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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第1章 怪物達の背中

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第2話 The King’s Last Order


医療棟のエレベーターを降りた瞬間、悠真が隣の階段から飛び出してきた。


「危ねぇな、お前」


危うくぶつかりそうになった蓮が眉を歪めた。

焦っている悠真に蒼真が呟く。


「いや、だって…!じぃちゃんが…」

「わかってるけど、落ち着けよ」


悠真も連絡をもらったのだろう。額には汗が滲み、息を切らしている。

悠真は3兄弟の中でも特に天音に懐いていた。

同じ銀髪だね!と子供のころから天音の髪と同じことを喜びと言うより、誇りに思っている部分があった。


「落ち着けないだろ…先に行く!」

言うより早く、駆け出す悠真に蒼真は大きなため息をついた。


「だから、そういうところだ…」


「……お前もやっと俺の苦労が分かったか」


頭を抱えた蒼真に蓮が親子だな。と笑う。


廊下を走っていった悠真の背中が角を曲がって消えた。

蒼真は静かに車椅子を押し出した。蓮が手伝うか尋ねると自分で押すと譲らなかった。

そんな蒼真のスピードに蓮は隣を歩いて行く。


「……大丈夫か」


「大丈夫じゃねぇよ」


珍しく即答する蒼真に蓮は少し俯いた。

蓮の両親はすでに2人とも他界していたが、親が亡くなるというのは幾つになっても辛い。


「でも…行かねぇとさ…バカ息子が行かねぇと親父も安心しねぇだろ」


「認めたのか、やっと」


「…親より先に逝きそうな子供見てるからな、最近」


「……確かに」


廊下の角を曲がると天音の病室が見えてくる。

ここ数年は若いころの無理が祟って入退院を繰り返していた天音。

黎明の医療施設以外に最初は入院していたが、その状態から蒼真と蒼志が黎明での入院を勧め、ようやく納得させた。

“俺はもう黎明の人間じゃないから”と天音は頑なだったが、もしもの時に黎明なら家族みんなが駆け付けやすいと澪も説得に協力してくれたのだ。



病室前につくと、蒼真は車椅子のブレーキをかけ、ゆっくりと立ち上がった。

蓮はいつも通りに手を貸そうとした。


「いい」


蒼真は短く言うと一歩を踏み出す。


「1人で…自分の脚で歩かせろ」


シュー…

酸素音と共に蒼真は低く声を落とした。

蒼真は壁へ軽く手をつきながら呼吸を整えた。


蒼真の声が静かな病室へ響くと澪が振り返った。


「蒼真…」


母の声は震えていて、その目からは涙が溢れている。

そんな母の肩を麗華が抱いてくれていた。

蒼志も悠真も華凛は2人の後ろで俯いていた。


総統でもなく、神代蒼真でもなく神代天音の息子として。

蒼真はベッドへと歩み寄る。


夕日が差し込む病室。

窓の外の雲の隙間から伸びる光はまるで空へ続く道みたいだった。


ベッドの上の天音は蒼真の姿を見つけると目を細めた。

昔から変わらない、鋭い目は同じだった。

「……遅い…バカ息子」

その声を聞いた瞬間、蒼真の顔が少しだけ崩れた。

「……うるせぇよ」

震えそうになる声を押し殺す様に蒼真が返すと悠真は堪えきれず俯いた。

蒼志と華凛も静かに目を伏せる。

澪は小さく笑いながら涙を拭っていた。

麗華は澪に寄り添い続けながら、蒼真の横顔を見つめた。

橘は腕を組み、鷹宮は窓の外を見ている。

蓮だけが少し後ろで静かに立っていた。


ただ立っているだけで脚が力を失いそうだった。

後遺症だからではない。


父を失う怖さで、蒼真は膝から崩れ落ちそうだった。


呼吸も苦しい…それでも蒼真は立つ事を辞めなかった。

天音はそんな息子を見て小さく鼻で笑った。

「……酸素…お揃いだ…」

病室の空気が少しだけ緩んだ。

「俺より長生きしろよ、蒼真…」

蒼真は眉を歪めた。

「俺の身体知ってて言うな」

橘達が苦笑する。

「確かにな」

「お前は笑えねぇんだよ」

鷹宮が肩を震わせると、天音は小さく笑った。

その笑い声が少し苦しそうで蒼真の喉が僅かに動く。

