第22話 Warmth
静かな夜だ。
本当に静かな時間が流れていた。
ソファへ腰を下ろした蒼真は俯いたままだった。
麗華は何も言わず、ただ隣へ座り繋いだ手を離さなかった。
しばらく沈黙が続き、時計の針だけが静かに進んでいた。
「……聞いてたの?」
麗華がぽつりと呟いた。
「聞こえた」
「……そっか」
また沈黙が落ちた。
蒼真は視線を落としたまま苦笑する。
「格好悪ぃな」
「何が?」
「全部だ」
蒼真は小さく息を吐いた。
「総統だの怪物だの言われてても、結局、泣き言を言ってんだぜ」
麗華はその言葉を否定しなかった。
代わりに繋いだ手を少しだけ握る。
「疲れたんでしょ」
蒼真は返事をしなかった。
でも否定もしなかった。
「……あぁ……もう、疲れたよ」
やっと落ちた一言だった。
蒼真は、少しだけ嬉しそうで、
けれど、ものすごく悔しそうな声だった。
そんな蒼真に麗華は少しだけ微笑んだ。
「そう」
責めるでもない。
慰めるでもない。
ただ受け止める。
蒼真は目を閉じた。
不思議だった。
蓮にも、他の誰にも言えなかった言葉だった。
でも麗華には言えてしまった。
蒼真が静かに口を開く。
「俺さ…ちょっと休みたい」
麗華は何も驚かなかった。
ただ静かに頷いた。
「うん」
「……でも休めねぇんだよな」
「そうね」
「否定しろよ」
「だって本当だもの」
思わず蒼真は笑った。
本当に小さな笑いだった。
それでも確かに笑った。
麗華はそんな蒼真を見つめながら肩へ頭を預ける。
「じゃあ少しだけ休めばいい」
「少しだけか」
「少しだけ」
蒼真は天井を見上げた。
その時、ふと、
『お前は、誰だ』
あの声が聞こえた。
いつもと同じ声だった。
でも蒼真は小さく首を横へ振った。
「神代蒼真だ」
そう答えると、もう声は喋らなかった。
「どうしたの?」
麗華が首を傾げると蒼真は少しだけ笑った。
「いや、何でもねぇ」
そう言って、麗華の肩へ軽く頭を預けた。
総統でもない。
怪物でもない。
ただの神代蒼真として。
ほんの少しだけ休んだ。
その時だった。
「お母さーーん!!」
突然、2階で子供と寝ていたはずの華凛の声が神代家全体に響き渡った。
何事だ!?と蒼真と麗華はリビングを出て階段に駆け付けると、階段の上で華凛は半泣き、おむつだけ履いている子供を抱いて立っていた。その横には蒼志と悠真も起きてきて掛けついていた。
「華凛!どうしたの?」
「……おむつ漏れたぁ!悠にぃがやるって言ってめっっっっちゃズレてたの!!」
華凛は悠真を睨みつけながら訴えた。
「だって、華凛またおむつ~って、疲れてたじゃん…」
「いや、骨折してるのになんでやろうと思ったんだ、悠真」
3人のやり取りの様子に麗華は溜息をつきながら階段を登っていく。
蒼真は…階段の下で笑っていた。
「おむっ…おむつ漏れたって...!泣くなよ、華凛。ははっ」
「お父さん笑いすぎ!!」
怒った顔で華凛が今度は蒼真を睨みつけた。
蒼真は笑いながら階段をゆっくり上ると、華凛の腕から子供を抱き上げた。
「シャワー浴びて、着替えて来い。子供は俺が着替えさせるから」
蒼真の声は優しかった。そして、愛しそうに腕に抱く孫を見つめる。
「……お父さん、華凛が困ってるのになんで笑うの」
むくれている華凛に視線を移すと、蒼真は微笑んだ。
「俺に華凛が答えをくれたからだよ」
そういうと蒼真は華凛の頭を撫でた。
「?」
何のこと?と華凛は首を傾げ、不思議そうにしている。
蒼志も悠真も意味が分からないという顔だ。
蒼真は蒼志と悠真の顔を見るとまた笑った。
「……いや、お前達3人が答えなのかもな」
それだけ言うと蒼真は孫を抱いたまま歩き、華凛の部屋にいる麗華と合流した。
「声出して笑ったの、久しぶりだね」
華凛のベッドのシーツを交換しながら麗華が呟く。
「うん……なんか、な」
ごそごそと荷物から孫の服を取り出しながら蒼真も呟く。
そして手際よく着替えさせてやる。
「……華凛が疲れてたからって、悠真が手伝って、蒼志は呆れててたけどさ…あいつら俺が出来ないこと、普通にやるんだもんなぁ…」
優しい手つきで孫に服を着せながら蒼真は続けた。
「……頼るって、案外、簡単なのかもな」
「……うん。疲れたら、困ったら助けを求める、誰かに頼る。人が困ってたら助ける。蒼真が出来ないこと、あの子達はちゃんと出来てるよ」
麗華は手を止め、蒼真に歩み寄った。
そして2人で孫を見つめた。
服を着せてしまった孫は嬉しそうに手を伸ばして抱っこをせがんでいた。
蒼真はそんな孫を再び優しく抱き上げる。
「……子供に教えられることってあるんだな…」
「…不器用な父親を見て育った子達だからね」
麗華の言葉に蒼真は微笑んだ。
そんな蒼真に孫も微笑んでいた。
「じぃじと寝るか?」
蒼真がそういうと孫は唇を尖らせた。
それを見て、麗華は吹き出してしまう。
「……男同士はダメか」
偶然のタイミングで孫が頷くような動きをした。
蒼真は困ったように笑って、抱いたままリビングへと戻るとソファに腰掛けた。
「……なぁ、蒼空…お前のおかげで分かったよ。チビなのにすげぇな」
名前を呼ばれた孫は蒼真を見つめた。
「ちいせぇのに、名前通りなんだな、お前」
蒼真は優しく孫の頭を撫でると笑う。
蒼空———と言う名前はどうしても華凛が蒼真の名から貰いたいと許しまで得にきた名前だった。
嫁ぎ先の両親に蒼真は失礼だから、と遠慮したが、華凛が譲らなかった。
どうしても蒼の字を使いたい。と。
何度か蒼真が頭を撫でてやると安心したように孫はすやすやと寝息を立てだした。
それを確認するように蒼真も目を閉じると、その腕の中に孫をしっかりと抱いて寝息をたてた。
腕の中にある確かなぬくもりを感じながら。
凝り固まった大人の考えを簡単に解いてくれたのは小さな命だった。
そして、不器用な父親を見て育った子供たちが蒼真に答えをくれていた。
その夜、蒼真の耳元にあの声は届かなかった。
ぬくもりを抱きしめながら、眠る蒼真は夢を見た。
それは———
まだ何者でもない、19歳の自分の夢だった。
麗華と出会って、返信に悩んで、顔を赤く染める自分。
蓮と組み手をして、第一のみんなにからかわれていた。
雪に埋もれた蓮、爆発の煙。
———もう、戻らない自分の体。
絶望した。
けれど麗華のお腹が膨らんでいく。
芽吹く命。
笑っていた、あの頃。
苦しい夢ではなかった。
笑っていたから。
そこにみんなが居たから。




