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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第3章 移りゆく時

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第31話 A Promise in Black




数日後――

黎明本部・大会議室。


朝の幹部会議はいつも通り始まった。

長机を囲むのは各部門責任者達。

奏、律、葛城、白石。

そして総統席には蒼真が座っていた。

鼻カニューレから酸素が流れる微かな音だけが静かな会議室に響いている。


「それでは次の議題です」

葛城が資料を配り始める。

各自の手元へ置かれた表紙には大きく文字が印刷されていた。


――零式統括機運用規程改正案。


「……改正?」

最初に反応したのは奏だった。

奏は資料をめくりながら首を傾げる。

「零式統括機って…総統専用機じゃないですか…」

「そうだな」

蒼真が短く答えると律も資料へ目を落とす。

「機体不具合ですか?」

「違う」

「じゃあ何です?」


会議室の視線が蒼真へ集まる。

蒼真は少しだけ沈黙すると口を開いた。


「総統搭乗条件を変更する」


一瞬、会議室の空気が止まった。


「は?」

奏が素っ頓狂な声をあげる。

「総統搭乗条件?」

葛城が静かに資料を開きながら、淡々と説明を始める。

「改正案は二点。第一に、総統による零式統括機搭乗には医療班責任者の承認を必須とする」


数秒の沈黙の後で1番に口を開いたのは奏だった。


「……誰ですか、その規定考えたの」

奏が真顔で聞いた。

「俺だ」

蒼真が答えると、奏は資料を閉じた。

「却下で」

「まだ説明終わってねぇ」

「終わらなくても却下です」

即答する奏に律は横で吹き出しそうになりながら耐えている。

葛城は慣れた様子で続きを読み上げた。


「第二に、総統本人の健康状態によっては医療班責任者が搭乗を停止できる」


今度は会議室の全員が蒼真を見た。

蒼真の状態を詳しく知るのは過去に第一特務遊撃隊に所属していた者だけだった。

所属していなかった者達は総統、そこまで体調が悪くなってるのか?と怪訝な顔をしている。


白石は腕を組んだまま頷くと手を上げながら声を出す。

「賛成」

「お前絶対楽しんでるだろ」

「楽しい」

即答する白石に奏が机を叩いた。

「白石先生まで何言ってるんですか!」

「患者管理だ」

「患者って誰ですか!」

「そこにいる」

白石が蒼真を指差すと蒼真は露骨に嫌そうな顔をした。

しかし白石は表情を変えない。

「奏、お前、総統様が何回死にかけたと思ってる」

「……それは…」

「俺は数えてる」

真面目に言う白石に蒼真は小さく息を吐きながら呟く。


「暇か」

「お前の担当医だからな」

会議室の空気が少しだけ緩んだが蓮だけは笑わなかった。

資料へ目を落としたまま静かに口を開く。

「……事故の件か」

その一言で空気が変わった。

蒼真は何も答えず、ただ視線だけを窓の外へ向ける。


数日前の大型バス事故の、あの運転手。


『自分より他人』


そう言った娘の声が今も耳に残っていた。

しばらくの沈黙の後、蒼真は小さく息を吐く。

「……少し考えただけだ」

その声は以前より少しだけ弱かった。

だからこそ蓮には分かってしまった。

神代蒼真という男が。

初めて、自分自身を守る方法を考え始めていることに。


「……とにかく、今はまだ承認は出来ません」

奏は詳しい内容説明がなされないなら認めない。と珍しく反対していた。

実質、黎明の第4権限者的立場の奏が納得しないと言うと、他の幹部達も確かに承認できないと反対意見が出された。

ざわめきながら、その日の会議は終わった。

結論は出ないまま。


退室していく幹部もいる中、奏は蒼真へと歩み寄った。

「”総統専用機”…マットブラックの…俺があの時見た蒼真さんの姿を忘れた事、ないですから」


