↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第2章 次の景色

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/82

第29話 Jast a Driver

県警本部の会議室の空気は重かった。

大型モニターには事故現場の写真や現場見取り図にドライブレコーダーの回収状況等が映し出されていた。

そして事故発生時の車両軌跡が映し出される。


長机を挟み警察関係者が並ぶ中、蒼真、蓮、葛城、悠真も席についていた。

悠真は自分がどうしてこんな重役達と共に会議室で座っているのか、まだ混乱していた。

着いてこいと言われ、運転手をさせられ運転が下手。と蒼真にどやされてたどり着いていた。

助手席に座っていた葛城は「お前の父ちゃん、運転には口煩くなるから我慢しろ」と慰められた。


「お忙しい中ありがとうございます。……そちらは息子さんで?」

県警捜査一課長はこんな若者が黎明の重役と共に何をしに来た。と言いたげな視線を悠真に向けた。

その視線に気が付いた蒼真が口を開く。

「いえ、息子としてではなく、現場の救助を担当した者の代表として連れてきました。現場での気づきもあったと思いますので」

「それはありがたい」

県警の捜査一課長が頭を下げると蒼真は軽く頷く。

「状況を」

単刀直入だった。

それだけで会議室の空気が引き締まり、担当刑事が資料を開いた。


「まず結論から申し上げます」

モニターが切り替わり事故現場の道路が映し出された。

「ブレーキ痕がありません」

悠真は資料へ視線を落としながら、現場を思い出していた。


確かに無い。


大型観光バスが崖下へ転落したにも関わらず、道路には制動痕が残っていなかった。

「ABSの可能性は?」

蓮が口を開く。

「調べました」

刑事が頷く。

「ですが説明がつきません」

刑事は資料を1部取り出し、差し出した。

『ブレーキを踏みました』

『何度も踏みました』

『でも止まらなかった』

蒼真は無言で資料を見つめる様子を見て、刑事が続ける。

「運転手の証言ではブレーキを踏んでいますが、痕跡が残っていない。整備記録にも異常はありません」

会議室に重苦しい空気が流れた。


「事件ですか」

葛城が尋ねると刑事は首を横に振った。

「それもまだ分かりません」

そしてモニターに次の写真が映し出された。

崖下へ向かう車両軌跡に蒼真の目が細くなる。


「……待て」

会議室の全員の視線が蒼真へ集まった。

蒼真はモニターへ顔を向けたまま口を開いた。

「これ」

指差したのは事故直前の軌跡だった。


「左へ逃げられたはずだ」

刑事達が顔を見合わせる。

「ですが運転手は右へ切っています」

蒼真は黙り、顎に手をあて数秒考えると口を開いた。

「前方映像は」

「ありません」

「後方車両は」

「走っていませんでした…」

再び沈黙が会議室を包むと蒼真は椅子へ深く背を預けた。



「……こいつ」

蒼真が呟くと悠真が資料から顔を上げた。

蒼真の目は事故写真ではなく、運転手の証言資料へ向けられていた。


「守ろうとしたのか」


会議室はまだ静まり返っていた。

誰もまだ答えを持っていなかった。

だが、神代蒼真だけは。

事故ではない何かを見始めていた。


蒼真の呟きに会議室が静まり返る。

刑事が資料を捲りながら口を開いた。

「総統、その根拠は」

蒼真はモニターから目を離さない。

「右へ切ってる」

「はい」

「普通なら止まる。でも、ブレーキ痕がない、と言うことは…」

会議室の誰もが頷いた。

大型車両の山道、それも下りだ。

ブレーキ異常が起きたらまず考えるのは停止だ。

だが、蒼真は事故直前の軌跡を指差す。


「止まれなかった」

その一言に、会議室の空気が変わる。

蓮が腕を組み、口を開いた。


「ブレーキ故障前提か」

「可能性は高い」

蒼真が答える。

「で、右へ切った」

葛城も資料へ視線を落とした。

「左じゃなくて」

「左じゃない」

蒼真が頷くと刑事が口を開く。

「左側は法面です」

「だからだ」