天音はそんな息子をしばらく見つめた後、ふっと静かに笑った。

「……蒼真…これ以上、怪物になるな」

その言葉に病室が静まりかえった。

蒼真は呼吸が止まったように目を見開いていた。


夕日の光だけが静かに揺れていた。

蒼真は答えない。いや、何も答えられなかった。

天音はゆっくり息を吐く。

シュー……

酸素が流れる音だけが耳に残る。


天音は笑っていた。

優しく父親の顔で。

まるで小さな子供を見つめるような顔で。


「帰る場所、ちゃんと作れたな…」


何かを堪える様に蒼真は俯いた。

握った両手の拳が小さく震えている。

長い沈黙の後、顔をあげた蒼真は酸素マスクを外して小さく笑った。


「……まだ途中だ。親父の作った黎明、ちゃんと繋ぐから」


蒼真のその目は、総統に就任が決まった時の蒼真の表情と同じだった。

天音は静かに目を細めた。

安心した様に誇らしそうに。

窓の外では夕日がゆっくり沈み始めていた。


「……蓮」

静かな病室で天音が小さく声を出した。

少し後ろで立っていた蓮が顔を上げる。

「……はい」

天音は細く息を吐きながら、ゆっくり視線を向けた。

「お前……まだ居たのか」

その瞬間。病室の空気が少しだけ緩み悠真が肩を揺らした


蓮は呆れた様に肩を落とした。

「そっくりそのまま返します」

「違ぇねぇ」

鷹宮が吹き出し、橘も小さく笑った。

天音は苦しそうに息をしながらも、どこか安心した様な顔で蓮を見つめていた。


「……蒼真を止められるのは…お前しかいないから…頼む」


蓮は一瞬だけ視線を伏せた。

本震の日。

埋没。

挿管。

暴れる蒼真を押さえ込んだ感触が脳裏を過る。

シュー……

病室に響く酸素音。

蒼真も静かに俯いて何も言わなかった。

蓮はゆっくり息を吐く。


「……知ってます」

短い言葉だったが、それだけで十分だった。

天音は小さく笑う。


「ならいい」

窓の外では夕日が少しずつ沈み、暗くなり始めていた。


悠真は俯きながら拳を握り締めている。

華凛は麗華の袖を掴み、蒼志は静かに天音のモニターを見つめていた。

天音はそんな家族をゆっくり見回した後、再び蒼真へ視線を戻す。


「……お前ら、ちゃんと帰る場所、作ったな」

その声に、蒼真の喉が小さく動いた。


帰る場所。

昔の黎明には無かったもの。

壊れても、削れても、前に出るしかなかった怪物達。


でも今は違う。

帰る家がある。

待ってる人間が居る。

止めてくれる人間が居る。


天音は静かに目を細めた。

「……いい世界になった」

その瞬間、モニターの波形が僅かに揺れる。

澪が天音の手を強く握った。

「天音……」

天音の呼吸が呼吸が浅くなって行くのを見ると蒼真はゆっくりと天音の手を握った。


昔、自分の頭を撫でていた大きな手。

もう細くなってしまったその手を、蒼真は強く握る。


天音は薄く目を開けた。

「……蒼真」

「んだよ」

「生きろ」


その言葉に蒼真は呼吸が止まりそうになった。

「……っ」

声にならない蒼真に天音は小さく笑った。

「……バカ息子…笑え」


そして視線を少しだけ、橘と鷹宮に向ける。

「…大和…龍二、先に行く」

「「地獄で待ってろ、王様」」

いつものように軽口を叩く橘と鷹宮の目尻は赤かった。

けれど涙をこらえているのは誰が見ても分かってしまう。

しかし2人は涙を流す事はなく、堪え続けた。

天音が昔から笑っている男だったから。

最期も涙は流さず笑って送ると2人は決めていた。


蒼真も俯き、涙を堪えていた。

悠真が堪えきれず顔を覆うと蒼志も静かに目を閉じる。

いつの間にか華凛は泣き出していた。

麗華は涙を堪えながら、澪の肩を抱き蒼真を見つめていた。


天音は最後に小さく息を吐いた。

「……澪」

「……うん」

「ありがとな」

「こちらこそ、ありがとうね。……お疲れ様、天音」


澪は涙をこぼしながらも笑っていた。

その笑顔を確認して、安心したように静かに神代天音の呼吸が止まった。

夕日が沈み切ると病室には誰の声も無かった。



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