第1話 Beyond the Monsters
4部まで読んでくださった皆さま
本当にありがとうございます。
いよいよ怪物達の物語、最後の物語が始まります。
「……おい、誰かあのバカ止めろ。ぶん殴っていいから」
黎明本部、地下2階災害統括室に低い声が響く。
大型モニターを見ながら大きなため息をつき、頭を抱える総統・神代蒼真。
『止めますー!!』
通信機からは第一特務隊の隊長・日向の焦る声が聞こえて来る。
『止まれって言ってんだろ!悠真!』
同じく第一特務隊・黒崎が悠真の隊服を引っ張り、引き留め頭にげんこつを食らわす映像がモニターに流れると統括室内では笑い声がおこる。
「……実戦訓練終了。第一、装備点検後、総統室」
ーキィ…。
蓮が車椅子のブレーキを外すと蒼真は車椅子の背もたれに体を預けた。
「……誰か、悠真止めてくれ…」
げっそりとした顔で蒼真が呟くと、蓮は笑う。
「お前が言うな」
「いや、俺もっとマシだったろ」
「もっと酷い」
総統室直通エレベーターに乗り込みながら蒼真は過去を思い出していた。
確かに、死にたがり、なんて言われたこともあったな。と蒼真は目を細めた。
総統室へつくと、蒼真は車椅子からゆっくり立ち上がり、いつもの席へと腰を降ろす。
「で」
「南部に停滞している低気圧の影響の大雨がこっちに来る」
「うわぁ…低気圧…。南部の土砂災害の避難所状況は?」
「問題ない。うちと自衛隊で支援は回ってる」
災害避難所の資料に目を走らせる蒼真。
蓮はコーヒーを入れながら先ほどの訓練を思い返していた。
確かに悠真は若いころの蒼真並みに1人で突っ込む。
だが、その姿には蒼真とは違う何かを感じていた。
命を帰したい。と言うより…
父の背中を追い越したいという想いの方が強く感じる。
悠真は21歳になった。
15歳で黎明の訓練所に入り、総統の息子と言われながらも、蒼真譲りの実力で一般部隊を経て、第一に食い込んだ。
もちろん蒼真も蓮も悠真を贔屓する事はなかった。
自分たちがそうだったように。
ーコンコン。
「失礼します」
ノックの後、第一特務隊の日向の声が聞こえ、蒼真は書類から視線をあげる。
書類を裁いていた蓮もその手を止めた。
第一特務隊
隊長 日向賢吾
副隊長 本城翔太
隊員 黒崎駿
隊員 黒崎謙
隊員 神代悠真
5名が蒼真の机の前に横並びに整列すると、少し遅れて別の部隊が部屋へと入ってくる。
第一特務隊 医療班だ。
高難度の救助にあたる第一特務隊の現場では重症患者が多い。
そのため、すぐに現場で処置に当たれるようにと配置された医療班の精鋭達だ。
第一特務隊 医療班
班長 医師 河上光佑
副班長 医師 神代蒼志
看護師 東條渚
看護師 福池怜人
「……医療班、救護テント到着からの物品配置遅い。第一…悠真いい加減にしろ」
蒼真が訓練の総評を伝える。
いつも的確で説明は短い。が、今日は更に短かった。
珍しいな…と蒼志は蒼真の顔を見ると、顔色が悪い。
「…総統、食事は」
呼吸苦からあまり量が食べられなくなっている父を心配した蒼志が尋ねる。
「……食った」
「いや、いつもより少なかった。……どうぞ」
蓮は冷蔵庫から羊羹を取り出すと蒼真に手渡す。
一瞬迷った蒼真だが、受け取ると酸素マスクを外し静かに食べ始めた。
もぐ…
「……日向、新人の教育どうなってんだ。そのうち悠真死ぬぞ。埋まるぞ」
「埋まったのは総統です」
即座に悠真が声を出すと黒崎兄弟が肩を振るわせる。
「お前なぁ…ったく…南部に停滞していた低気圧が移動してきてる。こっちも大雨で土砂災害発生の危険がある。雨が降ったら出動だと思え」
「土砂災害警戒区域の資料だ。各自読む様に。医療班は周辺世帯住民の既往歴調査録も」
蓮が各自へ資料を手渡し、隊員たちは総統室を後にする。
しかし、蒼志と悠真はそのまま残ったままだった。
「なんだ」
2人の息子の前でも総統の圧を崩さない蒼真。
しかし悠真は気にした様子もなく机へ身を乗り出した。
「父さんさぁ、俺の扱い酷くね?」
「酷くねぇ。実際危ねぇ」
羊羹を少しずつ食べながら蒼真が即答する。
悠真が「うわぁ……」と顔をしかめる。
その横で、蒼志は静かに父の顔色を見ていた。
「……ちゃんと休んでる?」
「休んでる」
「嘘。蓮さん」
書類を整理していた蓮が、顔も上げず答える。
「3時間」
「少なっ」
「睡眠時間もっと取って…あと食事、小まめに摂りなよ。低血糖になるからって、羊羹ばっかり…」
「小まめに摂る時間ねぇ。バカが1人で突っ込むせいでな。……羊羹は片手で食える、仕事しながら食えるから丁度いいだけだ」
もぐ…
悠真が即座に引いた。
蒼真はげんなりした顔で羊羹を食べきった。
「……そもそも、お前ら俺をなんだと思ってんだ」
「「患者」」
兄弟揃って即答した。
「いや、総統って言うところだろ」
