第43話 No One Left Behind
合同訓練を終えた車列は高速道路を走っていた。
夕暮れが近付き、窓の外は橙色に染まり始めている。
先頭車両に乗る悠真が大きく伸びをした。
「終わったぁ……」
「疲れたか?」
運転席の律がバックミラー越しに問いかける。
「疲れた! でも楽しかった!」
即答する悠真に助手席の奏と後部座席の黒崎兄弟が笑う。
「お前、最後まで元気だったもんな」
「黒崎さん達も元気だったじゃないですか」
合同訓練は無事終了した。
大きなトラブルもなく各機関との連携も問題ない。
蒼真の作り上げてきた体制は万全の状態に近づいている。
成果としては十分だろう。
そして何より昨日の黒歴史大会の余韻がまだ残っていた。
悠真は後部座席から後ろを振り返る。
そこには蒼真と蓮が乗る車両が見えていた。
「結局、光剣戦争って何だったんだろうな」
謙の呟きに悠真が吹き出した。
「父さん達めっちゃ楽しそうだったなぁ…」
「お前、復活させるとか言ってただろ」
「だって面白かったし」
「だからやめとけって」
奏が苦笑いしながら返したその時だった。
車体が小さく揺れた。
ゴトッ。
タイヤが何かを踏んだような嫌な感覚が律の握るハンドルに伝わる。
「ん?」
律が眉をひそめた次の瞬間。
グラリ――。
車体が大きく揺れた。
「っ!」
全員の表情が変わる。
運転席の律が即座にハンドルを押さえ込む。
「地震だ!」
その声と同時だった。
車列が進入していたトンネルの奥から轟音が響いた。
ドォォォォン――ッ!!
コンクリートを叩き割るような音とブレーキ音。
音ですぐに全員が分かった。
「前方事故!」
悠真が叫ぶと奏と律の表情から笑みが消えた。
黒歴史大会で笑っていた男達の顔はもうなかった。
『全車停止』
低い声が黎明の全車両の無線へ流れる。
『黎明、事故対応に移行』
車列全体の空気が変わった。
訓練は終わった。
悠真と黒崎兄弟よりも早く、無線と共に車を停車させた奏と助手席の律が車を飛び出すとすぐ後ろの車両の扉も開き、運転席から蓮が、助手席から蒼真が降りてくる。
少し慌てて悠真と黒崎兄弟が車から降りると、蒼真と蓮はその横を通り、前方の事故の様子を一瞥する。
後方から蒼志達医療班と第一隊長、日向と本城が走ってやってきた。
全員が揃うと蒼真が口を開く。
「医療班、トンネル入口に救護拠点、後方の消防と協力して作れ」
「はい!」
蒼真の指示に蒼志は返事をすると医療班と共に入口へ走り出す。
「日向、本城、後方警察と交通誘導と避難誘導」
「はい!」
2人も蒼真の指示を受け、警察車両へと走り出す。
「黒瀬補佐官、朝倉統括部長、久我特別執行官、黒崎駿、黒崎謙、神代3名と救助活動」
蒼真は最後の指示を出すとスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを外し、ワイシャツの袖を捲る。
奏、律もジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを外して袖を捲る。
蓮は車から、蒼真の高濃度酸素マスクを取り出すと蒼真へ手渡した。
蒼真は手馴れた手つきでマスクを装着し、蓮は流量の調整を行う。
ーーそれは、かつて現場で奏や律が見てきた姿と同じだった。
奏と律はその姿に背筋を伸ばした。
蒼真が小さく息を吸うとその目が鋭くなる。
「全員、帰すぞ」
蒼真の言葉と同時に全員が駆け出した。
6人の走り出す背中を見届け、蒼真は蒼志達、医療班のいるトンネル入口へと向かった。
地震による衝撃でトンネル内は混乱していた。
玉突き事故を起こした車両が何台も折り重なり、警報音が鳴り響いている。
泣き叫ぶ子供の声、助けを求める声がトンネル内に反響する。
ガソリンの臭いがたちこめ、舞い上がる粉塵。
その光景を一目見ただけで蓮は状況を把握した。
「奏、律」
「はい!」
「右側車線。閉じ込め多数」
「了解!」
奏と律は即座に右側へ走る。
「前方の大型車両確認。二次災害警戒」
蓮は黒崎兄弟と悠真を連れ、前方へ駆け出した。
若手達はその背中を追いながら驚いていた。
誰も迷わない。
誰も立ち止まらない。
まるで何十年も前から同じ現場を見続けてきたかのようだった。
そして、普段は補佐官という立場から蒼真の指揮の補佐に回る蓮の判断速度に悠真は驚いていた。
いや、この男は第一特務隊を元々率いていた男だ。
父の指揮の補佐などではない。
父と同じ速度で全てを把握する男だ。
それを理解した瞬間、走る悠真の背筋が凍るような感覚を覚えた。
伝説と言われた時代の第一特務隊が今、ここに居ることに。
「駿、運転席!」
「はい!」
「悠真、お前は後部座席!」
「了解!」
蓮の指示が飛ぶ。
潰れた車両の窓から中を覗き込むと運転席の男性が頭部から出血していた。
呼吸も意識もある、救出可能だ。
「工具!」
蓮が叫ぶと悠真が工具を差し出す。
蓮はシートベルトを切断しながら車内へ声を掛けた。
「聞こえるか」
「た……助けて……」
「大丈夫だ」
たった一言だけだった。
しかし男性の表情から僅かに緊張が抜けた。
