第44話 Hands That Save
トンネル内部から、救助、避難してきた人で救護拠点は人が増えて来た頃だった。
軽傷者エリアにいた女性が声を上げた。
「あの!主人が!」
蒼真がたまたま軽傷者エリアの確認をし、蒼志の元へ救急との確認事項を伝えに戻ろうとした時だった。
周囲ではまだ多数の負傷者対応が続いていて医療班も人手が足りず誰も手を離せない状況だった。
蒼真はすぐに声を上げた女性の元へ向い、傍に横たわる男性へと視線を向け、片膝をつきながら様子を伺う。
顔面蒼白。
胸の上下がない。
呼吸が止まっていた。
そして、首筋に触れる。
────脈がない。
次の瞬間、蒼真は両膝を地面につき、男性の胸骨圧迫を開始していた。
そして、蒼志に聞こえるように声を張り上げた。
「AED空いたら持ってこい、蒼志!!」
一瞬、現場に緊張が走った。蒼真の声が聞こえた蒼志がその方向を見る。
胸骨圧迫をする父の姿。
正確なリズム、無駄のない動き。
その姿は総統でもない。
国家の英雄でもない。
そこに居たのは────。
ただ一人の救助屋の姿だった。
「わかった!そのまま続けて!」
訓練終わりでAEDは持ってきてはいたが、台数は多くない。そして、全台使用中である事を蒼真も把握していた。
その頃、悠真達はトンネル内部から最後の要救助者を搬送し終え、救護拠点へ戻って来ていた。
「次、担架こっち!」
「了解!」
周囲はまだ慌ただしいが、事故発生時に比べれば確実に落ち着き始めていた。
悠真は額の汗を拭いながら息を吐く。
「ふぅ……」
ようやく一息つける。そう思った時だった。
視界の先に見慣れた銀髪が映る。
父だった。
だが、何かがおかしい。
父はいつも通り冷静な顔をしている。
だが、その場に膝をついている。
そして規則正しく身体を上下させている。
「……父さん?」
悠真の足が止まった。
胸骨圧迫。
心肺蘇生。
それを理解するのに数秒かかった。
額に汗を滲ませながら、命を繋ごうとする。
父の姿だった。
父の前には倒れた男性とその横には涙を流す女性。
蒼志がAEDを抱えて走って行く姿も見えた。
「父さん、ありがとう!後、変わる!」
蒼志の声が響くと蒼真は胸骨圧迫を終了し、一歩下がって、額の汗を拭っていた。
悠真はその場から動けなかった。
父が心肺蘇生をしていた、ただそれだけの光景。
なのに、何故だか目が離せなかった。
黎明総統・神代蒼真。
国家が認める英雄。
だけど、そんな肩書きなど関係ないという蒼真の姿勢。
出来る事があるならやる。
助けられる命があるなら手を伸ばす。
それが神代蒼真だった。
「……」
悠真は小さく拳を握る。
今見ている父の姿は少し違って見えた。
父はもう若くない、救助隊員として現場に飛び込める身体でもない。
それでも────。
「父さん……」
思わず零れた言葉は喧騒の中へ消えていった。
「ショックです!離れて!!」
蒼真から引き継いで蒼志が処置を進めてくれ、男性は心拍が再開し、状態が落ち着いた。
その時、女性が蒼真に頭を下げていた。
トンネル内部の最終確認を終えた蓮達がその姿を目撃した。
「……奥さん、頭を上げてください」
「そんな、あなたがずっと心臓マッサージしてくれたから…本当に…」
「違いますよ」
女性に話しかける蒼真の声は穏やかな声だった。
しかし、女性は不思議そうな表情をする。
胸骨圧迫を何分も蒼真が一人でしてくれたお陰で主人の心臓はまた動いたのだから、と言おうとした時だった。
「……奥さんが声を出してくれたから、俺も気がつきました。声がなければ、駆け寄ることも出来ません、何も出来ない所でした。ご主人を助けたのは、あなただ。その手伝いを俺はしただけです。……こちらこそ、ありがとうございます」
そう言うと女性に蒼真は頭を下げていた。
女性は涙を流しながら、またお礼を言うと搬送される男性と共に車両に乗り込んで行った。
「トンネル内、終了だ」
女性と蒼真のやり取りを見ていた蓮が蒼真に声を掛けた。
「……搬送車両も到着…あとは警察消防に任せて大丈夫そうか」
蓮の報告をうけ蒼真は全体を見回すと、そのまま地面に座り込む。