そんな息子達に蒼真も即答すると蓮は、お前の威厳はどこにある。と突っ込みそうなのを堪えながら、肩を震わせていた。
「……総統もしくは父親。ここでは患者じゃねぇ」
「羊羹食って、酸素して車椅子の人が?」
悠真の追撃に蒼真は睨みつけた。
「お前、最近マジで蓮に似てきたな」
「え、嫌なんだけど」
「俺も嫌だ」
「お前ら失礼だな」
蓮だけが平然と書類を捲る。
その空気の中、蒼志だけは笑わなかった。
「父さん」
蒼志は蒼真をまっすぐに見つめながら、静かな声で続けた。
「今回の雨域、本当に広い。……出る気?」
部屋の空気が少し変わり悠真も黙った。
蒼真はゆっくりモニターへ視線を向ける。
表示される雨雲。
警戒区域。
土砂災害危険地域。
昔なら迷わず現場へ出ていただろう。
だが今は違う。
「……必要なら出る」
悠真の表情が少し明るくなった。
父と現場に立てるかもしれない期待を抱いている。
だが蒼志は眉を寄せた。
「無理してまで行くなら、俺は止める」
息子ではなく医師としての声だった。
蒼真は小さく息を吐く。
「お前まで白石さんみてぇな事言うようになったな」
「白石先生が正しいから」
「……可愛くねぇ奴」
「元からだろ」
蓮の一言に蒼真は無言で書類を投げつけた。
蓮は投げつけられた書類を片手で受け止めた。
悠真は思わず吹き出してしまった。
「平和かよ……」
「平和じゃねぇ。悠真これお前の報告書、差し戻しだ」
「また!?」
蒼真が蓮に投げつけた書類は悠真が作成したものだった。
3回に1度、悠真は報告書の差し戻しを食らっている。
報告書を受け取った悠真は、この報告書地獄はいつまで続くのか…とこの世の終わりの様な顔をしている。
「……ほら、2人ともそろそろ戻れ。また贔屓だなんだと騒がれると俺がめんどくせぇ」
蒼真はしっしっ。と息子達を総統室から追い払う仕草をしながら、書類を手に取る。
「……無理はすんなよ、父さん」
念押しの様に蒼志が言うと、蒼真は片手を上げ書類から顔は上げずに口を開いた。
「総統室で今後、”父さん”禁止。次言ったら出禁」
「なんでだよw」
悠真が即座に突っ込むと、蒼真ではなく蓮が口を開いた。
「お前達の為だ」
蓮のその言葉の意味が2人にはよくわかっていた。
兄弟揃っての第一所属。それをよく思わない人間がいない訳ではなかった。
総統の息子だから贔屓だ。と騒ぎ立てる者もいる。それは蒼真も通った道だからこそ、けじめをつけたかったのだ。
蒼真は総統室で天音を”親父”と呼んだことがないのを蓮は知っていた。
仕事は仕事で分けなければ、正直やっていられない事もある。
「……失礼します、総統、補佐官」
2人は一礼すると総統室から出ていった。
蒼真は息を吐くと、羊羹を食べるために外した酸素マスクを再び装着する。
シュー……
蓮がそんな相棒を横目で見ながら小さく笑った。
「お前、ちゃんと親父やってんな」
「うるせぇ」
蒼真は天井を見上げながら呼吸を整えた。
この場所で父さんと呼ばれるのが苦手なだけだ。
この場所は…俺たちが怪物達に導かれ、怪物になった場所だから。
個人の神代蒼真として生きる場所じゃない。
外は夕暮れの光に輝いていたが、所々に厚い雲も見えた。
雲の隙間から差し込む夕日が光の柱を作っているようで不思議だな。と蒼真はその様子を見つめていた。
静かな総統室のモニターに各地の雨域予測と警戒区域が映し出されている。
蓮はコーヒーを蒼真の机へ置いた。
「飲むか」
「……後で」
珍しくすぐ手を伸ばさない蒼真に、蓮は少しだけ眉を寄せた。
その時だった。
――プルル……
静かな着信音が総統室へ響きわかった。
蒼真が机の端へ置かれたスマートフォンへ視線を向けた。
表示された名前を見た瞬間に蒼真の表情が変わった事に蓮は気づいた。
画面には
――母さん
蒼真はすぐに通話へ出る。
「……母さん?」
スピーカー越しに聞こえた澪の声は、少し震えていた。
『蒼真……』
その声だけで理解してしまう。
呼吸が少し浅くなる。
シュー……
『……天音が』
短い沈黙に空気が静かに張り詰めた。
蒼真は何も言わなかった。
言えなかった。
モニターの光だけが静かに部屋を照らしていた。
蓮は何も聞かず、静かに蒼真の酸素流量へ視線を向けた。
しばらくして蒼真は低い声で口を開く。
「……今行く」
通話が切れると静寂が部屋を少しの時間、支配した。
蒼真はゆっくり立ち上がろうとして――少しふらついた。
後遺症は、リハビリを経て、時が経っても完全に消える事はなかった。
未だに右脚には違和感が残り、右腕も震えが出る事がある。
蓮が即座に腕を掴み、転倒しないように蒼真を支え、車椅子に座らせた。
「……急ぐぞ」
蒼真は小さく頷いた。
シュー……
酸素音だけを残し2人は天音のいる医療棟へ向かった。




