第3話 The World Never Stops
神代家の本宅の広い和室には大量の書類が積み上がり、普段は静かな部屋も今日は慌ただしい空気に包まれている。
相続。
家督。
神代グループ。
各方面への連絡、そして――神代天音の死後処理。
「……待て」
書類を見ていた蒼真が真顔で止まった。
「なんでまだ増える」
「神代家だからだ」
橘が即答する。
蒼真は酸素マスク越しに深いため息を吐いた。
「親父、こんなの管理しながら黎明やってたのかよ……」
「しかも現場出てたぞ」
鷹宮が笑いながら追撃する。
「化け物だな」
「今更か」
橘は淡々と新しい書類を置いた。
その瞬間、蒼真の顔が死んだ。
「……蓮」
「なんだ」
隣で同じく書類確認していた蓮が顔を上げる。
蒼真は真顔だった。
「やっぱ手伝え」
「だろうな」
即答する蓮。もはや逃げる気も無いらしい。
「大変なら、蒼志に譲れば?」
麗華が少しだけ心配そうに呟いた。
「……あいつ、まだ22だぞ…流石に家を背負うには早いだろ。…俺の22なんて…」
「うん、元気に走ってたね。ほぼ悠真」
麗華がニコッと笑うと蒼真が頭を掻くのを見ながら麗華は書類に視線を戻す。
その時だった、ピキッ…と肩に痛みが走り蒼真は肩を押さえた。
「……っ」
麗華が即座に顔を上げる。
「蒼真?」
蒼真は首を回しながら小さく顔をしかめた。
「……どうりで体中、いつもより痛ぇと思った」
窓の外を蒼真が見ながら呟くと雨が降りだしていた。
その言葉に蓮も眉を寄せる。
「……俺も」
2人とも真顔だった。
「お前ら…おっさんになったな」
2人の背後で鷹宮が笑った、その時。
ピコン――
統括用タブレットへ警報通知が入った。
部屋の空気が変わり、蓮が先にタブレットを確認する。
「……停滞するな、この雨雲」
蒼真も静かに画面を見る。
広域大雨警戒。
土砂災害危険区域拡大。
河川氾濫警戒。
蒼真は深く息を吐いた。
シュー……
「タイミング最悪だな」
「災害は待ってくれねぇよ」
蓮が静かに返し、蒼真は数秒だけ目を閉じた。
天音の遺影が静かに部屋を見下ろしている。
その後、蒼真はゆっくり目を開いた。
そこに居たのはもう“息子”ではなかった。
蒼真はスマホを取り出すと黎明本部、災害統括室へ電話をかける。
「第一、第二先行待機」
「自治体との連携確認」
「避難所受け入れ準備進めろ」
総統の声だった。
蓮が静かに立ち上がる。
「本部、行くぞ」
「……あぁ」
蒼真は酸素マスクを軽く押さえながら立ち上がる。
その姿を見ながら、麗華は静かに目を伏せた。
怪物は死んだ。
でも怪物達が守ってきた世界は、まだ止まらない。
雨音が本部庁舎の窓を叩いていた。
本部地下2階、災害統括室の大型モニターには地図と気象情報が映し出され、各地へ赤い警戒表示が広がって行く。
河川水位上昇。
土砂災害危険区域拡大。
避難指示発令準備。
統括室の空気はすでに災害対応へ切り替わっていた。
蓮が各自治体との回線を確認しながら低く呟く。
「東部河川氾濫警戒レベル上がるぞ。第二を先行で南部へ回せ」
「了解」
回線を切った蓮が肩を押さえた。
ピキッ……
「……っ」
その瞬間、隣で資料を見ていた蒼真も顔をしかめる。
どうにも雨の日は古傷が痛んでしまう。
雨雲レーダーを殺気を込めて睨みつけながら蒼真が低く呟く。
「……低気圧、ぶっ殺してぇ…」
「だな」
即、同意する蓮にオペレーターが吹き出しそうになりながら顔を逸らしている。
葛城は眼鏡を押し上げた。
「お前ら、そんな深刻な顔して低気圧って…」
「低気圧は敵だ」
蒼真は真顔だった。
蓮も普通に頷く。
「分かる」
「補佐官まで同意すんな」
統括室へ小さな笑いが広がった。
その時だった。
「総統ー」
白石が蒼志達、第一医療班と共に統括室へ入ってくると蒼真は即座に振り返った。
「鎮痛剤、くれ」
「俺も」
蓮も続けると白石の額に青筋が浮かぶ。
「だから昨日寝ろって言いましたよね???」
「寝た」
「3時間」
「それを睡眠って言わねぇんだわ!!」
「じゃあ…天音か低気圧のどっちかに文句言え」
寝てないのは断じて自分のせいではない、こんなタイミングで2つが重なったせいだ。と蒼真は腕を組む。隣で蓮はうんうん。と頷いている。
「どっちにも言えねぇよ、バカ」
白石は吐き捨てながらも既に手に持っていた薬を2人へ手渡した。
「まぁ、お前ら何本骨折ってるか知ってるから、仕方ないけど」
「担当医、白神様だな」
ニッと蒼真は笑うと水で薬を流し込む。
蒼志は白石の後ろでその光景を見ながら小さく息を吐いた。
どうして、そこまでして戦い続けるのか…。
怪物。
その言葉の意味を、蒼志は今ようやく理解し始めていた。
「蒼志さん」
隣で渚が静かに声をかけた。
「見過ぎです」
「……え?」
「顔に出てます」
蒼志は苦笑した。
「いや……父さ…総統、本当に大丈夫かなって」
その言葉に渚は蒼真を見る。
酸素マスク。
疲労。
後遺症。
それでも立ち続ける背中。
渚は小さく息を吐いた。
「大丈夫じゃないでしょうね。でも立つんです、あの人達は」
蒼志は静かに目を伏せた。
蒼真だけじゃない。
蓮も。
橘も。
鷹宮も。
天音も。
みんなそうやって立ち続けてきた。
だから今の“帰る場所”がある。
自分もそうして帰された。
その時、大型モニターの警報表示が一斉に切り替わった。
ピコン――
統括室の空気が変わる。
「総統、気象庁更新です」
「特別警報発令ライン到達予測」
東部一帯が赤く染まっていく。
河川氾濫危険。
広域土砂災害警戒。
蒼真は静かにモニターを見つめた。
シュー……
酸素音だけが小さく響く。
「……第一、出すぞ」
総統の声が統括室へ落ちた。




