第23話 Just Souma
季節は流れて、春から夏になっていた。
悠真の腕の骨折も完治し、簡単な任務や訓練をリハビリ代わりにこなしていた、そんな夏の始まりだった。
「米軍との合同訓練?」
蒼真は机に置かれた英語の書類を見つめて眉を歪めた
総統室の窓には穏やかな日差しが差し込んでいる。
だが机の上だけは穏やかではなかった。
分厚い英語の資料、合同訓練計画書。
参加部隊一覧、救助技術共有プログラム。
そして一番上に大きく書かれた文字。
United States Forces Japan
Joint Rescue Training Program
「嫌な予感しかしねぇな」
蒼真はそう呟きながら資料を閉じた。
向かいのソファでは蓮が煙草を咥えたまま肩を震わせていた。
「蒼真、英語読めるだろ、やれよ」
「読めるけど、蓮だって読めるだろ」
「読めるけど、読みたくない」
蓮は完全に俺はパスする。という姿勢を崩さなかった。
蒼真は露骨に嫌そうな顔をした。
「別に俺じゃなくてもいいだろ。奏でも葛城でも。あ、奏は読めねぇか」
「…奏は読めねぇし喋れないはずだ。総統指名だと」
「帰りてぇ」
「俺もそう思う」
即答する蓮に蒼真は深く溜息を吐いた。
その時ーコンコン。と総統室の扉がノックされた。
「入れ」
最初に現れたのは葛城だった。
だがその後ろに見慣れない男が立っていた。
金髪の長身に軍服を身にまとったその男に蒼真の視線が止まる。
男も蒼真を見て目を見開いていた。
そして。
「……No way.」
男が固まり、蒼真も固まった。
蓮と葛城は首を傾げた。
「知り合いか?」
蓮が蒼真に声を掛けると蒼真は眉間を押さえた。
「……最悪だ」
男は次の瞬間、顔を輝かせた。
(※以後、蒼真とブライアンは英語会話になります※)
「ソーマ!!」
「……ブライアン、やめろ」
「ソーマだろ!!?? 」
「やめろって言ってんだろ」
総統室に響く流暢な英語での会話に葛城と蓮は同時に蒼真を見る。
蒼真は嫌そうに2人から顔を背けた。
「……ホストファミリーの息子だ」
総統室が静まり返るなか、ブライアンだけが目を輝かせていた。
「は?」
蓮が言った。
「……は?」
葛城も言葉を失った。
蒼真は天井を見上げた。
嫌な予感は当たる。
昔から。
「……ホストファミリーって…ホームステイか?いや、15歳からお前訓練所に居ただろ」
葛城がそんな暇があったのか?と目を丸くする。
「いや…14歳で行ってきた」
「いや、14歳でホームステイしねぇだろ、普通」
蓮も目を丸くしていた。
「……訓練所に入るの決めてたから…母さんに神代家の息子なら世界を見て来いって、黎明入る前にじゃあ行ってこいって。勝手に話進められて、突然、空港連れて行かれて、気が付いたら渡米してた」
蒼真は疲れたように息を吐いた。
「いやぁ…そうかぁ…ソーマ・カミシロってソーマのことか!ファミリーネームは忘れてたよ」
ブライアンは蒼真の机の前に歩いていくと握手を求めた。
蒼真はゆっくり立ち上がり、ブライアンの手を取った。
「相変わらず身長高いな、ブライアン」
「ソーマは縮んだか?」
ブライアンはニカッと笑った。
「伸びたわ」
「ちょっと待て」
再会を喜び、会話をする蒼真とブライアンの様子に蓮が口を開いた。
「蒼真、お前英語ペラペラじゃねぇか」
「……ホームステイしましたから」
けろっとしている蒼真の表情に蓮が立ち上がる。
「いや、お前少ししか話せねぇって言ってただろ!」
「ソーマは発音もすぐ覚えたぞ?……お前はレン・クロセか!」
「……蒼真と黒瀬蓮しかわからん」
蓮の名前を呼ぶブライアンは蓮を見ながら目を輝かせていたが、流暢な英語に蓮はついていけず、そのまま腰を降ろし、顔を覆った。
そして、何故、自分の名前まで米軍が知っているんだ…。とぶつぶつ呟いていた。
「……?ソーマ、今回の訓練、頼むぞ。レイメイの救助活動は本土でも称賛されている。在日軍にも刺激を与えたい。お前も参加するだろ?」
「いや…俺は監督するよ。ブライアンは現役なのか?」
「ぁあ、指揮隊長をしながら現場にも出ている」
「そうか……」
流暢な英語が繰り広げられるその横で、蓮はまだ頭を抱え、葛城し機能停止していた。
だが、総統室の空気はとても穏やかだった。
演習場には黎明、第一と在日米軍の選抜隊が並んでいた。
選抜隊は若手が多いようだ。
「敢えて、若手を連れてきた。ソーマは俺たちの中でも生きる伝説だ」
「その呼び方はやめてくれ」
シュー…と蒼真の高濃度酸素マスクの音が演習場に響いていた。
蓮はブライアンと並んで立つ蒼真の背中を少し後ろから、葛城と眺めていた。
2人は英語で喋り続け、選抜隊は初めて見る蒼真の姿に目を輝かせていた。
そして、そんな蒼真の姿を目を丸くして見ているのは蓮と葛城だけではなかった。
「……蒼志、父さん喋ってるの何語?」
