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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第2章 次の景色

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第21話 By Your Side


黎明本部医療棟。

普段ならとっくに明かりは落ちている時間だった。

ーコンコン。


静かなノック音が医務室へ響いた。

「どうぞ」

白石が顔も上げずに答えた。

カルテへ目を通していた白石は、扉が開いた音で顔をあげた。

入ってきた人物を見て僅かに眉を上げた。

「珍しいな」


そこにいたのは蓮だった。

「神代じゃねぇのか」

「蒼真は帰した」

短く答えた蓮は椅子へ腰を下ろした。

白石は何となく察したように椅子へ背中を預ける。

「で?」

「聞きたい事がある」

「診察なら明日だ」

「診察じゃないです」

白石はため息を吐いた。

「神代か」

蓮は静かに頷いた。

しばらく診察室には沈黙が落ちた。

白石は蓮が話し出すのを静かに待っていた。

長い沈黙のあと、ようやく蓮が口を開いた。


「白石さん…死神の正体、分かってるんですか」

白石は少しだけ目を細め、すぐに首を横へ振る。

「分からん」

即答する白石に蓮は何も言わずに見つめていた。

白石は机の上で指を組んだ。


「神代が見てる死神が何なのかは分からねぇ。でも、なんで出てるのかは少し分かった気がする」

蓮は少し俯いた。

「今日、言っただろ、あいつ。……誰も、わかんねぇって」

蓮は黙っていた。

白石は苦笑いしながら続けた。

「俺さ、担当医として結構見てきたつもりだったんだよ」


骨折。

手術。

リハビリ。

呼吸器。

後遺症。

全部見てきた。


「だけど、見えてなかった」

白石は静かに言葉を落とした。

「神代がどこまで苦しんでたのか」


蓮は窓の外を見ながら呟いた。

「……俺もだ」

小さく落ちた声に白石は少し驚いた顔をした。


「分かってるつもりだった。あいつの事、30年以上見てるから…」

そう言って煙草を取り出したが、診察室だということを思い出してしまった。


「でも、あいつが今日言った、誰も、分かんねぇ…」

蓮は目を閉じた。

「俺も含まれてた」

白石は否定しなかった。


「だろうな」

「だろうなじゃねぇ」

「事実だろ」

蓮は小さく息を吐いた。


ずっと隣で見てきた。

だから、分かってやれてると思っていた。

でも違った。

同じ怪我もしたからこそ、痛みは分かってやれていると思った。

でも同じなわけ、なかった。



「だから、麗華さんなんだよ」

静かに口を開いた白石に蓮は顔を上げた。

「俺でも、お前でもねぇ。葛城でもねぇ」


「神代が本音を話せる相手が必要なんだ」

そう話す、白石の視線はどこか遠くに向けられていた。


蒼真は本音を隠し、抱え込む。

そんなのは初めから分かっていた事だ。

だから、俺が補佐官なんだろ…。


蓮は拳を握りしめていた。

そして、思い出す。

どうして自分が補佐官になったのかを。



——————


「次期総統は、蒼真に決まった。総統補佐官に黒瀬蓮を俺は推薦した」

タバコを吸いながら、橘が蓮に話しかけてきた。

「……俺、ですか」

「嫌か?」

「……まぁ」

そう言いながらも、蓮は嫌そうな顔などしていなかった。

ただ静かにタバコを吸う。

「蒼真よりお前の方が適任だって声も上がったがな、総統には俺も蒼真を推した」

「俺は総統の器じゃないですよ、橘さんが当たってる」

「だろ?」


でも、何故、俺を補佐官に推薦したんだ。

正直、俺なんかより葛城さんの方がいいんじゃないか。

別に補佐官がやりたくないって訳でもない。

ただ、理由が知りたかった。

橘さんが俺を推薦した理由が。


「……なぁ、蒼真ってどんな奴だ」

橘が目を細めた。

俺はタバコの煙を眺めながら答えた。

「……バカでアホ。突っ込むと止まらない、暴走して、抱え込む」

「お前、最初の悪口だろ。……でも、そうだ。あいつは抱え込む。周りに頼ることを知らねぇんだよ」

橘は目を細めた。

「天音はさ、すぐに俺や鷹宮を頼ってくる奴だった。でも、蒼真は子供の頃から抱え込むんだよ。学校でも本当は連れと距離があってな…あの髪の色だからな。加えて神代の人間だ。でも、大丈夫って答えてよ、ガキなのに。親友なんてのは居なかった。休みの日なんて、部屋から出て来なくて、澪が心配したんだよ。で、車に興味を持ち出したから、俺がサーキットに連れてったら自分の場所を見つけたんだろうな、毎週毎週…連れてけって、目を輝かしてな」

