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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第3章 移りゆく時

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第39話 One Last Lesson

翌日も蓮は橘の病室に現れた。

2人とも特に話すことはなく、病室には静かな時間がただ、流れていた。


そんな静かな時間を破ったのは橘だった。


「そういえば蓮、お前が補佐官の意味分かったか」

「……蒼真を支える…担ぐためでしょう。俺が蒼真の居場所だって…」


蓮は蒼真が”死神”に苦しみ、吐き出した

”誰も、分かんねぇ”という言葉を聞いたときに思い出した橘との会話をまた思い出した。


自分を何故、橘が補佐官に推したのか。

それは、蒼真が自分と一緒に居る時が大好きな車を運転している時と同じだと橘が言っていたこと。

だから、隣にいて支えてやることだと思い出した。


「半分だ…」

「は?」

「半分正解」


全く分かってねぇな。という橘の視線に蓮は眉を歪ませた。

そんな蓮を見つめ、橘は口を開いた。


「お前は分かってねぇと思うけどな…蒼真とバカやってる時のお前の顔、蒼真と同じだ」

「……似てるって言いたいんですか」

「違ぇよ」


ものすごく嫌そうな顔をする蓮の頭を橘が軽く小突いた。

小突かれた頭を擦る蓮を見ながら橘は続けた。


「蓮も蒼真に支えられてんだよ」


橘の目が何かを懐かしむ様に細くなる。

蓮は少しだけ目を伏せた。


確かに蒼真の事は支えてきたつもりだった。

けれど、自分が蒼真に支えられた事は本当にあっただろうか。


考え込む蓮に橘は小さく息を吐くと言葉をつづける。


「お前が雪山で滑落した時、あいつはどうした」

「……俺を背負って登攀しましたね」

「普通な、いくら仲間でも背負って40m登る奴いねぇぞ…こほッ…」


橘が少し咳込むと蓮は視線を向けた。

どうしても蓮は咳込みに無意識に反応してしまう。

橘は視線だけで蓮に”大丈夫だ"と伝えると再び口を開く。

「蓮が第一の隊長だからか?……違う。蓮だから蒼真は自分で降りて、登った。他の奴なら、諦めたかもな、もしかしたら」

「……あいつは他の誰でも諦めなかったと思いますよ」


蓮が少しだけ笑ったが、橘は笑わなかった。

真剣な目で蓮を見続けていた。


「なら、お前はどうだ」


蓮は真っ直ぐな橘の視線に動くことが出来なかった。


「蒼真が震災で瓦礫に埋まった時、必死だったんじゃないか?」

「……」

「蒼真に嫁と子供…家族がいたからか?」

「そうです」

「本当にそれだけか?」


橘の問いかけに蓮の目が僅かに揺れた。


「家族が居るから死なせられねぇ、それも本当だろう。……なら家族が居なかったら諦めたか?」

「……」


蓮は何も答えられなかった。

蒼真にあの時、家族がいなかったとして…。

俺は声を掛け続けなかったのだろうか。

手を伸ばさなかったのか。


——なら、何故ドッグタグをわざわざ回収したのか。


「違うだろ?」


橘の声は優しかった。

だが、その視線は先ほどと変わらず真っ直ぐな強い視線だ。


「蒼真だから、必死だった」


病室に静寂が落ちた。

蓮は何も言えなかった。


否定しようと思えば出来る。

家族がいたから、黎明の総統だから、仲間だから。

理由はいくらでも並べられる。

けれど――。

瓦礫の下で途切れそうな呼吸を繰り返していた男の姿が脳裏を過った。


「……」


あの日、聞こえていたのは無線の声だけではない。

蒼真の呼吸、蒼真の声、蒼真の存在そのものだった。

だから手を伸ばした。

だから声を掛け続けた。


「……分かりません」

蓮は小さく呟いた。

橘は何も言わない。

「そんなの……考えた事もねぇ」


正直な言葉だった。

蒼真を助ける、隣に立つ、支える。


それはもう呼吸と同じだった。


理由なんて考えた事もない。

橘はそんな蓮を見つめると小さく笑った。


「だろうな」

「……」

「だからお前なんだよ。蒼真の為であり、お前の為でもある」

橘の目は力強かった。

15歳で黎明の訓練所に入所して、初めて会った日から、変わらない強さだ。


「総統補佐官ってのはな…総統を支える役職じゃねぇ」


橘は視線を蓮から外すと窓から夕日の空を見上げた。


「総統が1人にならねぇようにする役職だ」


橘は夕日を見つめ、目を細めた。

まるで、夕日の先に誰かがいるかのように。

小さく笑った。


「まぁ、蒼真もお前に支えられてるなんて思ってねぇだろうし、支えてるとも思ってねぇだろうがな」

窓から視線を蓮に戻すと橘はいつものようにニカッと笑った。

「あと、お前ら離すと面倒そうだったから補佐官にしたのかもな、天音は」

「なんすか、その理由…」


橘の言葉に蓮は小さく笑うと椅子から立ち上がり、扉に向かう。

ドアノブに手を掛けると橘が声を掛けた。


「そろそろ退院出来るそうだ」

「そうかよ」


蓮は振り返らず、そのまま病室を後にした。

蓮の背中に橘は小さく、誰にも聞こえない声で呟く。

「任せたぞ、蓮」




国家危機管理室の会議から黎明本部に戻る道のりは夕立で豪雨だった。

雨は車両の屋根に激しく叩きつけられ、数メートル先も見えない程。