「いや、英語だろ。……発音ネイティブ過ぎて、ちょっと何喋ってるか分かんないけど」
2人の息子もまた、蒼真の語学力の高さに驚いていた。
父が英語を話す姿など見たことがなかった。
訓練のひと通りの内容の確認を終えると、蒼真は用意されていた椅子へ腰掛けて深く息を吸った。
「……なんで言わなかった」
蓮が水を蒼真に渡しながら声を掛けた。
「聞かれてねぇ」
「そうかよ」
英語が喋れるのを隠されていた蓮は少しだけ不満そうに蒼真を睨みつけた。
「……つーか、マットブラック入手した時とかに気がつくだろ?あれも米国だろ」
「いや、神代家のパイプで天音さんを頼ったって言ってただろ」
「あー…うん、確かに。パイプは神代家で親父に繋いでもらったけど、その先の交渉は俺がしたぞ。わざわざ本邸行ったりめんどくさかったな」
「お前って意外と秘密主義者だな」
「……いや、そんなつもりねぇよ」
蒼真は飲んでいた水のペットボトルを閉めようとしたが、右手が震えて上手く締めれなかった。
暑さで疲れが出たらしい。
「蓮、悪ぃ、これ頼む」
「ぁあ」
蒼真が頼むと蓮はなんでもなさそうに受け取り、ペットボトルを閉めてくれた。
それを見ながら、蒼真は酸素マスクの下で少しだけ微笑んでいた。
ーほら、簡単だった。
その時だった。
「ソーマ!!」
ブライアンが突然大声を上げて手を振っている。
蒼真が嫌そうな顔をしたが、ブライアンはニコニコだ。
「だからその呼び方はやめろ」
「若手達がお前の技術を見たがってる」
「嫌だ」
蒼真が即答すると演習場には笑いが起きた。
だがブライアンは引かなかった。
「頼む。五分でいい」
「嫌だ」
「三分」
「嫌だ」
「二分」
「嫌だ」
「ソーマ」
「嫌だ」
「ソウトウ」
「帰る」
「はははは!」
米軍側から大きな笑い声が上がり、蓮は煙草を咥えながら肩を震わせ、葛城は額を押さえた。
「なんでお前、海外でも同じなんだ」
「知らん」
蒼真は本気で嫌そうだった。
その様子に若手達は戸惑っている。
目の前に居る男は世界中で救助活動が知られた伝説の英雄だ。
それなのにその本人だけが帰りたがり、実演を拒んでいる。
普通なら、よし、見せてやろう。と意気込むものじゃないのか?と選抜隊は不思議そうに見つめる。
「ソーマ」
ブライアンが今度は少しだけ真面目な声で呼んだ。
「……」
「見せてやれ」
蒼真は黙ると、周囲も静かになった。
僅かに演習場の空気が張り詰めていた。
ブライアンは続けた。
「俺が見たいんじゃない」
そう言って第一と米軍の若手達へ視線を向ける。
「こいつらが見たいんだ」
蒼真も視線を向けた。
悠真も蒼志も第一、米軍の若手達、全員がこちらを見ていた。
「……最悪だ」
蒼真はそう呟くと深く息を吐いた。
シュー……
高濃度酸素マスクの音が響かせながら蒼真はゆっくり前へ出る。
その瞬間、蒼真を取り囲む空気が変わった。
悠真は思わず背筋を伸ばし、蒼志も黙る。
蓮だけが小さく笑った。
「出たな」
葛城が呟く。
「何がだ」
「怪物だよ」
蒼真はロープの束を受け取ると、手袋越しに感触を確かめる。
ロープを持つ蒼真の右手の震えるが止まっていた。
そして、カチ。
一回。
カチ。二回。
カチ。三回。
ほんの数十秒。
それだけだった。
「終わりだ」
蒼真はロープを返すと。演習場が静まり返る。
若手達は誰も声を出せなかった。
米軍教官と日向がロープを確認し、若手達も見ると全員同じ顔になった。
「……綺麗だ」
誰かが呟いた。
「なんだこれ」
「荷重が全部計算されてる」
「早過ぎるだろ」
「見えなかった」
演習場にざわめきが広がっていく。
悠真も目を丸くしていた。
「父さん……今、何したんだ?」
「ロープだ」
「いや分からん」
「見ただろ」
「分からん」
蒼真は呆れた顔をすると、蓮が吹き出した。
「まぁ、悠真には無理だな。お前が10分掛かる計算をして、蒼真の速度についてけんのは俺くらいだ」
「……そんなに早いか?」
キョトンとする蒼真、これが普通で当たり前だという顔をしている。
「10分かけてるうちに落ちる。帰せねぇだろ」
「……今度、教えてよ」
「………お前、馬鹿だから教えても無駄」
演習場に再び第一と蓮、葛城のの笑い声が広がる。
その様子を選抜隊も見て、雰囲気で笑っていた。
だが笑っていない者が一人だけ居た。
ブライアンだった。
腕を組みながら懐かしそうに誇らしそうに目の前の男を見ている。
「だから言っただろ」
ブライアンは若手達へ向かって言った。
「こいつは俺達の生きる伝説だ」
蒼真は即座に振り返る。
「やめろ」
「ソーマ!!」
「やめろ、マジで」
「変わらねぇな」
「……お前もな」
蒼真は酸素マスクの下で笑顔だった。
欲しかったのは伝説、英雄なんて肩書きじゃない。
ただ、自分の名前を自然に呼ぶ人がいる時間だった。