橘は懐かしそうに話すと灰を落としてひと吸いする。

「黎明に来て、あいつ変わったんだよ少し。同期と笑って訓練して、お前とバカやって笑って。……蒼真が蓮と笑ってる時の顔、運転してる時と同じなんだよ」

その言葉を聞いて蓮は目を見開いた。

「蒼真にとって蓮、お前は自分の場所、居場所だ。蓮と居る時は蒼真は蒼真でいれてる。だから、今は支えるだけでもいい、あいつの隣に居ろ。あいつが崩れた時に担いでやれんのは、お前だけだ。頼んだぞ」

橘はそれだけ言うと喫煙室から出て行ってしまった。


残された蓮はタバコの煙を見つめながら橘の言葉の意味を考えた。

でも、分からなかった。

それでも”隣に居ろ”その言葉だけは分かる。


「……まぁ、バカでアホのお守も楽しいのかもな」


———————


「白石さん……俺、忘れてる事がありました」

「……忘れてること?」


蓮は白石に返事もせずに立ち上がった。

「どこ行く」

白石が聞くと蓮は扉へ向かいながら答えた。

「神代家」

白石は小さく笑った。

「お前も大概だな」

「知ってる」

そう言い残し、蓮は医務室を後にした。




時刻は23時を過ぎていた。

神代家の明かりは落とされリビングには静かな時間だけが流れていた。

ーコンコン。

玄関の扉が叩かれる音にリビングにいた麗華は肩を揺らした。

ゆっくりと玄関に向かい、チェーンは外さずに扉を開けた。

少し空いた扉から見えたのは蓮だった。

「……蓮?」

扉を開けた麗華は少し驚いた顔をした。

蓮はいつものように片手を上げる。

「悪い」

「珍しいわね」

「ちょっと話がある」


麗華は何となく察したように頷いた。

「入って」

蓮はリビングへ通されるとソファを見る。

そこに蒼真の姿はない。


「寝ました?」

麗華はお茶を淹れながら答えた。

「今日は珍しく早かった」

その言葉に蓮は少しだけ安堵し椅子へ腰掛けた。

麗華は蓮の向かいへ腰を下ろす。


「で?」

蓮はしばらく黙っていた。

何から話すべきか考えているようだった。

「今日、蒼真が本音を吐いた」

麗華の表情が止まった。

「……そう」

蓮は視線を落とした。

「俺、分かってるつもりだったんです…」

蓮の声は静かな声だった。

麗華は何も言わずに、ただ続きを待った。

「でも今日、誰も分かんねぇって言って…」


リビングには時計の音だけが響いていた。

「俺も含まれてた」

その言葉に麗華は目を伏せた。

「俺…自分がなんで補佐官なのか、忘れて…いや、分かってなかった」

蓮も少しだけ笑っていた。

その笑いはどこか悲しそうな、何かを悔やむような不思議な笑い方だった。


「蒼真……俺といてもここ何年かちゃんと笑ってなかったです。でも、麗華さんの前では笑ってた。補佐官、失格でした。すいません」

蓮は麗華に頭を下げた。

突然の蓮の行動に麗華は慌てた。

「ぇ…いや、謝ること…」

「あいつがどれだけ、自分自身の体にも、総統と言う立場も…怪物と呼ばれていることにも苦しみ続けているか、分かってやれてませんでした」

「……」

蓮はまだ麗華に頭を下げていた。

「蓮、頭をあげて」

麗華は小さく息を吐いた。

言われると蓮はゆっくりと頭を上げ、麗華を見つめた。

麗華は蓮としっかりと視線を合わせると口を開いた。


「蒼真ね、蓮が思ってるより蓮の事信じてるのよ」


蓮は目を見開いた。

そんな蓮に麗華は微笑んで言った。


「だから、これからも蒼真をよろしくお願いします」

「総統補佐官としてではなく、黒瀬蓮として」


“黒瀬蓮として”

その言葉があの日の橘の答えだったのだ。


「……黒瀬蓮として、神代蒼真を担ぎます」

そう話す蓮の目は揺れることはなかった。


静かな寝息を立てて居たはずの蒼真は、

リビングの扉の前で立ち尽くしていた。

たまたま目が覚めて、水でも飲もうとリビングに向かっていたのだ。

麗華と蓮の話し声が聞こえて、蒼真は思わず立ち止まった。

そして、リビングの扉が静かに開き、蓮が出てきた。


「起きてたのか」

「……目ぇ覚めた…」

蒼真は蓮の顔が見れず、少し俯いた。

「死神か?」

「……」

蒼真は何も答えなかった。

そうな蒼真に蓮は小さく息を吐き、肩に手を置くと

「明日、朝迎えにくるから」

そう言い残して、蓮は帰っていった。


「蒼真」

麗華が立ち尽くす蒼真の手をそっと握った。


「座ろっか」

麗華は微笑みながら蒼真の手を引き、2人でソファに腰を降ろした。


何も話さず、寄り添った。

けれど、繋がれたままの蒼真の手はいつもより少しだけ暖かかった。




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