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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第3章 移りゆく時

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第33話 Legacy Lives On

神代家の朝は穏やかだった。


珍しく朝から会議の予定の入っていない朝で、蒼真は午後から本部へと向かう予定だった。

リビングではテレビのニュースが流れ、キッチンからは朝食の香りが漂っている。

蒼真はソファへ腰を下ろしながら酸素のチューブを整えた。


「久しぶりにゆっくりね」

向かい側でコーヒーを飲んでいた麗華が穏やかに微笑む

「最近、会議続きだったから…」

蒼真は苦笑しながらニュースへ視線を向けた。


こういう時間は嫌いじゃなかった。

若い頃にはほとんど無かった時間だ。

だからこそ少し落ち着かない部分もあるが。


スマホが震えたのはその時だった。

着信画面に表示された名前を見て蒼真は僅かに眉をひそめる。


雨宮先輩


こんな時間に電話を掛けてくる相手ではない。

嫌な予感がして蒼真はゆっくり通話ボタンを押した。


「どうした」

返事はすぐには返って来なかった。

その沈黙だけで十分だった。

蒼真の表情から笑みが消えていく。


『……神代』


雨宮の声は静かだった。

いや静か過ぎた。


『鷹宮さんが』


そこで言葉が途切れる。

蒼真は何も言わなかった。

雨宮も続けられなかった。

数秒後、絞り出すような声が聞こえた。


『昨晩、亡くなった』


リビングから音が消えた気がした。

テレビの音も。

時計の音も。

何も聞こえない。

蒼真はただ窓の外を見つめていた。


「……そうか」

それ以上の言葉が出て来なかった。

そして、電話は切れた。


電話を切った後も蒼真は動かなかった。

麗華も何も聞かなかった。

聞かなくても分かってしまったからだ。


蒼真の手の中でスマホが再び震えた。

画面に表示されていたのは蓮からのメッセージだった。


迎えに行く。


ただ、それだけだった。

メッセージを確認してからも蒼真はしばらく動かなかった。

やがて蒼真は静かに立ち上がり、出掛ける準備をし始めた。


「行ってくる」

その声は驚くほど静かで麗華は小さく頷く。

「ええ」

蒼真は玄関へ向かった。

その背中を見送りながら麗華はそっと目を閉じる。


また一人。

黎明の時代を作った人が旅立った。



蒼真が玄関を出ると丁度、蓮の車が到着した。

蓮と目が合うが2人共、何も言葉を交わさなかった。

蒼真が乗り込むと蓮は無言のまま車を走らせた。


車内にはエンジン音だけが響いている。

普段ならどちらかが何かしら口を開く。

仕事の話や家族の話、第一の愚痴、他愛もない話をしているのに。


だが今日は違った。


二人共、窓の外を見ていた。

流れていく景色の中に、それぞれ別の時間を見ていた。


しばらくして蓮が小さく呟く。

「早かったな」

蒼真は窓の外を見たまま答えた。

「ああ」


鷹宮は誰よりも強かった。

少なくとも蒼真にとってはそうだった。

どれだけ怒鳴られても。

どれだけ鍛えられても。

いつか死ぬ人だと思ったことがなかった。

鷹宮隊長はそういう存在だった。


「天音さんも怒るな」

蓮の言葉に蒼真は小さく笑った。

「間違いねぇ」

天国でまた喧嘩が始まる。

そんな馬鹿みたいな想像をしてしまう。

そしてそれが少しだけ救いだった。


再び車内には沈黙が落ちた。

やがて蒼真は静かに口を開いた。

「雨宮は」

「朝から居る」

「そうか」


それだけだった。

だが二人とも分かっていた。


今日、一番辛いのは雨宮かもしれない。


隊長と隊員として第一特務遊撃隊に所属し同じ時代を戦った。

その後も2人とも教官という道を選んで同じ景色を見てきた。

蒼真達が知らない時間を共有していた。


車は静かに高速道路へ入る。

窓の外には青空が広がっていた。

まるで何事も無かったかのような空だった。

けれど、そんな空が鷹宮隊長の笑顔のようで蒼真は小さく笑った。


車がゆっくりと葬儀場の駐車場へ入った。

蓮がエンジンを切っても車内は静まり返っていた。

蒼真は窓の外を見つめていた。

見慣れた顔が何人もいた。

警察、消防、自衛隊、そして黎明。

鷹宮という男がどれだけ多くの人間に影響を与えたのかが、その光景だけで分かった。


「行くぞ」

蓮が静かに言うと蒼真は小さく頷いた。

車椅子へ移ると蓮が自然な動作で押し始める。


誰も何も言わない。

言葉が必要な空気ではなかった。


会場へ入った瞬間だった。

蒼真の視線が止まる。

そこに居たのは雨宮だった。

普段と変わらない黒いスーツ。

普段と変わらない姿勢。

だが一目で分かった。

一晩で老け込んだように見えた。


雨宮の傍には葛城と白石の姿もあった。

3人は蒼真達へ気付くと視線を送り合うだけで互いに何も言わない。

やがて雨宮が小さく笑った。

「来たか」

その声は掠れていた。

蒼真は頷く。

「……ああ」

それだけだった。

雨宮は視線を祭壇へ向ける。


「鷹宮隊長らしいよな」

蒼真もその先を見つめた。


遺影の中の鷹宮は。

昔と変わらない顔で笑っていた。


思わず蒼真は鼻で笑う。

「笑ってやがる」

「最後までな」

蓮も小さく呟くと葛城と白石は頷いた。

5人はしばらく遺影を見つめていた。


怒鳴られた日。

殴られた日。

投げられた日。

褒められた日。

認められた日。

それぞれ違う記憶が浮かんでは消えていく。


やがて雨宮がぽつりと言った。

「……やっぱ、辛ぇな…」

その言葉に蒼真はゆっくり目を閉じる。

天音、鷹宮そして――。

黎明を作った者達は少しずつ旅立っていく。

残されたのは自分達だった。


蒼真は静かに息を吐く。

「いや」

4人が視線を向けるが蒼真は遺影を見つめたまま続けた。


「まだ居る」


そう言って少しだけ笑った。

「面倒な教えだけはしっかり残ってる」

一瞬、雨宮と白石が吹き出し、蓮と葛城も小さく笑う。


そして祭壇の遺影だけが。

満足そうに5人を見下ろしていた。



葬儀が終わり、蒼真と蓮が車に戻ると近くのベンチに橘が座っていた。

「……橘さん、居たんすか」

蓮が声を掛けると橘はタバコに火をつけながら答えた。

「居た」

「帰ったって聞いたけど…」

蒼真が聞くと橘は煙を吐き、空を見上げて口を開いた。

「帰ったぞ」

「いや、どっちだよ」

呆れた声を出す蒼真を見た橘は鼻で笑った。

そして、しばらく3人の間には沈黙が流れた。

ただ、風の音だけが静かに流れていた。


「馬鹿野郎がまた先に逝きやがった」

ぽつりと橘が呟いた。


その声は悲しみではなかった。

労うような…橘なりの鷹宮への追悼だった。




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