蒼真は即答すると会議室全員が顔を上げた。

蒼真はモニターを見つめたまま続けた。


「ガードレール突っ切れば崖だ」

「だが左は山肌、当てて減速する選択肢がある。でもそれをしなかった。下りでのったスピード、しかも大型車両だ。運良く減速出来たとして……その先」

蒼真の目が細くなったその先の映像は山道の先だった。

「事故現場から約三百メートル手前だ」

悠真が食い入るようにモニターの地図を見つめた。

そして、蒼真の言葉のその先を呟いた。

「……横断歩道」

悠真の呟きに会議室の警察側が息を飲んだ。

慌てて、手元の周辺地図を捲り出す音が響く。


そして、刑事が呟く。

「…小さな観光施設があります」

モニターの写真が事故現場から観光施設へと切り替わる。

土産物店、休憩所、駐車場…。

「普段から利用客も多い…当時も利用客がいまして、バスの落下音がしたと現場を確認した利用客からの今回の通報でした…」


蒼真は目を閉じた。

既に蒼真の頭の中では全てが繋がり始めていた。

「前方映像はまだか」

「回収中です」

「急げ」

蒼真の声が一弾低くなると、刑事達が動き出した。


蓮は煙草の代わりにペンを回しながら呟く。

「嫌な予感しかしねぇな」

「俺もだ」

蒼真が答え、葛城はただ頷いた。

そんな中、口を開いた悠真の声は少しだけ震えていた。

「父さん」

「ん?」

「もし本当にそうだったら…」

蒼真は数秒だけ考えると静かに答えた。


「……英雄になんかならねぇよ」


蒼真のその言葉に会議室が静まり返った。

「ただの運転手だ」

蒼真の視線は資料へ向けられていた。

「ただ、自分の仕事を最後までやっただけだ」

その言葉を聞きながら。

悠真は事故写真の中のバスを見つめた。


助ける。

帰す。

繋ぐ。

その前に。

守る。

その意味を。

少しだけ考え始めていた。


会議室には静かな時間が流れていた。

事故写真、現場図面、証言資料に誰もが目を通していたその時だった。

「失礼します!」

若い刑事が息を切らしながら会議室へと走り込んできた。

「記入漏れの証言が!」

それは運転手の搬送時の記録だった。


「事故直後、救急隊へ最初に言った言葉です」

配られた資料に書かれていたのは短い一文だった。


『後ろを助けてくれ、子供が乗っている』


たった、それだけだった。


誰も言葉を発さなかった。

運転手自身も重傷のなか、最初に出た言葉は自分の事ではなかった。

「……」

悠真が資料を見る。

蒼真も。

蓮も。

何も言わない。


刑事が続けた。

「自分の怪我については一言もなく…乗客だけでした」

会議室が静まり返るなか蒼真は小さく息を吐いた。

そして、酸素が静かに流れる音だけが聞こえる。


「似てるな」


誰へ向けた言葉だったのか。

悠真には分からなかった。


だが蓮と葛城だけは分かったらしく、小さく鼻で笑う。

「だから嫌な顔してたのか」

「してねぇ」

「してた」

即答する蓮に葛城が苦笑する。

蒼真は視線を外した。

「……自分の事を後回しにする奴は面倒なんだよ」

「説得力がねぇな」

葛城が即座に返すと会議室の何人かが吹き出しかけていた。

蒼真は見えていないフリをした。

だが、悠真だけは気付いていた。


父の目だった。

総統じゃない。


「運転手には家族が?」

蒼真が尋ねると刑事が資料を確認する。

「妻と娘が一人、娘さんは高校一年生です」

蒼真は目を閉じ、数秒で開けると呟いた。


「会える状態か」

「まだ集中治療室です」

「そうか」

短い返事だった。

だがその声はどこか重かった。


悠真は資料へ視線を落とす。

守る。

助ける。

帰す。

その違いはまだ分からない。

自分より先に乗客を気にした運転手の言葉だけは何故か胸に残った。


『後ろを助けてくれ』

蒼真は静かに立ち上がる。

「ドラレコ回収次第連絡をくれ、あと病院は…ぁあ、うちに来たのか」

刑事達が頷き、会議は終わろうとしていた。

だが、誰もこの事故をただの事故だとは思わなくなっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。