第26話 Not to Impress
「本部から第一、緊急出動要請あり」
演習終了直後だった。
まだ米軍選抜隊との合同訓練の余韻が残る演習場に緊急回線の着信音が響き、通信機から奏の声が聞こえてくると空気が変わった。
ふざけていた者も片付けをしていた者も全員が動きを止めた。
日向が通信機を取った。
「こちら第一」
『県警より支援要請。山間部観光道路で大型観光バスが転落』
その一言で全員の表情が変わり、空気が張り詰めた。
『乗員乗客47名』
「……は?」
悠真が思わず呟いた。
『ガードレールを突き破り約30メートル下へ転落。車体は横転状態』
しかし、日向は続きの確認を取る。
「消防は?」
『現着済み。だが二次被害の危険が高く進入不可』
日向達第一の顔が険しくなった。
『警察、消防共に要救助者へ接触出来ていない』
「……了解」
通信が切れると数秒の沈黙が包まれた、その直後。
「第一、出動準備」
蒼真の声が響くと同時に一斉に動き出す隊員達。
訓練は終わった。
ここからは実戦だ。
悠真も反射的に走り出そうとして――
「悠真」
呼び止められた。
その声は蒼真だった。
酸素マスク越しの視線が真っ直ぐ向けられていた。
「……なんだよ」
「浮くな」
蒼真の言葉は短かった。だが悠真には分かった。
ー期待外れ。
その言葉が父の耳にも届いたということを。
蒼真は小さく息を吐いた。
「現場は評価される場所じゃねぇ」
「……」
「助ける場所だ」
それだけ言うと蒼真は悠真に背を向け、本部庁舎へ向かっていく。
「行け」
蓮が悠真の横を蒼真を追って通り過ぎた。
「総統、暑さで倒れるなよ」
「うるせぇ」
「酸素流量上げろ」
「うるせぇ」
「氷持って来るか?」
「殺すぞ」
その光景を見ながら悠真は小さく拳を握る。
助ける場所。
そうだ。
現場は証明する場所じゃない。
誰かを助ける場所だ。
「……行くぞ」
悠真はヘルメットを被ると仲間達の元へ駆け出した。
その背中を、蒼真と蓮は何も言わず見送っていた。
黎明本部 統括室の大型モニターへ現場映像が映し出されていた。
山間部の崩落したガードレールの遥か下で横転する大型観光バス。
消防、警察、救急…と既に複数機関が到着していた。
蒼真が統括席につくと統括室全体の空気が変わった。
遊びも雑談もない全員が仕事の顔だった。
ただ1つの目的。
ー全員、帰す。
そのために。
「映像固定」
蒼真が静かに言う。
「固定しました」
「消防現場指揮と接続」
「接続します」
通信が繋がると蒼真はイヤホンを装着する。
『こちら県消防』
「黎明統括室、神代です」
相手は一瞬黙り、再び出した声は緊張していた。
『神代総統』
「状況を」
『車体は斜面中腹で停止。乗員乗客47名。確認出来ているだけで重傷者多数です』
「進入は」
『二次崩落危険で難航しています』
蒼真は通信中もモニターから目を離さない。
「警察は?」
『周辺封鎖完了』
「救急受け入れ先」
『調整中です』
「了解、受け入れ先は黎明で確保する」
『了解』
蒼真は通信回線を切り替え、医療棟の白石と現場の蒼志へ繋げた。
「白石医療統括部長」
『はい』
「大型観光バス転落、横転。乗員乗客47名。消防の救命受け入れ先、難航してる。うちに重症病床3床空いてるよな」
『重症3……正解、流石。受け入れます。その他の医療機関、搬送振り分けはこっちに任せろ』
「助かるよ。……蒼志、聞いたか」
『はい、聞きました。重傷患者、自分がドクターカー搬送で黎明に搬送します。いや…ヘリ搬送も視野にお願いします。白石部長、受け入れ頼みます』
『了解』
「頼む」
あまりにもスムーズなやり取りだった。
蒼真の適確な説明に白石の判断と蒼志の理解力。
3人の統率が完成に近づいていた。
蒼真の隣で通信を聞いていた蓮が葛城へ指示を飛ばす。
「葛城、ヘリ出動可能性あり、航空管制に許可出し」
「問題ない」
すでに航空管制には許可取り済みだ。と葛城が立ち去っていく。