その頃、別の車両では奏と律が閉じ込められた親子の救出を行っていた。
「律!」
「分かってる!」
律が変形したドアを押し上げる。
僅かに隙間が出来た瞬間、奏が身体をねじ込んだ。
「大丈夫。もうすぐ出られるよ」
後部座席で泣き続けていた少女がその言葉で顔を上げ、奏を見つめる。
頬には流れる涙の後。
それでも、声をかけ腕を伸ばす奏の手を少女はとった。
蓮が男性を奏が少女を車内から救出すると、消防の救助隊員と救急隊員が到着した。
彼らは同じ合同訓練に参加していた者達だ。
救助隊員の隊長が蓮をまっすぐ見ると声を張る。
「神代総統より、指示を受けました!これより先、トンネル内救助は黒瀬補佐官の指揮を受けるようにとの事です!」
蓮は救助した男性を救急隊員に引渡しながら頷き、トンネルの奥へ視線を向ける。
「……行くぞ」
蓮の言葉と共に奏、律、悠真、黒崎兄弟、救助隊が助けを待つ人の元へと走り出した。
その頃、トンネル入口付近では蒼真が警察と消防を統括していた。
各機関の中心に立ち、統括する蒼真のすぐ後ろでは蒼志達医療班が重症患者用の診療スペースを作る。
「追突車両7台、うち1台は大型、横転車両1台、目視出来る負傷者は20名以上。警察も一部、トンネル内部からの負傷者搬送に回れ。内部での指示は黒瀬に従え」
後方から応援の消防車両が到着し始めていたが搬送車両はまだ足りない。
避難誘導も必要な状況だ。
蒼真は一度だけ目を閉じたが、目を開けた次の瞬間には全体像が頭の中で組み上がっていた。
「医療班、軽傷者のトリアージ開始。避難車両到着次第、乗り込めるようにまとめろ」
「はい!」
「消防到着次第、閉じ込め車両引き渡し」
「了解!」
「日向、本城、後方車両から出てくる見物人を警察と車内に戻らせろ。搬送車両これから来る、車線中央空けろ二次災害防止を優先」
「はい!」
蒼真は次々と指示を出すとスマホを取り出し、電話をかけた。
「葛城、高速道でのトンネル内部多重玉突き事故、大型車両あり。黎明から大型の搬送車両だせ。位置情報、俺の生体反応デバイス追え」
『分かった』
葛城との電話を切ると、すぐに他の番号へかけ出す蒼真。
「白石、多重玉突き事故、目視で負傷者20名程度……軽傷者、黎明で受けろ。重傷…2名いけるか?」
『了解。重傷者2名も受けるよ。つーか、お前、分かってんだから受け入れ人数、毎回確認すんな』
「それは一応、必要だろ」
「はいはい…久しぶりの現場だからって調子乗んなよ」
「乗ってねぇ」
軽口の白石と話すと蒼真の緊張が僅かに緩む。
そして、電話を切ると次の指示を出していく。
その姿に迷いはない。
蒼志はそんな父の姿を見ていた。
父は現場へ飛び込む人間だと思っていた。
だが違う。
飛び込む前に全体を見ている。
誰をどこへ動かすべきか。
何を優先するべきか。
既に答えが出来上がっていた。
それは長い年月を災害現場で過ごしてきた者だけが持つ経験だった。
蒼真の統括により、事故現場の混乱は最小限に留められていた。
やがて、蓮達と消防救助隊によって救助された人々が次々と搬送されてくる。
救急隊員によるトリアージ、重傷者から対応する蒼志の姿を横目に蒼真は小さく息を吐く。
渚が第一医療班から離れ、再編された第一医療班。
班長となった蒼志は医療班を1年かけ育て、作り上げてきた。
副班長の医師・小泉、看護師、夏川、瀬川の3名との統率が取れている。
更に消防救命との連携。
蒼志が黎明と救急をしっかり繋げている。
そんな息子の姿に誇らしさを感じながら蒼真は少し安心して統括出来ていた。
一度、優先順位を間違えた蒼志。
しかし、そんな失敗の不安はもう無さそうだ。
もう蒼志はただの息子ではない。
家族を持つ父であり、医療班の班長であり、現場医療を繋ぐ絶対的存在となった。
その頃、トンネル内の救助は蓮の指揮により進められていた。
「黒瀬補佐官!横転車両の要救助者の救助に時間が掛かりそうです」
「手が増えれば、いけるか」
「おそらく……」
蓮は横転車両に目を向ける。
ドアの変形が著しく、確かに時間が掛かりそうだ。
しかし、救助に時間が掛かれば要救助者が危ない。
蓮はトンネル内部を見渡し確認をする。
奏と律の方はまだ時間が掛かりそうだ。
蓮と黒崎兄弟、悠真の救助車両は1人抜けても問題無さそうと判断するや否や、悠真に声を掛ける。
「悠真、横転車両」
「はい!!」
蓮の指示を受け、悠真は救助隊員と共に横転車両へ向かう。
そして、その救助の様子を見てすぐに口を開いた。
「待って…それじゃダメだ。侵入口、開いた瞬間、更に傾く」
「え……何言って…」
救助隊の隊長だろうか。
悠真より年上に見えるその人物は20代の悠真の言葉に疑問を抱き、眉を寄せる。
「工具、貸してください。俺がやります。この傾き角…総統と補佐官の資料で確認したことあります」
「……」
隊長は不服そうだが、冷静な悠真の判断に工具を手渡した。
「全員、帰すんだ…」
呟きながら作業を進める悠真。
それはかつて飛び込み過ぎて自分を犠牲にしようとしていた悠真の姿ではなかった。
“全員、帰す”
その父の理念を受け継ぐ1人の救助者の姿だった。




