒼真の名を調べ、過去の映像を見ていく度、蒼真の不思議な引力に惹かれていった。
訓練所に入所し初めて会った時の感情は10年経った今も忘れていない。
真夏の太陽の光の中。
蒼真と蓮が訓練生の視察をしに来た日。
黒崎兄弟は総統・神代蒼真に意を決して声を掛けた。
無表情で近寄りがたい雰囲気のある蒼真だったが、同期である蒼志から「父さん、話すと普通」と聞き、勇気をだした。
蒼志の言う通りだった。
蒼真は聞かれたことには全て答え、時々、微笑んだ。
そして、何故こんなにも多くの功績を残せたのか。危険な現場に飛び込むのは怖くなかったのか質問した時だ。
蒼真は少しだけ困ったような顔をして、そのあと弱く笑った。
『呼ばれたら、行く。俺が行かなきゃ、助けなきゃ死ぬ』
『助けられたよ。でもさ…自分が帰れなくなりかけた』
蒼真は黒崎兄弟を真っ直ぐ見て言った。
『英雄になりたかったんじゃない。英雄になったつもりもない。飛び込むのは怖かった。でも、帰したいだけだった。全ての人を、ただ、それだけだ。……お前達は、どうしてここに来た』
蒼真の問いかけに先に答えたのは謙だった。
『総統のような、覚悟が欲しいと思いました』
そして少しだけ遅れて、駿も答えた。
『…かっこいいって思ってました。怖くないんだって、でも違うんですね…。俺も、覚悟が欲しいです。今は』
蒼真を真っ直ぐ見つめて答える黒崎兄弟の言葉を聞くと蒼真はただ頷いた。
そして、話してサボった分の訓練を蓮に追加された。
「でも…まぁ、総統の近くに居れるってすげぇ事だよな」
「確かに。頑張るか!」
駿と謙は総統教育に前向きな姿勢を見せている横で日向もまた、蒼真と出会った日を思い出していた。
家族で登山に出掛けた日。
休憩中にたまたま見つけた崖下の綺麗な花。
母にプレゼントしたいと細い足場を下り、花を摘み取った。
しかし、花を手にした瞬間。
その高さに足が震えて戻れなくなった。
——怖かった。
そんな時、声が聞こえた。
『おーい、大丈夫?』
『今さーお兄さんそこに行くから、待っててくれよー』
上を見上げると銀髪の青年が明るい声で少し笑いながらロープで崖を降りてきていた。
ただ、頷いた。
それを見ると青年は一気に下り、自分の傍まで来てくれた。
そして、『お兄さんの服、着てて』と服を渡すと自分を抱き上げ、崖を登ってくれた。
『大丈夫、落ちない』
自分の背を優しく撫でてくれた大きな手、優しい声。
その青年にその時はありがとうも言えなかった。
けれど、翌日のニュースで洪水の中に飛び込む姿も見た。
そして———神代蒼真という名前を知った。
蒼真は日向の人生を変え、命を帰してくれた恩人だった。
第一に配属されてすぐに日向はその時のお礼を伝えた。
「あなたのおかげで、自分はここにいます」と。
けれど、蒼真は覚えてはいなかったようだ。
キョトンとした顔で、蓮に「……崖?」と呟いていた。
聞かれた蓮も「……崖、なぁ…」と腕組して考えていたが、無理もない。
2人の救助件数は何百、何千回かも知れない。
けれど日向にとって、その中の1回は忘れることは出来ない出来事だ。
思い出そうと考え込む2人に日向は思わず笑ってしまった。
「……総統、かぁ。なりたいって思ったこともないし、今も考えられないよなぁ。第一隊長ですら大変なのに」
日向が笑うと黒崎兄弟が苦笑いしていた。
そして、駿は悠真に視線を向けた。
蒼真と同じ銀髪。
親子だから似ているのは当然だが…過去の映像で見た隊服姿の蒼真と悠真の姿が最近良く重なって見える。
無茶で飛び込みやすい悠真だった。
最近はそれもなくなってきて、安心出来る存在になっている。
「でもさ、総統って悠真が妥当な気がすんだよな」
「へ?」
「だって、蒼真総統も天音前総統を継いだだろ?だから親子で継ぐ可能性もあるだろ」
駿の言葉に悠真は頭を掻きながら答える。
「父さん、俺には継がせたくないと思う。っていうか、言われたことある。総統継ぎたいなら黎明にいるなよって」
「え、そうなの?」
「うん…元々さ、総統になりたいとも思ってないよ俺。父さん大変そうなの見てたし」
「玄関でぶっ倒れてた時あるもんな」
「はぁ?!」
「ぁ、具合悪いとかじゃなくて、疲れ果てて玄関で寝てたんだよ」
蒼真は総統就任当時、自宅に帰宅するとそのまま玄関で寝てしまう事が多かった。
1時間もすれば起きるよ。と麗華が笑うとホントに1時間程で起きて動いていた。
子供時代、そんな父の姿を何度も見てきた悠真と蒼志。
そのあとも書斎で遅くまで仕事をする姿をみて育っただけに、”総統”という肩書には憧れを抱くことはなかった。
「俺は…どんなになっても帰してくる父さんに憧れたんだよ。それに…いつだって家に帰ってくると父さんは笑うし。そんな男になりたいなって」
「……でも…なんで俺は候補なんだろ…」
悠真の父への思いを聞いた後、蒼志は小さく息を吐きながら呟いた。
いくら考えても分からない。
自分は母のような医者になりたい。
待ってる医者ではなく、待っている人の命を繋ぎたい。
それは黎明に入ると父に告げた時から変わらない。
医療班・班長になり、このまま医療統括に進むと思っていた。
それが、総統、補佐官…災害の全体統括など自分に出来るのだろうか…。
そして、父も蓮も理由を教えてくれない。
蒼志にとって、それが何よりも不気味で嫌な予感しかなかった。
「まぁ…選ばれたからにはやるしかないよな!」
そういうと悠真は廊下を駆け出した。
「おい、待てよ悠真!」
「報告書、書く!」
「急に仕事人間かよ!!」
駆け出した悠真の背中を駿と謙がおって走り出した。
そんな3人を日向と蒼志は笑いながらゆっくりと歩いて追いかけた。
———時代は廻っていく。
若い世代の彼らの道筋を日輪が照らし始めた。