あの大型商業施設崩落で零式統括機が見えた瞬間の”帰せる可能性”を奏は忘れた事はなかった。


「……そうかよ」

「補佐官は納得してるんですか」

蒼真の返事が自分を相手にしてくれていないと感じた奏は今度は蓮に詰め寄る。

会議中もほとんど口を開かなかった蓮に奏は苛立ちも覚えていた

「総統がそうしたいってんなら、規定変更に問題ないならいいだろ」

蓮の言葉に奏は無意識に拳を握っていた。


「……マットブラックで…全員、帰すって!あの時、言ってたじゃないですか、蒼真さん!」


奏自身、自分でも驚く程、荒い声だった。

黙って見ていた葛城が奏の腕をとり、会議室を退室させた。

会議室には蒼真と蓮だけが残り、2人ともしばらく何も話さなかった。



会議室を出た葛城は大きなため息をつくと腕組みをして奏に向き合った。

「……お前な…神代が憧れなのは分かるけど…噛み付いてどうすんだ。お前は神代の体の事だって分かってんだろ」

「……体の事じゃないです…約束なんですよ…」



ーー黎明本部庁舎前。

その日、たまたま残務処理で深夜まで残っていた奏は驚愕した。

庁舎前の地面、地下格納庫の扉が開かれていた。

奏は地下格納庫の扉が開かれるのを見た事がなかった。過去、何度か開かれたそうだがそれは前総統、天音時代よりも前の時代だと聞いていて、本当は存在しないのでは?と疑う者も多い。


その扉が開かれている。


大型トレーラー、最低限の作業員と厳重な警備の様子は明らかに極秘案件だった。


「……なんだ、あれ」

思わず呟いた。

ゆっくりと搬入されていたのは見たこともない大型航空機だった。


漆黒。

灯りに照らされても黒い。

隊員用輸送機でもなければ、自衛隊機でもない。

異様な存在感だった。


「見つかったか」

背後から声が聞こえ、振り返ると蒼真が立っていた。

総統就任からまだ間もない頃だった。

「すみません!」

奏は反射的に背筋を伸ばし頭を下げた。

極秘案件だとすぐに分かったからだ。

しかし蒼真は怒る様子もなく、黒い機体へ視線を向けたまま呟いた。

「まぁ…お前ならいっか。……どう思う」

「……黒いですね」

奏の言葉に蒼真が小さく吹き出した。

「そのまんまだな」

少しだけ緊張が解け、奏も苦笑すると改めて見上げる。

巨大な黒い機体。

夜の格納庫へ運ばれるその姿は、どこか不気味で、どこか格好良かった。


「新型機ですか?」

「ああ」

蒼真は短く答えると同時に少しだけ表情を変える。


「今まで何度も間に合わなかった」

奏は黙って聞いていた。

「通信が届かねぇ、指揮所が近付けねぇ、医療班も入れねぇ」


静かな声だった。

怒りでもない。

諦めでもない。

ただ事実を並べるような声だった。


蒼真は黒い機体を見上げる。

「だから、手に入れた」


奏はその横顔から目が離せなかった。

莫大な予算や国家との調整、反対意見の中で蒼真と蓮と葛城が議論を交わしていると、そんな話を奏も噂程度には聞いていた。


それでも蒼真は諦めなかった。

その理由が今なら少し分かる気がした。


蒼真は機体を見つめたまま言う。

「この機体で」

一度言葉を切ると、蒼真の目が鋭くなった。


「全員、帰すんだ」


奏は思わず機体を見上げた。

全員。

その言葉はあまりにも大きかった。

それでも目の前の男なら本気で実現しようとしている。

そう思えた。


「……はい」

自然と言葉が出た。

蒼真は少しだけ笑う。

「名前、考えてくれ」

「え?」

「機体名」

突然の無茶振りだった。

奏は再び黒い機体を見上げる。

黒い。

とにかく黒い。

数秒考えた結果――

「マットブラック」

蒼真は盛大に顔をしかめた。

「センスねぇな」

「じゃあ蒼真さん考えてくださいよ」

「零式統括機」

「そっちの方がセンスねぇですよ」


夜の暗闇に二人の笑い声が響いた。

その日から奏の中で。

零式統括機はずっと――

マットブラックだった。

そして、蒼真との約束であり希望だった。


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