第28話 Learn the Hard Way
「今回の緊急出動、確かに難しい判断場面だったと思う」
蒼真は総統室の窓の外を眺めていた視線を第一へ向けた。
「まぁ、よくやった」
真っ直ぐに向けられた蒼真の視線に固まっていた第一の全員の肩から力が抜けた。
「が、支点確認と荷重計算が甘い」
蒼真がそういうと蓮が第一へ資料を配ると口を開いた。
「全員、勉強しろ」
それだけ言うと蓮は補佐官席へと戻っていく。
そして、蒼真は医療班へ視線を向ける。
「…医療班、処置も判断も適切だった。1人抜けても機能しているのは日頃からの確認のたまものだな。で、渚が現場から抜ける分、医療班は再編を行う。白石と話し合うから結果を待つように」
蒼志はほっと胸をなでおろした。
あの時…重症は女性の方だった。
事故発生から1時間近く、積み重なった座席に両足が圧迫されており、救出とともにクラッシュシンドロームを発症、1秒でも早く、搬送が必要だった。
事前のヘリの要請、その場での判断、全てが噛み合い女性の命は繋がった。
総統室を後にし、第一は隊室で今回の出動の反省会を行った。
それぞれが渡された資料を手にし真剣な表情で。
やがて反省会が終わると第一の面々は隊室から出ていく。
気付けば部屋には悠真だけが残っていた。
悠真の机の上には蓮からで配られた資料。
支点計算、荷重計算、車体重量、救助手順の全てが書かれていた。
悠真は黙ったままページを捲り、そのすべてを頭に叩きこもうとする。
——支点確認と荷重計算が甘い。
父の言葉が頭から離れなかった。
間違ってはいない。
実際、自分は飛び込もうとした。
結果的に父が止めなければ三人目になっていたかも知れない。
分かっている。
分かっているのに。
資料を握る手に力が入った。
「……父さんなら」
小さく呟き、資料を持ち悠真は立ち上がると自販機へと向かった。
自販機の飲み物を買い、歩きながら飲んで資料を捲る。
その時だった。
「帰らねぇのか」
後ろから聞き慣れた声が聞こえ、振り返ると車椅子に乗る蒼真と横に立つ蓮がいた。
「……」
「黙るってことは図星か」
「……」
「何見てんだ?」
「……荷重計算」
「ほう」
少しだけ意外そうな声だった。
勉強好きじゃないのに、やれと言われたらお前もやるのか。と蒼真は意外そうにしていた。
蓮は「タバコ吸ってくる」と喫煙室へと向かっていった。
蓮の背中を見送りながら、悠真は俯き、口を開いた。
「俺じゃ無理だ」
「何が」
「全部」
悠真の声は震えていた。
「現場も判断も計算も……父さんみたいにはなれない…」
静かなに悠真の言葉が落ちた。
蒼真はしばらく何も言わず悠真を見つめていた。
そして、車椅子に座りなおしながらゆっくりと口を開いた。
「当たり前だろ」
「……は?」
悠真が顔を上げると蒼真は悠真の手から資料を取り、適当にページを捲りだした。
「俺が何年やってると思ってる?お前はまだ数年だろ、比較にならねぇ」
「でも——」
「でもじゃねぇ」
蒼真は資料をあるページで開くと悠真へ手渡す。
「この事例は俺が失敗した。蓮がカバーした」
「え…」
「お前くらいの年の頃だったかな…右肩を再脱臼して、麗華にも怒られた。……そっから、俺の右肩は外れやすくなって…常に固定サポーターつけてたんだよ」
蒼真は少しだけ俯いて寂しそうな顔をした。
そして、左手を右肩にあてた。
確かに、父は昔から右肩にサポーターをつけていたのを悠真は思い出した。
着替えや、お風呂、夏の半袖から見える黒いサポーターに悠真は何も考えもしたことはなかった。
気にしたこともなかった。
「悔しいなら勉強しろ」
「……」
「自分も帰す計算にちゃんといれろ。この事例、俺は自分を計算に入れ忘れた、だから肩を外した。戻ってこないものがあることを俺はその時、初めて知ったよ」
蒼真の声は優しかった。
そのせいなのか…悠真は目頭が熱くなったのを感じた。
「失敗なんて誰でもする。分かんねぇことだって誰にでもある。悔しいなら、勉強しろ」
蒼真の目は真っ直ぐだった。
その真っ直ぐな視線に射貫かれ、悠真は返事すら忘れてしまった。
「……返事は?」
「…ぁ、ごめん…勉強、頑張るよ!」
「よし」
悠真がしっかりと返事をすると蒼真は少しだけ笑った。
お前はお前の速度でいい。
今はまだ、守ってやれる。
止まることも覚えだしたお前から、覚えられるはずだ。
と、蒼真が言ってくれているように悠真は感じた。
それは総統ではなく、父の言葉だった。
「総統」
2人の後ろから聞こえた声は葛城だった。
その表情は少しだけ険しい。
「県警から連絡です」
蒼真が葛城に視線を向けた。
「内容」
「今回のバス転落事故について」
葛城は一枚の資料を差し出した。
「少し妙な点があるそうです」
廊下の空気が張り詰めた。
「妙な点?」
「ブレーキ痕がありません」
悠真が顔を上げ、葛城は続ける。
「運転手の証言とも一致しないそうです」
葛城は蒼真へ資料を渡すと蒼真は資料へ目を落とした。
「警察は何て言ってる」
「事故とは断定していません」
葛城が答える。
「調査協力を求めたいそうです」
悠真が蒼真を見ると数秒黙り資料を見つめた後で蒼真は資料を閉じた。
その目はもう、父親の目ではなかった。
総統の目だった。
「分かった。……詳しい話を聞こう」
その時、喫煙室から蓮が戻ってきた。
蒼真は資料を蓮に渡すと読み始める蓮、
「悠真」
「……はい」
「着いて来い」
「え?」
「勉強だ」
蓮が車椅子を押し、歩き出すと葛城も続く。
一人残された悠真はしばらく呆然としていた。
そして数秒後。
「……マジかよ」
小さく呟くと3人の背中を追った。




