第24話 Now It’s Your Turn
「あれ、そう言えば…トウサンって…それ、息子か?」
ブライアンがふと悠真を見ながら呟いた。
悠真は首を傾げた。
その様子を見て椅子に座ったまま、蒼真がブライアンに答える。
「次男の方だ」
「次男!?お前、何人子供いるんだよ!」
「3人……長男はそこの黒髪の目つき悪い奴」
「……何か今、悪口言わなかった?」
蒼真が蒼志を指差しながら言うとブライアンは目を丸くした。
蒼志は少し不機嫌そうな顔をしている。
今、なんかよくない単語は聞き取れたよ。と言う顔だ。
蒼真は蒼志に向き直った。
「事実しか伝えてねぇ。……むしろ、蓮に似てんじゃね?」
「それは嫌だ」
「へぇー!確かに次男はソーマに似てるな。長男は…母親似なのか!」
「多分な……ぁ、ついでに長男の横に居るのは長男の嫁」
「………Oh......」
あの蒼真に子供がいて、その子供も結婚していると知ったブライアンは時の流れは早いものだ。と呟いた。
「で、何話してんだ」
すっかり置いてけぼりの蓮が不満そうだ。
「……家族紹介。つーか、誰か他に英語分かるやつ居ないのかよ…通訳疲れた……」
げんなりとしながら蒼真は周りを見渡す。
「蒼志…頭いいけど、難しく考えそう……悠真…………猿か。あ、渚、ちょっといいか」
蒼真が呼ぶと渚は蒼真の方を見たが近寄ろうとはしなかった。
「嫌です」
「まだ何も言ってねぇんだけど?」
「嫌な予感がしました」
小さく渚は息を吐くと渋々、蒼真の近くへ寄る。
「なぁ、ホームステイして英語覚えて来てくれよ。そしたら、俺の通訳、今後いらねぇし」
「……総統、ホームステイ無理です」
「じゃあ、英会話教室」
「嫌です」
「……なんで」
渚は呆れた顔をして、ため息をつく。
その目はまっすぐ蒼真を見ていたが、どこか迷いが見えた。珍しいな、と蒼真が思っていると渚が口を開いた。
「……妊娠しました」
「…………What?」
その場の誰もが、静止した。
渚だけは平然とした顔をしている。
そして、数秒の停止の後、全員の声が揃った。
「は?」
蒼真はその声で引き戻され、蒼志を見た。
蒼志は何故かまだ固まっていた。と、言うことは…もしかしたら渚の冗談かもしれない。夫の蒼志が知らないわけないし、冗談だからわざと固まっているんだ。と蒼真は考え渚に返した。
「……なんて言った?」
「だから、妊娠です。蒼志との子供がいます。昨日、分かったんです」
「……いや、昨日…確定?」
「病院で診てもらったので」
「……ぁあ、そう……」
聞き間違えではなかったらしい。
その時、蒼志が渚の元へ走ってきた。
「渚、どういう事なの」
「え?ぁあ…麗華さんには相談してたけど、総統あんまり家に居ないから、言うなら今言った方が、英会話教室も行かなくて済むし」
「いや、そうじゃなくて…俺、知らないよ!?」
「だから、昨日、分かったの」
「なんで父さんが先なの!」
「いや、別に蒼志はいつでも一緒に居るから、いつでも言えるじゃない?」
確かに、確かに正論ではあったが、蒼志はガックリと肩を落とした。
そんなやり取りを見ていたブライアンが蒼真に声を掛けた。何があった?と。
蒼真はまだ頭が全てを処理出来ていない状況だったが答えた。
「……son's wife.………Baby.」
もはや、英会話ではなかった。
単語だけだった。
それでも、それを聞いた瞬間、ブライアンは目を輝かせて、蒼志の背中をバンッ!と叩いた。
「Congratulations!!」
蒼志は突然のブライアンに驚きながらも頭を下げた。
今の父の単語も、ブライアンの言葉も聞き取れたからだ。
そして、しっかりとブライアンの目を見ながら蒼志は口を開いた。
「……Thank you.」
ブライアンはニコッと笑うと蒼真に親指を立てた。
蒼真はそれに微笑みで返した。