どの車もゆっくりと走り、渋滞が発生している。


「洪水にならねぇといいけど」

助手席で羊羹を食べる蒼真が呟く。

「羊羹食いながら総統が言う言葉じゃねぇな」

ハッと蓮が笑った時だった。


蓮のスマホに知らない番号からの着信が表示された。

怪訝な顔をしながらも蓮はその着信をイヤホンを装着してとった。


「……もしもし。……ぇえ、黒瀬ですが…はい…」


電話をしている横で蒼真は車窓に打ち付ける雨を眺めながら羊羹を食べていた。

しかし、ふっと窓に映り込んだ蓮の表情が固くなって居ることに蒼真は気が付く。


「……分かりました、ありがとうございます」


ゆっくりと通話を切ると蓮はいつもと同じくイヤホンを外す。

いや、いつもと同じではなかった。

かすかに手が震えていた。

「…蓮?」


蒼真の問いかけに、蓮は前を見つめながら口を開いた。



「……橘さんが亡くなった」



車内にはただ、雨音だけが激しく響き続けた。



橘の葬儀は蒼真が黎明で執り行う事を決めた。

葬儀の責任者は蓮が行い、橘の死を惜しむ人々がそれぞれ橘への最後の別れの言葉、感謝の言葉を伝え、穏やかに執り行われた。

遺影の中の橘は鷹宮と同じ顔でみんなをただ見守ってくれていた。



「蒼真」


火葬が終わると蓮は蒼真に声を掛けた。

蒼真は空に向けていた視線をゆっくりと蓮へと向ける。


「……もう、誰も積車、動かせねぇなぁ…」


それは神代本邸のガレージ。

蒼真のサーキットカーを橘が運んでくれた車両。

乗れなくなったサーキットカーと共に保管されている。


「……俺、橘さんが入院してた病院の荷物とか手続き行ってくる」

「…ぁあ」



——黎明のひとつの時代が終わりを告げた。


蓮は病院へ向かう車のハンドルを静かに握っていた。

雨は相変わらず激しく降り続いている。

ワイパーが一定のリズムで雨粒を払い続けるが、視界はどこかぼやけていた。


病院に到着すると、蓮は受付で手続きを済ませる。

病室はもう空だった。

昨日まで橘が居たベッド。

昨日まで橘が見ていた窓。

昨日まで橘が笑っていた場所。

そこにはもう誰もいない。


蓮は小さく息を吐いた。

病室の隅には段ボールが一つ置かれていた。

橘の私物はそれだけだった。

「少ねぇな……」


思わず零れた言葉に返事をする者はいない。

段ボールを開くと着替え、眼鏡ケース、古びた手帳、読みかけの文庫本。

どれも橘らしい、実用的な物ばかりだった。

蓮は一つ一つ確認しながら箱へ戻していく。

その時だった、箱の底に茶色い封筒が見えた。

「……なんだこれ」

封筒には何も書かれておらず、開封された形跡もない。

蓮は怪訝な顔をしながら封筒を取り出した。

中には数枚の写真と、古い記録媒体が入っていた。

DVD。

今ではほとんど使われなくなった記録ディスクだ。

蓮は一枚の写真を手に取る。

そこには若い頃の橘、鷹宮、天音。


「……は?」

蓮の眉が僅かに動いた。

写真の隅の木の上に銀髪の少年が立っていた。

隣には黒髪の少年、どちらも満面の笑みだった。

嫌な予感しかしなかった。


蓮は静かに目を閉じる。

「……訓練所か…」


他の数枚も見て確信した。

この封筒は開けてはいけない類の物だった。

だが橘が残した物だ。

捨てるわけにもいかない。

だが、見られてもいけないとも思った。

蓮はもう一度写真へ視線を落とし、小さく呟く。

「……誰かに見つかる前に処分するか。」

しかしその判断が、数日後に盛大に手遅れになる事を、この時の蓮はまだ知らなかった。


そして、段ボールの底に傷だらけのジッポライターが落ちていた。

橘がいつも使っていたものだった。

蓮はそれを手に取ると少しだけ見つめ、ジャケットのポケットへとしまった。


段ボールを抱え、廊下を歩いていると1人の看護師が蓮に声を掛けた。


「…あの、黒瀬さん?でしたよね」

「ぇえ…何か?」


まだ何か手続きが残っていたのだろうかと少し考え込む蓮に看護師は優しい視線を向けた。


「橘さん、あなたがいらっしゃるの毎日、楽しみにしていらっしゃいました」

看護師の言葉に蓮の目が僅かに見開いた。

「息子みたいなもんだって…あなたが居る時間、とても嬉しそうで…痛みもあったと思うんですけどね…」

「……息子…いや、痛みって肺炎で良くなって、退院ももうすぐって言ってましたよ」

蓮の言葉に看護師は目を見開いた。

そして、少しだけ目を伏せると口を開くのを少し迷いながらも言葉を落とした。


「橘さん、末期の肺がんだったんです」


「え……」

蓮の呼吸が一瞬だけ止まった。

「心配掛けたくなかったんでしょうね」

「……」

看護師は穏やかに微笑んでいた。

蓮は何も言えず、看護師へ頭を下げ歩き出した。


車に乗り込むと、雨は少しずつやみ始め、雲の間から太陽の光が差し込みだした。

蓮は運転席に乗り込みシートに深く体を預け、いつものようにタバコを取り出す。

そして、ジャケットのポケットから先ほど入れた橘のジッポを手に取ると、数秒見つめポケットへと戻し、いつも使っている自分の100円ライターで火をつけた。


「……クソジジイが」


小さく呟いた蓮の声はタバコの煙と共に静かな車内に消えていった。






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