黒崎兄弟はその座り込む蒼真の姿に少し慌てたが、次の言葉でその場は笑いに包まれる。
「蓮、羊羹」
「蒼真さんっ、変わんねぇ!」
「隊長時代も現場終わると即、羊羹でしたもんね!」
奏と律が腹を抱えて笑い、蓮はジャケットから羊羹を取り出し、蒼真に手渡していた。
その様子に黒崎兄弟も肩を震わせ、少し離れた場所で悠真、日向、本城はぽかんとしていた。
そんな事は関係ないとばかりに高濃度酸素マスクを外し、羊羹を食べる蒼真。
蒼志達、医療班や警察消防はさっきまでの怪物はなんだったんだ?と不思議そうに見つめていた。
事故対応終了から蒼真達が本部へ戻り、自宅に帰宅する頃にはすっかり夜になっていた。
「ただいま…」
疲れ果てている蒼真の声に麗華と渚は苦笑いする。
蒼真の後ろに居る蒼志でさえ、苦笑いしていた。
「蒼真、今日事故現場出たの?」
「いや……たまたま通りかかりに…ってなんで事故知ってるの?」
「テレビで中継されてましたよ、お義父さんが心肺蘇生する姿とかバッチリ」
「……うわぁ……死にてぇ…」
「父さん……」
確かにマスコミらしきヘリが飛んでいたな。と蒼真は思い出す。
昔から目立つ事が嫌いな蒼真。
昔も救助活動がテレビに映って、銀髪ヒーローとか呼ばれた時代があったなぁと思いながら、ソファに腰をおろした。
そんな蒼真の隣に麗華が腰を降ろした。
「心臓マッサージ上手くなったね」
「……麗華に昔、怒られたっけ…」
座り込み、うとうとしながら蒼真が答える姿に麗華が小さく笑う。
麗華に褒められた蒼真の表情は穏やかだった。
「お義父さん、何分位してたの?」
「正確にはわかんない…でも、5分は越えてたかな…10分未満…8分とか?」
「それは疲れるわね」
蒼真と麗華を見ながら蒼志と渚が話していた時だった。玄関の扉の開く音がして、声が聞こえる。
「ただいまー!」
悠真の声だった。
一人暮らしで家を出ている悠真だが、時々連絡もなく帰って来ることはよくある。
悠真はバタバタとリビングにやって来ると蒼真の元へ駆け寄る。
「ねぇ父さん!」
「……うるせぇ…」
「今日の横転車両のさ!」
「……寝みぃ」
「ねぇ、聞いてよ!」
「……聞いてる…」
疲れて眠そうな蒼真にお構い無しの悠真は目を輝かせながら、話を続けた。
「蓮さんに褒められた!!」
その一言に眠そうだった蒼真の目が少しだけ見開いた。
「……勘違いじゃねぇの。蓮が人を褒めるなんて世界の終わりだろ」
蒼真の一言にその場の誰もが吹き出しかけたが、悠真だけは真剣な眼差しを向けていた。
「”良くやった”って言われた!今まで言われた事ないよ!」
“良くやった”
その言葉に蒼真の目が僅かに揺れた。
何故なら蓮がその言葉を唯一、伝えて来た相手は蒼真しか今まで居なかった。
奏や律にも言っているのを蒼真は聞いた事がなかった。
それはつまり────。
蓮が悠真を認めた。という事を意味している。
「父さん?」
「蒼真?」
固まる蒼真に心配した悠真と麗華が声をかけると蒼真はハッとしたように現実に引き戻された。
「……蓮が…そう言ったのか…」
「ぇ…うん…」
自分が見ていなかった場所で。
悠真が成長していた。
蒼志のように悠真も。
「……じゃあ、褒められてんな」
「うんっ!」
蒼真は穏やかに悠真を見つめる。
悠真の目は銀髪に負けないくらい、キラキラと輝いて見えた。
「でもさ…父さんかっこよかった!」
「……は?」
悠真の言葉に蒼真は間の抜けた声を出した。
あの事故の最中に悠真は何を見て言って居るのか分からなかったからだ。
「統括する父さん…胸骨圧迫してる父さん…凄いかっこよかった。救助に父さんも飛び込むのかなって思ったんだよ、俺。でも違った…俺もさ、いつか父さんみたいに統括して全員を帰せるようになりたい。って思ったんだよ!でも、救助もやりたいけどね!」
「……バカだろ、お前」
まだ目を輝かせている悠真に蒼真は小さく笑った。
だけど、誇らしい息子が増えた事に安心していた。
“全員、帰す”
蒼真の思想が、次世代へと渡り始めていた。
────ひとつの時代が終わり
またもうひとつの時代の終わりの足音を響かせ始めていた。




