第46話 Something Behind It
翌朝8時に蓮は迎えにやってきた。
蒼真は紬とまだ遊びたそうに後ろ髪を引かれながら車へと乗り込んだ。
内閣危機管理室・緊急合同対策会議
まだ正式な警戒レベルは上がっていないが会議室の空気は重かった。
大型モニターには白峰山観測データと地震活動の推移が映し出されていた。
白峰山は活火山ではあるが火山活動は比較的落ち着いている。
「昨日の地震ですが、火山性地震との関連が指摘されています」
気象庁担当者の説明に室内が静まり返る中、蒼真は資料へ目を落とした。
噴火の兆候、その言葉はまだ出ていない。
だが、この国は知っている。
“まだ大丈夫”が通用しない事を。
「現時点で噴火の可能性は?」
葛城が問うとモニターに映る火山学者は慎重に言葉を選んだ。
『断定は出来ません。しかし活動は明らかに活発化しています』
誰も楽観視はしていなかった。
この部屋にいる者達は全員知っている。
最悪は、予告なくやって来る。
それが14年前のあの本震だったのだから。
沈黙を破ったのは警察の長官だった。
「避難計画の見直しは」
『自治体と協議中です』
「それでは遅いのでは…」
長官の一言に会議室の空気が張り詰めたが誰も反論しなかった。確かに、以前と同じならば対応は遅いかもしれない。
しかし、今回の根本は地震ではない。
“火山”だ。
その時、蒼真が静かに資料を閉じると口をひらいた。
「まだ、動かすな」
会議室の視線が一斉に蒼真へ向く。
「総統?」
誰もが首を傾げていたが蓮だけは蒼真の言葉の先を読んだ。
蒼真はモニターを見据えたまま続ける。
「まだ兆候段階だ。今動かせば住民に余計な混乱を与える」
正論だった。
しかし、会議室に次に落ちた言葉で全員の表情が変わる。
「ただし、零式統括機はいつでも飛べる状態にしておく」
それは総統が最悪の事態を想定しているという事だった。
まだ、零式統括機の運用規定は改訂されたといっても、総統が搭乗する事が条件とされている。
零式統括機が飛ぶということは、総統が飛ぶということを意味している。
蒼真の隣で蓮が小さく息を吐き、呟いた。
「了解」
会議は続いていく。
だが蒼真の視線は資料の一文に止まっていた。
──過去最大規模の噴火を想定。
その文字だけが妙に重く見えた。
内閣危機管理室での会議を終えた蒼真達は、そのまま黎明本部へと戻り、会議室へと移動していた。
テーブルには奏、葛城、律、蓮が揃っている。
議題は一つ。
──次期総統候補選出。
まだ正式決定の話ではないが雨宮や葛城が引退を考え始め、蒼真達の世代も少しずつ次の時代を見据え始めている。
避けては通れない話だった。
「で?」
席に着くなり蒼真が声を出すと律が眉を寄せた。
「で?じゃありません」
「資料あるだろ」
「総統が作る側なんですよ」
「蓮が持ってきただろ」
「補佐官に丸投げしないでください」
開始数秒でいつもの流れになると葛城が呆れたように笑う。
「お前ら本当に変わんねぇな」
蓮は気にする様子もなく資料を開いた。
「候補者を挙げるぞ」
蓮の声で会議室の空気が少しだけ引き締まった。
「第一特務隊、神代悠真」
蒼真は無言でその名を聞く。
「第一特務隊、黒崎駿」
律が頷く。
「第一特務隊、黒崎謙」
奏も異論はない。
「第一特務隊・隊長、日向勇気」
葛城が腕を組むと口を開いた。
「妥当だな」
ここまでは全員の考えが一致していた。
だが、次に読み上げられる名前に蒼真の眉が寄る。
「第一医療班・班長、神代蒼志」
「却下」
即答する蒼真に会議室が静まり返ったが、それは一瞬だった。
「早ぇよ」
葛城が吹き出すと、奏と律も肩を振るわせていた。
「蒼志は医者だ」
「”候補者”だ。……お前、昨日は入れていいって言ったろ」
蓮も即答し、昨日の会話はなんだったんだ。と睨みつける。
「昨日の俺はそう言った。でも今日の俺は違う」
「めんどくせぇ、総統様だな」
「で、理由」
「入れろ」
「理由」
「入れろ」
「理由」
「入れろ」
「会話しろよ…」
葛城が頭を抱え呆れ呟き、奏と律が笑いを堪えている。
「何なんだお前ら。真面目に会議する気あるのか」
葛城が蒼真と蓮に鋭い視線を向けると蒼真が資料を指で叩いた。
「大真面目。…蒼志は医療統括候補だろ総統でも補佐官でもねぇ」
「”候補”に入れろ」
蓮が譲らないのは珍しい事だった。
普段なら蒼真が決めた事に蓮も異論なく、2人の意見は一致する。
だが、この件だけは妙に頑固だった。
蒼真も、葛城達もそれに気付いていた。
「……何でそこまで蒼志に拘る」
「別に拘ってねぇ」
「拘ってるだろ」
「入れろ」
「理由」
「知らん」
会議室が静まり返った。
葛城が天井を見上げ、奏は肩を振るわせ、律はメガネを外した。
その中で蒼真だけが本気で呆れた顔を蓮に向けていた。
「知らんって何だ」
「知らんもんは知らん」
蓮は平然とし、再び口を開いた。
「でも入れろ」
「嫌だ」
「入れろ」
「嫌だ」
「入れろ」
「嫌だ」
小学生だった。
完全に。
葛城がついに堪えきれず、腹を抱えて笑い出した。
「総統候補会議だぞ、これ」
「知ってる」
「見りゃ分かる」
蒼真と蓮が同時に葛城に視線を向け答えた。
「いや、分かってねぇよ」
奏のツッコミが綺麗に決まると、ついに律も吹き出していた。
しばらく続いた押し問答の末、蒼真が大きくため息を吐いた。
「候補者一覧には入れる」
「よし」
蓮が即答するがその表情はいつもと変わらない。
「ただし総統候補でも補佐官候補でもねぇ」
「まぁいい」
蓮はあっさり引き下がると、会議を進めようと資料を捲る。
それが逆に蒼真には不気味だった。
何か考えている。
だが聞いても答えない。
長い付き合いだから分かる。
だから蒼真も深く追及はしなかった。
追及したところで、また押し問答の始まりだ。
そろそろ葛城に怒鳴られそうだ。
「他は?」
話を戻すように蒼真が資料を捲ると会議室もようやく本題へ戻った。
だが奏だけは思っていた。
──絶対、何かある。
補佐官が理由もなくここまで押すはずがない。
その違和感だけが、奏の中に静かに残っていた。