その時、ずっと黙っていた葛城が蓮に耳打ちをした。「後であの2人、総統室に呼べ」と。蓮が葛城の顔を見るとその表情は少しだけ曇っていた。
蓮はただ静かに、頷いた。
そして、その日の合同訓練は滞りなく進み、
明日も訓練予定となっていた。
ブライアンと選抜隊は本部の宿泊施設に泊まってもらう事となっていた。
そんな夕方ーー
総統室の蒼真の席の前に蒼志と渚が立っていた。
蒼真は2人をなにをしに来た?と見つめていた。
「葛城さんに頼まれて、俺が呼んだ」
と、蓮が呟いた。
「……ここじゃなくて良くね?蓮、羊羹くれ」
「自分で取れ」
言いながら、蓮は羊羹を出すと蒼真に手渡す。
羊羹を食べながら蒼真は蒼志を見た。
「……お前が父親か」
「まったく実感ないんだけど…」
「……父親の実感なんて、産まれるまでねぇよ。その手に抱くまで。俺が言った事、忘れてねぇよな?」
あの夜、2人で話した事。
『ーーーちゃんと繋いで帰ってこい』
蒼志は真剣な目で蒼真を見た。
「覚えてます、忘れません」
「……なら、いい」
それだけ言うと蒼真は羊羹をまた食べだした。
今日は暑かった…外に居るだけで体力を使ったのだろうと、蓮は蒼真にコーヒーではなく、スポーツドリンクを手渡した。
素直に蒼真はそれを受け取ったが1度、蓮に戻した。
ー右手が震えて、開けられなかった。
蓮は何も言わずに蓋を開けると再度手渡した。
その様子を渚が「熟年夫婦だ」と眺めていた。
ーコンコン。
ノックの音と共に中へ入って来たのは葛城だ。
いつもの様に書類の束を一旦、補佐官席に置くと蒼志と渚の前で腕組みをして仁王立ちした。
「で、渚」
葛城の低い声が総統室に響いた。
蓮は席につくと書類の確認を始め、蒼真は窓を見ながら羊羹を食べていた。
渚は背筋を伸ばした。
「はい」
「報告内容に問題は無い」
「はい」
「妊娠した事もめでたい」
「ありがとうございます」
「だが」
その一言で空気が変わり、渚は小さく息を飲む。
葛城は腕を組んだまま続けた。
「何故、米軍の前で言った」
「総統が居たので」
「蒼志も居た」
「居ました」
「なら先に蒼志へ言え」
「でも総統、忙しくて」
「そういう問題じゃない」
即答する葛城に渚は黙った。
横では蓮が書類をめくる音だけが響いていた。
蒼真は羊羹を食べていて、まるで関係無い顔だ。
「渚」
「はい」
「総統は何と言った」
「……What?」
総統室が静まり返ると蓮が吹き出した。
蒼真が窓の外を見ながら3つ目の羊羹を食べだした。
葛城は額を押さえた。
「そうだ」
「はい」
「何故、処理落ちさせた」
「知りません」
「知れ」
「無茶です」
「無茶じゃない」
淡々と繰り広げられる会話に蒼志は隣で肩を震わせていた。
笑ってはいけない。
だが笑いそうだった。
「蒼志」
「はい」
急に名前を呼ばれ、蒼志は姿勢を正した。
「お前は何故知らなかった」
「なんでですかね」
「被害者か」
「多分」
「そうだな」
即座に葛城は認定したが渚が首を傾げる。
「蒼志はいつでも言えますし」
「そういう問題じゃない」
葛城は深く溜息を吐く。
「次からは順番を考えろ」
「はい」
「場所も、タイミングも考えろ」
「はい」
「米軍の前で総統を処理落ちさせるな」
「善処します」
「善処じゃない」
また即答だった。
総統室の空気が少しだけ緩んだその時だった。
ずっと黙っていた蒼真が口を開いた。
「葛城」
「なんだ」
「孫が増えるぞ」
葛城は目を閉じ、蓮は肩を震わせながら顔を覆った。
蒼志は吹き出したが渚は嬉しそうに笑った。
「おめでとうございます」
葛城は小さくそう言うと渚は少し驚いた顔をしたあと、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
その言葉に蒼志も渚も真剣な顔で頷いた。
蒼真は羊羹を飲み込むと、小さく笑った。
そして再び羊羹へ手を伸ばした。
