第20話 Let It Out
総統室の空気が僅かに張り詰めた。
葛城の言葉に蒼真は嫌そうな顔をした。
「別に呼ばなくていいだろ」
「呼ぶ」
「なんでだ」
「お前がどう見てもおかしいからだ」
即答する葛城に蒼真は反論しようとしたが言葉が出てこない。
蓮は補佐官席で鼻で笑った。
「遅かれ早かれ、葛城さんには知ってもらっておいた方がいいと思ってた」
「あ?」
「黎明第3権限者だからな」
葛城はため息をつきながらスマホを机へ置いた。
その時だった。
ーコンコン。
「失礼します」
総統室の扉が開くと同時に軽い白石の声が聞こえ、蒼真は思わず顔をしかめた。
「早ぇな」
「葛城から至急って来たから、総統様がぶっ倒れたかと…」
白石はそう言いながら室内へ入ると立ち止まり床を見た。
そして総統席を見て、補佐官席へ視線を向け、再び床を見る。
「……なんで書類散らばってんの?」
静寂に包まれた総統室。
誰も答えなかった。
蒼真は不満そうな顔をしている。
葛城は呆れた顔で溜息をつく。
白石はゆっくり蓮を見た。
「黒瀬」
「なんだ」
「何した」
「死神退治」
「あぁ……」
白石は納得したように頷いた。
葛城は思わず顔を上げた。
「待て」
「何でお前は理解した」
「説明めんどくさい」
白石は即答すると蒼真を見た。
「最近、出てるのか」
蒼真は一瞬だけ黙った。
蓮も葛城も何も言わない。
「……増えた」
白石の表情が僅かに曇る。
「睡眠」
「寝てる」
「嘘だな」
「寝てる」
「何時間」
「……2時間』
白石は深くため息を吐いた。
「食事」
「食ってる」
「量」
答えない蒼真に白石はさらに深いため息を吐いた。
「なるほど」
「何がだ」
蒼真が聞くと白石は真顔で答えた。
「お前、思ったより酷い」
総統室が再び静寂に支配された。
その静寂の中。
『こっちは楽だ』
窓際から声が聞こえ蒼真の視線が僅かに動く。
ーバサッ。
次の瞬間、書類が飛んできた。
「いてぇな、おい!!」
「戻ったな」
蓮は真顔だった。
白石は額を押さえた。
葛城は椅子へ深くもたれ掛かった。
「……なるほど」
「だから死神退治」
蓮が呟くと白石はゆっくり頷いた。
「黒瀬」
「なんだ」
「次から書類じゃなくて呼べ」
「戻らない」
「そうか」
白石は迷いなくスマホを取り出した。
「麗華さんは知ってんのか」
蒼真の顔色が変わった。
「知ってる」
答えない代わりに蓮が即答した。
蒼真が蓮を睨みつけていたが、蓮は気にせずに続けた。
「白石さんに伝えるよりも前から死神は知ってる。ただ…増えてる事は知らないと思う」
その言葉に白石は深い溜息をつきながら葛城の向かいの椅子に座った。
「……医者から見て、どうなんだ」
葛城は白石に問いかけた。
「どうって言われてもねぇ…精神科医じゃないから、分かんないけど…。幻覚なのか幻聴なのか…脳波とかは異常ないし…そもそも原因が分からねぇ」
白石は椅子に背中を預けて天井を見上げた。
そもそもの原因…それは蒼真にも分からなかった。
ある日、突然、聞こえて来た。
でも、最初は声だけだった。
そして決まって夜に聞こえていたのが、最近は昼間でもお構いなし、影まで見え出す始末。
自分でも、頭がおかしいのかと思ってさえいる。
「……療養、するか」
葛城が重く口を開いた。
「そんな状態で仕事してる方がおかしい。お前、マジで食えてないだろ、痩せてきてる」
蒼真は俯いた。
食事は確かに食べられなくなった。
でも、それは呼吸のせいだ…いや、手の震えのせいだ。
蒼真は食べられない理由を探した。
この場を納得させる事の出来る理由を。
「……食ってんだよ…食べたくない訳じゃないんだ…ただ、疲れちまって食えねぇんだよ」
蒼真は右手で拳を作った。
その拳は疲れてもいないのに震えていた。
「前より、右手の震えも力入れると酷いんだ…正直、箸を持つのも疲れる」
「……それ、なんで言わなかった」
白石の低い声が総統室に落とされた。
俯いている蒼真を白石は睨みつけていた。
「だって…言ったら治るのかよ?この震えも、体中の痛みも…息苦しさだって…っ!お前らに言って、治んのかよ…っ…脚だってっ!……まともに歩けもしねぇで、車椅子使ってんだぞ…っは…」