「いや、早すぎ葛城さん」
蒼真が苦笑いしながら呟くと、蓮も苦笑いする。
「航空管制の鬼だからな、あの人。蒼志のヘリ搬送判断前に電話掛けてた。一応、指示出したけど」
「いや、それ怖いわ。葛城さんにそもそも指示いるか?」
「形式上必要だろ。……奏、軽症者搬送用の大型車両、うちから出せ」
「もう出してます、大型2台と追加医療班向かわせました」
「……奏…お前仕事早くなったな」
蓮が無表情のまま奏に拍手を送っていた。
蒼真は少しだけ肩を振るわせていた。
「いや、俺ももう大人ですよ…?まぁ、内部指令は任せてください」
ニッと笑う奏に蒼真は少し笑うと椅子から立ち上がり一言だけ呟いた。
「頼もしい」
そして、大型モニターを睨みつけた。
「さて…ここからは戦場だ」
その頃、現場に第一と医療班の車両が到着し隊長・日向は消防との連携に入り、本城、黒崎兄弟と悠真は装備の最終点検を行っていた。
先ほどの選抜隊の言葉に動揺していた悠真が心配になり、謙は悠真に声を掛けた。
「悠真、さっきの気にすんなよ」
「……大丈夫です」
少しだけいつもより表情の固い悠真に今度は駿が声を掛けた。
「俺達はお前の実力知ってるから。期待外れなんて思ったことない。……突っ込みすぎんなよ」
「それは分かってんですけど…目の前の人、助けるのに体が動いちゃうんですよね…」
「悠真、お前が何が出来るか、だ」
様子を見ていた本城が悠真の肩を叩いた。
「いつものお前でいいんだから。気負うな、今はこの現場だ」
「……はいっ」
ーギュッ。と悠真はグローブを嵌めなおす。
そして第一の4人は崖を慎重に滑降していった。
黎明本部庁舎、統括室の大型モニターで滑降の様子を見守る蒼真達。
「総統、傷病者の受け入れ先、振り分け完了と白石部長から報告上がりました」
モニターを見つめる蒼真に声を掛けたのは律だった。
蒼真は少しだけ律に視線を送ると頷くとすぐにモニターへ視線を戻した。
「……悠真くん、滑降速度早すぎませんか」
「……急ぎすぎだな」
崖を一番に降り、横転している大型バスに悠真は一番に走り出していた。
内部確認をしている様子が見られた。
しかし……その瞬間、蒼真の目が鋭くなった。
「あ…やべぇ」
思わず漏れた言葉に蓮がモニターへ目を向けた。
「待て、止まれ」
蒼真と蓮の声が重なった、その瞬間。
強風で大型バスが一瞬、大きく揺れた。
だが映像の向こうの悠真に2人の声は届かない。
「行ったな」
葛城がモニターを見ながら額を押さえた。
「行ったな」
蓮も頷く。
「行ったな……」
蒼真も酸素マスク越しに息を吐いた。
三人とも同じ感想だった。
「だから確認してから行けって言ってんだろ……」
蒼真がぼそりと呟く。
「聞こえる訳ねぇだろ」
統括室の何人かが吹き出した。
だが次の瞬間には本城の怒声が通信越しに響いてきた。
『悠真!止まれ!!』
『すみません!!』
「ほら怒られた」
統括室の全員が見事なまでに同じ反応だった。
蒼真が椅子へ腰を降ろすと蓮も椅子へ深く腰掛けた。
「猿」
「猿だな」
葛城も頷くと蒼真は数秒黙った後、小さく呟いた。
「……俺もあんな感じだった?」
蓮と葛城が蒼真を同時に見ると口を開いた。
「もっと酷かった」
「今の三倍だな」
即答する2人に蒼真は静かに資料で顔を隠した。
「……マジか」
「マジだ」
統括室の空気が少しだけ和らいだが、モニターの向こうでは命がかかっている。
今は過去の恥ずかしさより、現実だ。と蒼真は資料を下ろすと表情を切り替える。
「第一へ」
『第一です』
「全員で帰ってこい」
その蒼真の言葉に第一の全員が一瞬だけ、黙った。
しかし、すぐに全員が通信機に向け、声を出す。
『了解』
声が重なると通信が切れた。
蒼真はモニターを見続けた。
現場へは行かない。
行けない。
だが見ているだけでもない。
今の自分の役目は現場で戦うことではなく、帰らせることだと知っていた。