蓮はそんな蒼真を見て呆れたように息を吐いた。
「お前、本当に羊羹好きだな」
「……脳疲労、糖分切れた」
「米軍相手に英語喋り続けたからか」
「それもある」
少し間を置いて。
「孫増えたしな」
「それが本音だろ」
蒼真は否定しなかった。
だが、その微笑んだ顔は新しい命が増える喜びで溢れていた。
「……渚」
羊羹を食べ終えた蒼真が不意に口を開いた。
呼ばれた渚が顔を上げる。
「はい」
蒼真は少しだけ考えるように窓の外へ視線を向けた。
夕日が総統室へ差し込んでいる。
「第一、抜けろ」
総統室が静まり返った。
蒼志が目を見開き、蓮は書類から顔を上げた。
葛城も僅かに眉を動かし、渚だけが蒼真を見ていた。
「嫌です」
即答する渚に蒼真は小さく笑った。
「だろうな」
予想通りだったらしい。
渚は真っ直ぐ蒼真を見る。
「私は第一です」
「知ってる」
「救助員です」
「知ってる」
「辞めません」
「知ってる」
再び即答だった。
蒼志は2人の会話を黙って見守っていたが、蒼真の視線が今度は蒼志に向いた。
「蒼志、俺はな麗華に仕事も辞めろって言った」
その声に全員の視線が向く。
渚の目が少しだけ揺れ、蒼志は黙ったままだった。
蓮は何も言わない。
葛城も腕を組んだままだった。
「危ねぇからじゃねぇ」
蒼真はゆっくり続ける。
「俺の居る場所が危険だった」
総統室は静まり返っていた。
「総統候補、組織も荒れていて内部に敵もいた。だから、麗華を巻き込みたくなかった」
その言葉は淡々としていたが誰よりも重かった。
蒼真自身が通ってきた道だからだ。
「守りたかった」
渚は静かに聞いていた。蒼真は視線を渚に向ける。
「お前も今から守る側になる」
「……」
「子供が出来て、家族が増える」
視線を蒼志にも向けた。
「だから言った」
命令ではない。
総統命令でもない。
ただの言葉だった。
経験者としての。
一人の父親としての。
渚は少しだけ考えたあと口を開く。
「……総統は後悔しましたか?」
蒼真は首を傾げた。
「何を」
「麗華さんを現場から降ろした事です」
数秒、沈黙したが、蒼真の答えは早かった。
「いや、今でも正解だったと思ってる」
迷いは無く、渚はその言葉を受け止める。
そして小さく笑った。
「なら私も考えます」
蒼真は頷いた。
「そうしろ」
そして少しだけ笑う。
「決めるのは俺じゃねぇ、お前達2人だ」
渚と蒼志は頷いた。
「はい」
その返事を聞いた蒼真は満足そうに背もたれへ身体を預けた。
「……まぁ」
全員が蒼真を見る。
「孫抱けるまでは死ねねぇな」
総統室が静まり返った。
数秒後、蓮が顔を覆い、葛城は深く溜息を吐いた。
蒼志は吹き出し、渚も笑った。
蒼真だけが真面目だった。
「何だ」
「いや、お前な……」
蓮は呆れながら肩を震わせながら口を開いた。
「……でも、麗華さん、しばらく口聞いてくんなかったよな」
「あれは地獄の日々だった」
蒼真は真面目な顔で頷いていた。
蓮は蒼志と渚に視線を向けた。
「実際、総統就任の頃に何度か暗殺未遂事件もあったんだ。仕事が危険だから、一方的な蒼真のわがままかと思ったけど、間違いじゃなかった」
暗殺未遂事件という言葉に蒼志は固まった。
そんな事があったなんて知らなかった。
総統就任の頃、確かに自分も小さかったが…父は毎日、家に帰ってきてたはずだ。
「……暗殺?……ぁ、あの毒事件か?」
「いや、それだけじゃねぇよ」
「ナイフ暴漢と狙撃もあったよ…」
蓮は覚えてねぇのか。と呆れた顔をして、葛城はため息をついた。
暗殺されかけた本人はすっかり忘れているのだから、この2人は本当に苦労人だなぁ。と蒼志は見つめた。
「まぁ、答えが出るまで2人で話し合え」
蓮がそう言うと蒼志と渚はうなづいた。
「……孫が毎日、家に居るって最高だな」
真面目な顔で呟く蒼真に全員が笑った。
しばらく総統室には穏やかな笑い声が響いていた。