珍しく蒼真が声を荒らげた。
同時に呼吸が僅かに乱れ、苦しそうな表情をする。
いつもならすぐに酸素流量を調整する蓮は動かず、ただ静かに蒼真を見ていた。
蒼真が声を荒らげて、感情を出すのはいつ以来だろうか。
蓮は静かにそんな事を考えていた。
「……っ…はは…ちょっと声出すだけで、このザマだよ。目の前が真っ暗になるくらい、苦しくなんだよ…」
蒼真が俯きながら弱く笑った。
全て諦めたような。
でも諦め切れていない表情だった。
「……誰も、わかんねぇ」
ぽつりと蒼真の声が落ちた。
しばらく誰も口を開かず、時計と蒼真の酸素の音だけが総統室には流れていた。
そんな中、最初に口を開いたのは、蓮だった。
「……痛ぇよな」
ぽつりと呟いた蓮の声が総統室に響いた。
蒼真は少し虚ろな目で蓮へ視線を向けた。
蓮はそのまま、珍しく総統室でタバコに火をつけた。
いつもは蒼真に遠慮して喫煙室へ行くというのに。
蓮はひと吸いし、煙を吐く。
「震えと息苦しさは分かんねぇ。…でも、痛ぇのは分かってやれるよ」
タバコの灰を落としながら蓮は続けた。
「俺だって、いまだに痛ぇ。低気圧はぶっ殺してぇ」
その言葉に蒼真は弱く笑った。
「……そうかよ」
だけどその表情は少しだけ安心したような表情だった
「やっと…神代が本音を言ったな」
葛城が安心したような表情で見つめた。
「お前、昔からなんも変わってねぇから…1人で抱え込む所、さ」
「……天音前総統解任騒動」
葛城に続いて、白石が蒼真を見ながら口を開いた。
「会議室に入ったら、19歳のガキが半泣きで立ち尽くしてたな」
「うん、半泣きだった」
白石が言うと葛城が笑って続けた。
「立場は神代の方が今は上だ。だけど、俺にとってお前は手の掛かる後輩だ。だから…もう少し頼ってくれよ」
「そんなに俺達は頼りない先輩か?」
「……っ」
2人の言葉に蒼真の目が見開かれた。
「痛みや震え、息苦しさは俺は分かってやれねぇけどさ…限界までやろうとする怪物のお前で居て欲しくないんだよ」
葛城は優しく語りかけた。
「……俺は担当医として、お前の全てを見てきたつもりだった。でも、見れてなかった。だってお前、あんな地獄みたいなリハビリをこなすと思わねぇじゃん…。歩けるようになるか分かんねぇって整形の医者に言われても、お前諦めねぇんだもん。……だから、俺は安心しちまった。歩けるようになった神代を見て…後遺症も受け入れてるんだと思ってた。……悪かった、担当医失格だ」
白石は蒼真に頭を下げていた。
「…いや、頭あげてくれよ…別に白石さん、悪くないし」
蒼真が頭を下げる白石におろおろしていた。
その様子を見た蓮が口を開いた。
「蒼真」
「……」
「うじうじ悩んでねぇで、吐き出せ。死神見えたら、俺に…ここにいる俺達と麗華さんにちゃんと話せ。死神見えてても声が聞こえててもいい。ぶん殴って引き戻してやるから」
蓮の目は真剣だった。
蒼真は蓮から葛城、白石へと視線を移した。
2人は力強く、頷いた。
「……分かったよ。でも、療養はしない」
「そういうと思った」
葛城がははっと笑う。
「まぁ、休んだところでだよなぁ…とりあえず、後遺症気になるし早めに次の診察来いよ」
白石は椅子から立ち上がると扉へ向かった。
扉を開く前に白石は振り返り、蒼真を見つめた。
「神代、麗華さんにちゃんと話せよ、お前の本音」
それだけ告げると白石は戻っていった。
「で」
「で?」
「……この散らばった書類はどうするつもりだ?」
先ほど蓮が投げつけた書類がまだ床に散乱している。
葛城の鋭い視線が2人を貫いた。
「……拾います」
蓮は補佐官席から立ち上がると書類を拾い始めた。
そんな蓮を見ながら蒼真が笑った。
『こちらに来い』
蒼真の耳にいつもの囁き声が聞こえていた。
けれど、今は気にならなかった。
この声が何なのか、蒼真にも分からない。
説明もできない。
だけど、不気味な存在であるはずなのに、孤独を感じるほど苦しかったのに。
この瞬間だけ、蒼真の心は軽かった。




